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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第36夜】

「朝鮮人はランクが下なのか」朝鮮学校生徒の呟きに透ける、蔑まれる“在日”の厳しさ

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「Thinkstock」より
 ドキュメンタリー番組を日々ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で“裏読み”レビューします。

【今回の番組】

 9月10日放送『地方発ドキュメンタリー ~いま、“在日”として生きる 大阪・朝鮮学校の1年~』(NHK)

 ここ数年で「在日」が蔑む言葉として使われるようになったと思う。

 気に食わない意見には「お前、在日だろう」とバカやアホといった単語と同じような意図で使われる。そして「在日」の後には、韓国人、朝鮮人という単語が省略されている。アメリカ、中国ではなくコリアンが、なぜここまで嫌悪されるようになったのか。

 北朝鮮の政策や韓流ブームに対する反感、いろいろ挙げられるだろうが、僕には「在日」という言葉が、そのように使われてしまうことに疑問を感じる。外国人として日本に存在することが、なぜ許されないのだろうか。さまざまな事情を抱えて生きることが認められない思想に、いま社会で生きることの窮屈さを想像する。

 『いま、“在日”として生きる~大阪・朝鮮学校の1年~』は「在日」という言葉そのものと向き合うことから始まったドキュメンタリーだと思った。

 2012年の4月からカメラは回る。舞台は中大阪朝鮮初級学校。番組は約1年にわたって、50人の生徒と教師の生活を追っている。戦後、在日コリアンが母国の文化や言葉を教えるためにつくった学校だが、当時とは大きく様子が変わっている。

 各教室に飾られていた北の将軍様の肖像画は、今はもうない。代わりに校舎の入り口に、韓国の大統領と北朝鮮の指導者が握手をする写真が飾られている。

 この日の勉強は、朝鮮語を用いながら日本の選挙制度について教えていた。僕は、昔の朝鮮学校とはずいぶん変わったんだなと思った。金日成をたたえるような教育は、僕も時代錯誤だと思う。生徒たちのほとんどは三世・四世といった、日本で生まれ、これからも日本で暮らす子どもたちだ。日本で生きる教育が必要なのは当然だろう。一方で「自分が何者であるのか」というアイデンティティについては、しっかりと教える。このような社会状況だからこそ、特に。

 生徒のひとり、ソン・ウォンテ君は「朝鮮人はランクが下なのかな」と語る。今の日本で生活をしていて、そう考えてしまう気持ちはわかる。しかし、それは間違っている。人種の違いはあるが、それは優劣ではない。

 番組で紹介されたエピソードのひとつに、日本の生徒との交流会があった。帽子にボールを乗せて競争をするゲームで、ウォンテ君は他の子たちよりも圧倒的な力を発揮していた。その時、教室は彼を応援するコールでひとつになっていた。その様子こそが彼自身が架け橋となっていたことを証明していた。

●教師の給料も滞る経営状況

 この朝鮮学校は、30年以上続いていた大阪府と大阪市からの補助金も打ち切られてしまった。北朝鮮からの援助金は月額10万円程度。月1万5000円の授業料と寄付では、年間3500万円の運営費もままならない。教師の給料も滞っている状態だ。それでも学校を続けるのは、生徒たちに民族的な素養を身につけさせるためだ。

 建設から40年以上たつ校舎を修理する予算もない。「朝パッと目が覚めたら学校がなくなっているんじゃないか」と語るオ・リファ先生は、街へ出て寄付を求めるビラを配る。だが、受け取る人はほとんどいない。オ先生は「関心がないのと、もらったらダメという雰囲気もあるんでしょうね」と語る。

 その後、カメラは罵声を浴びせる男性の姿を捉える。

「こら、かかってこいや、ふざけんな。ここはニッポンや。朝鮮、朝鮮言うなら朝鮮に帰れよ」

と声を荒らげる。

 通常、テレビのドキュメンタリーでは、次のシーンへ展開する際にまとめのようなコメントで映像の補足をするが、この映像に関しては何も語られず、フェイドアウトで処理するだけだった。テレビらしからぬ手法が、より印象を強く残すことになったが、僕は、こんな光景が取材中日常茶飯事だったのではないか、と想像させられた。

 「僕は何か悪いことをしたのでしょうか」と聞く生徒たちが、日本人に壁をつくってしまうことを、オ先生は懸念している。

 しかし、そんな心配を無視するかのように12月、北朝鮮のミサイルが発射された。さらに地下核実験の実施。このようなニュースが流れるたびに、教師たちは生徒の登下校に同行する。ウォンテ君は、修学旅行で訪れた広島の原爆ドームを見た感想をこう語る。

「原爆を持たないからこそ、平和な世界だと思う。核はいらない。話し合って解決したらいいのに」

 子どもの視点は、まっすぐであるがゆえに鋭い。

 卒業式で先生は「みなさんは、かけがえのない存在です。社会の状況は厳しいですが、一人ひとり黄金のような宝物です」と伝えていた。未来を見据えた、強い言葉だと思う。

 そしてその想いに応えるかのようなメッセージが、番組の最後に紹介される。学校のことを知ってほしい、と続けてきた一般公開授業に訪れた日本人が、黒板にメッセージを残していたのだ。

「仲良く助け合おうね」

「共に生きていく道を考えよう」

 僕は、今こそ朝鮮学校が、本来の意味での民族的素養を育てることの大切さと直面していると思う。そしてマイノリティは、社会を映す鏡のような役割も担っている、と改めて気付かされた。「かつてない厳しさ」だからこそ。
(文=松江哲明/映画監督)