本連載前回記事では、アメリカ大統領選挙の情勢とともに、「オールドメディア」や「レガシーメディア」といわれる新聞やテレビの失墜について論じた。今回は、それら旧メディアの崩壊が日本でも起きているという現実について、お伝えしたい。
例えば、「押し紙」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは、新聞社が販売店に余分な新聞を“押し付け”て、卸代金を徴収する行為のことだ。新聞社としては、発行部数を水増しすることで、広告収入を吊り上げることができる。
当然、公正取引委員会は押し紙の禁止をうたっているが、販売店の現場では、ビニールに包まれたままの新聞が古紙業者に回収されたり廃棄されたりしているのが実態であり、これまでも「新聞社の闇」「新聞業界のタブー」などと言われてきた。
しかし、この押し紙問題にもメスが入ろうとしている。2月15日、日本記者クラブで行われた会見で、公取委の杉本和行委員長が、押し紙問題について「公取委は禁止しており、きちんとモニターしているところだ。実態がはっきりすれば、必要な措置をとる」と発言したのだ。
新聞販売店では、「残紙」と呼ばれる売れ残りが発生する。残紙は、前述した押し紙に加え、販売店側が自主的に余分に仕入れる「積み紙」によって構成される。
押し紙は、実際には配達されずに廃棄されてしまうわけだが、販売店はその料金も負担している。そのため、新聞を配達するだけでは立ち行かない販売店も少なくないのが実態だ。また、販売店は配布部数に準じて折り込みチラシの広告料金を徴収しており、それが主な収入源になっている。
新聞社は、新聞の発行部数に準じて紙面の広告料金を徴収しており、売り上げの半分以上は紙面広告によるものとされる。新聞の収益モデルというのは、書籍のような完全な販売モデルではなく、半分は広告モデルでしかないわけだ。
そして、残紙というのは、不正に広告収入を得ているという意味で、広告主に対する詐欺行為であり、不正な利益取得行為であるといえる。
朝日新聞社の不正売り上げは?
売上高に対する広告費の割合が開示されていないのでわからないが、例えば、朝日新聞社の売上高約4361億円(15年度、連結)のうち、約半分の2000億円が広告収入だと仮定して、さらに押し紙が2割とした場合、400億円が不正な売り上げになると考えられる。前述した公取委委員長の発言は、この部分に対して釘を刺したものだ。
「新聞社が、押し紙によって部数を水増ししている」という疑惑は以前から存在し、訴訟に発展したケースもあるが、その実態や着地点は曖昧模糊としている。
ただし、読売新聞社と産経新聞社は自主的に押し紙を中心に残紙の廃止に向かって動き出しており、この2紙については、すでに押し紙はないに等しく、あったとしてもわずかだといわれている。しかし、人口減少とそれに伴う部数減に苦しむ地方紙を含むそれ以外の新聞社では、この残紙処理が行われていない可能性が濃厚で、今後はさらに大きな問題になる可能性がある。
例えば、公取委が2割の残紙に対して、新聞社に是正命令を出したとしよう。それが法的な証左となり、各広告主は新聞社に対して不当利益の返還請求を行うことができ、刑事的には詐欺罪になる可能性もある。
不当利益は過去10年にわたって追及することができ、さらに法定金利の6%を加算して請求することができる。つまり、前述の例でいえば、「400億円×10年+年利6%」という計算になり、総額は4000億円をゆうに超える。
朝日新聞社の純資産は約3383億円(15年度、連結)のため、純資産を上回る“隠れ債務”が存在するということになる。実際は、「広告主から請求された場合」という条件付きであり、数字もあくまで想定にすぎない。
しかし、消費者金融の過払い金問題を見てもわかるように、一度火がつけば、押し紙に対する不当利益返還訴訟は各地で繰り広げられることが予想される。また、そうなった場合、請求額のすべてとまではいかなくとも、半分以上は広告主に回収されることになるだろう。
消費者金融業者の多くは、過払い金問題によって破綻や破綻同然の状態に追い込まれた。それと同じことが、新聞業界にも起こりかねないというのが、日本の実情なのである。
(文=渡邉哲也/経済評論家)
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