1月14日、川崎重工業が221億円の損失を計上し、第2四半期通期(15年4~12月)の業績見通しを下方修正すると発表して株価が下振れした。一時は株価が340円(16年1月21日)となるなど、昨年の高値647円(15年3月19日)の半分近くまで下げている。
同社が30%出資しているブラジルのエンセアーダ社の資金繰りが悪化して特別損失を計上するのが主因。2016年3月通期の業績についてはまだ見直ししていないが、岩井コスモ証券は今後さらに数十億円規模の損失拡大が懸念されるとして、レーティング(株式格付け)を「B+」から「B」に、目標株価を530円から390円に引き下げた。
今回の特損計上は、13年6月に社長就任以来快進撃を続けていた村山滋社長の足を止めたかたちとなった。数年来1兆3000億円前後を徘徊していた同社の年商を、14年3月期には約1兆4000億円、15年3月期には約1兆5000億円と伸張させ、16年3月期には1兆6000億円超となる業績予想で走ってきたからだ。
航空宇宙部門が「スター」なら、船舶海洋部門は「ドッグ」
「機械の百貨店」とも称される川崎重工は、多岐にわたる事業を7つに分けて経営している。そのなかでも好調で業績に寄与しているのが、村山社長の出身母体でもある航空宇宙部門だ。同部門は16年3月期予想では営業利益を対前年比21%増となる440億円と見込んでいる。村山社長自身も年初にこう意欲を示している。
「ボーイング向けは、この3年で計1000億円を投資した。開発中の最新機「777X」向けでは、昨年、名古屋第一工場(愛知県弥富市)に生産・組み立ての新工場の建設に着手した。自社生産するロボットを導入し、自動化を進める。今後も生産技術を高めたい」(1月16日付SankeiBiz記事より)
一方、今回損失計上の原因となったブラジル事業は船舶海洋部門だ。同部門は15年9月の半期実績で、31億円の営業赤字に沈んだ。同社の7事業部のなかで唯一の赤字部門だ。今回の特損計上で部門赤字額は年度合計としてさらに大きくなる。
実は村山氏が社長に登板したのも、この船舶海洋部門の動きと関連していた。13年に前経営陣が同部門改善の究極の一手として三井造船との経営統合(全社)を図ったのだが、村山氏など他部門の取締役の反対があり解任された。
ROIC経営とはPPMの変形
村山氏は、ROIC経営という耳慣れない経営技法を引っさげてこの巨大企業を率いてきた。
川崎重工で主要事業とされるのは、他に「ガスタービン・機械」「モーターサイクル&エンジン」「車両」「プラント・環境」「精密機械」だ。「船舶海洋」と「航空宇宙」と合わせて7主要事業とされる。ROICはリターン・オン・インベステッド・キャピタルの略、つまり投下資本利益率だ。経常利益額を投下資本で割った数値で、大きいほどいい。
川崎重工の場合、Y軸に営業利益額、X軸にROIC(%)を取る。座標軸はそれぞれをゼロとすると、4象限からなるチャートが得られる。このチャートに7事業の数値をプロットし、さらにそのプロット点を中心に当該事業の年商を円として表すと、規模感も一目で掌握できる。
一企業が複数の事業にどのように経営資源を分配するのかを決定するための手法のひとつとしてPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント、別名:BCGマトリックス)がある。ROIC経営の手法と得られるチャートは、実はPPMとよく似ているというか、PPMの応用というべき技法だ。PPMをさらに精緻に複雑にして、PPMと同じ結果を得ようとしているにすぎないともいえる。
PPMの場合は、Y軸に市場成長率、X軸にマーケット・シェアをとり、4象限の中に自社の各事業をプロットする。PPMは1980年代に発表された古い技法だということと、両基準とも相対的で主観が入るなどの批判により衰退してきたが、私に言わせればわかりやすく使いやすい技法なので、経営コンサルタント会社が顧客からフィー(報酬)を取れないのが衰退の理由だった。
川崎重工の場合、PPMによれば「船舶海洋」は「負け犬」に、「航空宇宙」は「花形」に分類される。PPMでは前者は撤退を、後者は優先事業としなさい、と示唆される。
ROIC分析を経営実践に活かし続けろ
川崎重工では、7事業部のレベルを超えて32のビジネスユニット(BU)をROICチャート分析しているという。そして、それによりBUを5つの格付けランクに分けている。それは当然のことで、PPM亜流のROICは事業の優先順位、投資順位を求めるものだからだ。多岐にというか広範な事業展開をしている同社のような大企業では、経営トップといえどすべての事業の詳細について把握できない。詳細を把握することなしにメリハリを付けた経営をしていく技法が必要なのだ。
川崎重工の場合、ROIC分析に基づいた格付けをBUレベルでは開示していないという。社員は自部門の格付けは知らないというのだ。これについて太田和男CFO(最高財務責任者)は、「『ウチはコングロマリット(複合体)経営。強い事業と弱い事業が相互に補完できる体制づくりが優先』と語り、事業の選択と集中には慎重だ」(「日経ビジネス」(日経BP社/1月18日号)と説明している。
せっかく複雑な分析技法を開発・駆使しているのに、その結果は発表しないし、使わないという。つまり、財務部門の単なるシミュレーションであり、太田氏の時間潰しということであろうか。
そんなことはないだろう。告げられない、のだ。PPM分析の場合、社員や事業リーダーへの告知は難しい。「ドッグ:負け犬」となれば「もう撤退するよ」という告知となる。アメリカなら転職準備を始めなさい、というシグナルと受け取られるだろう。「キャッシュ・カウ:金のなる木」ということでも複雑だ。「君の事業はもう成長しなくていい。投資もしない。そのままプロダクト・ライフ・サイクルの衰退期に入っていって、静かに利益貢献をしてほしい」などと明示されて、意欲を高めることができる幹部がどれだけいるだろうか。
川崎重工の現在の好調は、「航空宇宙部門」という「花形」事業のおかげだ。これが続いているうちに「船舶海洋部門」をカーブアウト(切り離し)して社外に出してしまうことだ。そして、そこで得られるキャッシュを他5部門に効果的に投資する。こんなやりくりで同社は「次の1兆円」を目指すことができる。
村山社長が航空宇宙部門出身だけに、同部門の好調に酔って事業ポートフォリオ戦略を出動しない「無策の時間」があったりすると、14~15年の成長はほどなく止まってしまうだろう。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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