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「立憲主義が権力者を縛るという解釈は古い」と公言する安倍首相を選んだのは、国民である

文=伊藤歩/金融ジャーナリスト
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 9月19日午前2時すぎに安全保障関連法案が参議院で強行採決されてから2週間あまり。 安倍晋三首相は来年7月の参議院選挙に向け、早くも国民の目を経済に向けさせるべく、「新3本の矢」なるものを打ち出した。

 強行採決に至るまでの野党議員の必死の抵抗が、無駄なあがきであるとか、まして自分たちは抵抗して見せましたというアリバイづくりだったなどというつもりはない。

 数の論理で採決を勝ち取ることは合法的であり、昨年12月の衆議院選挙で自民党が大勝した時点で、こういう結果になることはわかりきっていたことだ。

 確かに自民党は昨年12月の選挙時に、安全保障関連の問題を争点から外した。だが、憲法解釈を閣議決定で変えるなどという、立憲主義を根本から否定する暴挙に出たのは、選挙から4カ月も前の昨年8月のことである。その時、安倍首相は「立憲主義が権力者を縛るものという解釈は古い解釈」とも言ってのけた。

そんな人物がトップに座り、しかも党内に対抗馬がいない。そんな自民党を選挙で大勝させてしまったのは我々国民自身だ。各選挙区で自民党の候補者、そして野党の候補者が何を主張していたか、そもそも政見放送や街頭演説を見聞きし、主義主張を確かめて投票をした国民が一体どのくらいいるのか。

 安保関連の問題を争点にして闘った自民党議員はそもそもどのくらいいて、それでも首尾良く当選した人は一体何人いるのか。野党の候補者たちは、自民党が争点外しをしていることを指摘していたが、国民はそこに果たしてどのくらい耳を傾けたのだろうか。

 安保法制に反対する、学生を中心とする団体「SEALDs」の主張に対し、「『だって戦争に行きたくないじゃん』という極端な利己的考え」と発言してブログが炎上し、一躍時の人となった武藤貴也衆議院議員は、後々政治とは無縁のスキャンダルで自民党離党を余儀なくされたが、同議員は昨年12月の選挙においては、比例代表ではなく選挙区(滋賀4区)で6万票もの得票で当選している。

 滋賀4区の有権者数は約29万人。投票率は5割強でしかなかったとはいえ、6万人もの有権者が彼を支持したのだ。

 その武藤議員、当選したとたんに政治信条を変えたわけではない。少なくともブログを立ち上げた2011年以降は一貫している。日本国憲法の3大原理「国民主義、基本的人権の尊重、平和主義」は、3つとも「日本精神を破壊する」「大きな問題を孕んだ思想」だと、繰り返し主張し続けている。コラムニストの小田嶋隆氏は、「戦後政治どころか20世紀以降の人権思想の全否定」と総括している。

 有識者の多くは、ブログ炎上後の対応のまずさを含め、こういう人物を推薦した自民党の責任を問うているが、こういう人物を国政に送ったのは滋賀4区の有権者である。

「入れたい候補者がいないから投票に行かない」「投票に行かないことはノーということ」とは、選挙に行かない国民の責任放棄の言い訳でしかない。現行の制度上、投票に行かないという行為は「暗黙のノー」ではなく「黙認のイエス」以外の何ものでもない。

地元選出の自民党議員の顔を思い出せるか

 そこで我が身を振り返る。筆者自身、記者の仕事を始めたのは30代半ばである。さすがに記者の仕事をするようになってからは、欠かさず投票に行くようになったし、候補者の主義主張も一通りチェックして投票に臨むようになったが、それまではまったくといっていいほど選挙に行かなかった。票を入れたい候補者がいなかったからだ。

 積極的に入れたい候補者がいないということは、記者の仕事をするようになってからも変わらなかったし、今もそうだ。だが、選挙に行かないということは、黙認のイエスでしかないことに遅ればせながら気づき、とにかくこの人物だけは嫌だという候補者を除外し、自分の思想信条に照らし、一番減点が少ない候補者に票を入れるようにした。

 もっとも、それは記者になったからであって、それ以前のことを思えばとても選挙に行かない人や、候補者の思想信条を調べずに投票する人を批判する資格などない。だからこそ、「選挙に行かない=黙認のイエス」なのだということを、選挙に行かない人に自覚してほしいのだ。

今回の強行採決は、我々自身が国政に送り込んだ自民党議員たちの大半が、従順に党首の意向に従ったからこそ実現したことは疑いの余地がない。自民党の議員で反旗を翻したのは、筆者の知る限り、村上誠一郎衆議院議員(愛媛2区)ただ一人だ。

 そこで読者諸氏には、自分の選挙区の自民党議員の顔を思い出してみてほしい。思い出せなければインターネットで調べてみてほしい。名前がわかれば、今時の議員でホームページを立ち上げていない議員などいないから、その実績やら思想信条やらをチェックしてみてほしい。そして考えてほしいのだ。彼らは今回強行採決された安保法案をどこまで理解しているのかを。

 自民党が強硬路線をひた走る中、野党各党は安保法制をかなり突っ込んで勉強したという印象を筆者は持っている。これまで国民をうんざりさせてきた「反対のための反対」ではなかった。その分、安倍首相との応酬を報道番組で見て、その議論に追いつくには、見ている国民の側もかなり努力をしなければならなかった。

それでは強行採決に賛同した自民党議員のうち、野党側の追求に対する答えを持っている議員はどのくらいいるのか。彼らは自らの思想信条に従って賛成したのだろうか。保身のために思想信条を曲げていないか。そもそも明確な思想信条を持ち合わせているのだろうか。こういったことを、安倍首相の顔ではなく、地元選出議員の顔とともに想像してみてほしい。

「愚かなる国民」も「敬意を表すべき専門家」も無視

 今回の強行採決の何が一番問題かといえば、それは踏むべき手続を踏まなかったことにほかならない。日本が立憲主義国家であるのならば、たかが一内閣に憲法解釈を変える権限などない。

 集団的自衛権の行使を可能にすることが我が国にとって最善の道だというのなら、徹底した議論をすべきであり、正々堂々と国民に改憲提案をすべきなのだ。それをしないのは、国民が受け入れないことを知っているからだろう。

 安倍首相は常々、尊敬してやまない祖父・岸信介氏の目の前で、当時5歳の自分と7歳の兄寛信氏の2人で、安保に反対するデモ隊をまねて、「アンポハンターイ」と繰り返すのを、岸氏がニコニコしながら見ていた、というエピソードを披露している。

 岸氏は「デモに参加していない、声なき国民の声を汲むのだ」と言って安保法案を可決に導いた。愚かなる国民を正しい道に導くのが政治家の使命だという信念のもと、安倍首相は勝負に出たのだろう。

だが、今回安倍首相は、「愚かなる国民」だけでなく、「敬意を表すべき専門家」の意見をも全面的に無視した。憲法学者230名が反対表明をし、内閣法制局も反旗を翻した事実は重い。

 6月4日、衆議院憲法審査会に政府側の参考人として呼ばれた、早稲田大学法学学術院の長谷部恭男教授、慶應義塾大学の小林節名誉教授、早稲田大学政治経済学術院の笹田栄司教授の3人が3人とも違憲だと断言した。

 本来なら合憲だと言ってくれる御用学者を連れてくるべき場に、違憲だと言い切る学者が選ばれたのは、法の番人を自任する内閣法制局の精一杯の抵抗だったのだろう。

 内閣法制局は、内閣が国会に提出する法案の審理をする行政機関で、行政府における法の番人を自称する法のプロ集団組織である。法務、財務、総務、経済産業の4省の出向者の中から選抜され、内部昇格を果たした人物が長官の椅子に座る組織だった。

 だが、安倍政権発足から8カ月後の2013年8月、内閣法制局の勤務経験がない外務省出身の小松一郎氏にあっさりクビがすげ替えられた。集団的自衛権行使は現憲法下では違憲と考える山本庸幸長官をクビにし、容認派の小松氏を起用したわけだが、その小松氏は昨年5月に急逝。後任の横畠裕介長官から内部昇格者に戻っている。

 憲法調査会に呼ぶ専門家の人選を任された船田元氏が、さらに人選を内閣法制局に丸投げした結果、内閣法制局が選んだ顔ぶれが、長谷部、小林、笹田の3氏だったわけで、つまりは、内閣法制局が一矢報いたといっていい。 

是非聞いてみたい「子供を自衛隊に入れるのか」

 参議院選挙は早くも来年7月に迫っている。SEALDsはデモで「賛成議員を落選させよう」というシュプレヒコールを挙げ、今後も闘い続けると言っている。

 この組織の特徴は、極端な左派活動家ではなく、ごく普通の人々の集団であるという点だと筆者は思っている。脚本家の倉本聰氏が、日本経済新聞の連載読み物である『私の履歴書』の初回でこう書いている。

「国を愛する気持ちはひと一倍だが、愛国心を強調すると右と批判される。安保法制に反対すると左とレッテルを貼られる。原発の再稼働に反対すると反体制と見なされる」

 うっかり何か思うところを口にしたとたん、右だ、左だと言われ、攻撃に遭うのはかなわないと思ってつい黙ってきたが、このまま黙っているととんでもないことになるのではないか。筆者の肌感覚では、こういう思いを抱いている人が、日本人の平均像のように思う。

 SEALDsは、そういうごく普通の人々の集団であろうと筆者は理解している。

筆者の選挙区の自民党議員は、安保法制の必要性は説きながら、専門家がこぞって違憲性を指摘した手続のあり方には一切言及していない。

 さらに、少子化が進行する中、自衛隊員の確保をどうするのかという問題にも頬被りだ。 昨年12月の選挙直前、筆者はこの欄で徴兵制復活の可能性に言及した。「今どき徴兵制なんてあり得ない」「あっても経済的徴兵制だ」「この記者はモノを知らないヤツだ」という書き込みをさんざん目にしたが、建設、運輸、介護などの業界では人手不足が深刻化している。ますます少子化が進み、移民も受け入れていない日本で経済的徴兵制など成立し得るのだろうか。

 国を守る意識を高めるにはまず教育からということなのか、フジサンケイグループの育鵬社の教科書を採用する自治体が増加傾向にある。中でも4年前の改訂時に全国に先駆けて導入を決め、今回も採択した横浜市では、その選定プロセスの不透明さゆえに、市民団体が教育委員会に採択のやり直しを求める騒動になっている。

 ただ、この教科書で教育したから自衛隊への志願者が増えるのかというと、それはそれでそう簡単ではないだろう。誰にでもその人を産んだ母親がいるからだ。

 筆者の知人の、そのまた知人に某有名私大で准教授を務める37歳の男性がいる。知人によればこの男性、例の武藤議員の発言に諸手を挙げて賛同、会う人ごとに同意を求めるので周囲は閉口していた。この准教授には小学生の息子がいる。そこで、「息子を自衛隊に入れるのか」という質問をしてみたところ、たちまちぐっと詰まり、「うーん、どうかな」と悩んだ。てっきり「本人が希望すれば入れる」くらいのことは言うだろうと思い、次に「奥さんも同じ意見なのか」と聞こうと構えていたが、結局この准教授は、最初の質問にも答えないまま、「じゃあボク時間がないんで」と、足早に立ち去ってしまったという。

 SEALDsには是非、自民党の議員一人ひとり、そして民主党内にもいる、同じ主義主張の議員一人ひとりに、「230人の憲法学者が違憲だと言った手続をどう考えるのか」、そして「自分の子供を自衛隊に入れるか」、このふたつの質問に答えさせる運動を展開してほしいと思う。

筆者も地元選挙区選出の自民党議員に、このふたつの質問をしてみようと思っている。ちなみに、今回の安保法制可決が自衛隊の応募者数に影響を与えたかどうかがわかるのは、来年8月半ばに防衛白書が出る時である。参議院選挙はその1カ月前に終わっている。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)

伊藤歩/金融ジャーナリスト

伊藤歩/金融ジャーナリスト

ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計。主な著書は『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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