「語源遺産」の旅』
著:わぐりたかし/中央公論新社
日本語の豊かな語彙の中には、普段よく使っているものの、その成り立ちや語源があまり知られていないものも多くあります。
例えば、下手な医者のことを指す「やぶ医者」という言葉がありますが、“やぶ”というのは何を指すのでしょうか。
『ぷらり日本全国「語源遺産」の旅』(わぐりたかし/著、中央公論新社/刊)は、日本語の知られざる語源をひも解いていく一冊。
本書を読むと、前述の“やぶ”にも知られざる歴史や意味があることがわかってきます。
■「やぶ医者」の語源は兵庫県にあり?
本書の著者で放送作家のわぐりたかしさんによると、「やぶ医者」の語源には諸説あり、一つは「野巫医(やぶい)」から来ているというもの。
野巫とは田舎の巫女のことで、医術より呪術を使う怪しい医者、ということから「やぶ医者」という言葉が生まれたという説です。
また、貧しくてはやらない医者は、高価な薬を仕入れることができないため、藪の中から草や根を採ってきていい加減な調剤をすることから「藪医者」という言葉が生まれたとする説もあります。
どちらも本当のようでもあり、単なる俗説のようでもありますね。
しかし、実は「やぶ医者」の語源には、もう一つの説があります。
松尾芭蕉の弟子だった森川許六が編んだ『風俗文選』によると、もともと「やぶ医者」とは腕の悪い医者のことではなく、但馬国(現在の兵庫県北部)の養父(やぶ)にいた名医のことを指す言葉だったそうです。
その名医は「死んだ人間をもよみがえらせる」とまで言われ、さらには治療で得た糧を貧しい人への薬代にするという人格もあって多くの人に慕われていました。
しかし、あまりに高くなりすぎた評判のせいか便乗する偽物が続出、「養父から来た医者」を自称して商売を始めてしまったといいます。
そして、本来は名医の代名詞だった「養父医者」のブランドは失墜、逆に腕の悪い医者を指す言葉になってしまったのです。
どの説が本当なのか、今となっては確かめるすべはありませんが、文献に基づいている以上、この説が一番もっともらしく思えるのは筆者だけでしょうか。
本書には「十八番」「太鼓判」「濡れ衣」など、私たちが日常的に使いながらも由来が知られていない日本語の語源を、著者自らが頭を足を使って明らかにしていく過程がつづられています。
時に複雑で難解だといわれる日本語ですが、言葉の背景にある歴史や物語に目を向けると、その特有の美しさや豊かさに気づくはずです。
(文=新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。
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