西日本を中心に甚大な被害をもたらしている豪雨災害。7月13日、安倍晋三首相は最も被害の大きかった熊本県を訪れ、入所者14人が亡くなった球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」や人吉市の避難所を視察して回った。
被災地ではまだ大雨が続いていることから、このタイミングで大勢の随行者を引き連れて視察したことに賛否両論はあったが、実は首相より一足早く現地を訪れた自民党幹部がいた。岸田文雄政調会長だ。
岸田氏はその前日の12日の日曜日に現地入り。福岡県内を回った。政府が進めている3カ年の国土強靭化対策が今年度末で終了するにあたり、来年度以降の新たな計画を予算編成の基本となる「骨太の方針」にいかに反映させるかなど、党の政務調査会での議論に役立てるための視察でもあったという。
だが、自民党のベテラン秘書は岸田氏を「政治音痴」だと失笑する。
「なぜ12日に視察に行ったのか。翌13日は新聞休刊日。視察の様子は新聞に載りません。テレビはニュースがあるけれど、休刊日前日にメディアが通常より取材を減らすことは、数多くのメディア対応を経験してきた党三役や閣僚経験者なら常識でしょう。岸田さんはポスト安倍を睨んで政調会長として活躍する場面を世間にアピールしたいと思っているのでしょうが、せっかく視察しても大きな記事にはなりません。メディアの扱いに長けている安倍首相は、地方出張を入れやすい日曜日だったものの翌日が新聞休刊日だから避けて、13日の月曜日に熊本へ行った。12日の日曜日は昼過ぎまで自宅でのんびりしていましたよ」
確かに岸田氏の視察は、地元メディアを除くとNHKが短くニュースで報じ、朝日新聞が当日「発言録」としてネットの記事で小さく伝えた以外はほとんど扱われず、寂しいものだった。
岸田氏は新型コロナウイルス対策でも失点続きだ。党の経済対策のまとめ役として安倍首相と相談のうえ決定した現金給付「減収世帯30万円」が「一律1人10万円」にひっくり返されたのは記憶に新しい。
与党の政策責任者として指導力と存在感を見せることで、ポスト安倍への印象づけを狙っても、ことごとく失敗し、世論調査でも「次の首相」への支持は低位安定。最近は「自身の後継者とみなしてきた安倍首相も岸田氏を見放した」(首相周辺)ともっぱらだ。
政治音痴
もっとも、岸田氏の政治音痴は今に始まったことではない。昨年、こんなこともあった。
師走の12月12日。その年の世相を漢字一字で表す「今年の漢字」が、毎年、京都の清水寺で発表される日である。令和初の昨年は「令」に決まった。永田町でも毎年この日は、首相や閣僚、各党党首や幹部たちが、発表されたばかりの「今年の漢字」への感想や、自身にとっての「今年の漢字」を、記者たちから求められる日と決まっている。
安倍首相は「令」が選ばれたことについて、「今年は歴史的な皇位継承が行われ、新たな令和の時代が始まった。今年を表すにふさわしい一字だ」と話し、自身は「始」を選んだ。働き方改革や幼児教育無償化などがスタートしたことや、来年の東京五輪・パラリンピックに向けてラグビーワールドカップが大成功に終わり、スポーツの力、躍動感を感じる新たな時代が始まった年との意味を込めたという。
一方、公明党の山口那津男代表は「軽」。消費税率が10%にアップしたことに伴って導入された軽減税率が公明党主導だったことをやんわりPRするのを忘れなかった。
ところが、である。岸田氏は、記者たちから「今年の漢字」を問われると、「まだ考えが整理できていない。来週に向け政治課題が残っており、それをこなした上でゆっくり考えてみたい」と答えたのだ。「今年の漢字」は発表当日しか意味をなさないし、ニュースにもならない。毎年恒例のことだから、当然、記者から聞かれることを想定して、事前に考えておくものだ。
パフォーマンスしすぎる政治家は問題だが、自己アピールが下手すぎる政治家も世論に敏感に反応できないという点ではリーダーの器ではない、ということか。