「クロネコヤマトの宅急便」でお馴染みのヤマト運輸の現場が大変なことになっているというニュースが世間を騒がせ始めてから、かなりの時間がたったが、相変わらず毎日のように関連するニュースが報道されている。
ヤマト運輸といえば、役員の反対を押し切り、個人向け小口貨物配送サービス「宅急便」を開始した同社元社長の小倉昌男氏を忘れることはできない。1999年に出版された著書『小倉昌男 経営学』(日経BP社)は、実務家・研究者双方から高く評価されている。筆者も拝読し、業界の常識や慣習にとらわれることなく、自らが正しいと信じることを貫く姿勢に大変感銘を受けたことを覚えている。
また、ヤマト運輸を取り上げたテレビ番組『プロジェクトX 挑戦者たち 腕と度胸のトラック便~翌日宅配・物流革命が始まった~』(NHK)も大変優れた内容で、筆者はそのDVDを現在でも講義における教材として活用している。小倉氏は1995年に会社を離れ、その後、福祉に関わる事業に従事、2005年に他界されている。
現在、話題となっているヤマト運輸の騒動に関して、小倉氏がご存命であったなら、どのように考え、コメントされるだろう。著書などによると小倉氏は、従業員をはじめ、人を大切にする方であったため、「ドライバーが昼食をとる時間がない」「残業代の不払い」といった現状に対しては、大変お怒りになるだろう。
一方で「業績の低下」に関しては、それが消費者のため、より良いサービスになることであれば、「短期的な業績など気にせず、どんどん実行しなさい」とおっしゃるのではないだろうか。
しかしながら、アマゾンをはじめとする大口顧客の低価格要求による「業績の低下」に関しては、「なぜ徹底的に戦わないのか」と激怒されるか、もしくは協働して解決策を見つけ出されるかもしれない。
筆者は単身暮らしのため、長期の出張から戻ると玄関ドアに同じ届け物の不在通知が3~4枚挟まっていることが、たまにある。ちなみに、部屋はエレベーターのないビルの4階だ。これには、倫理観の低い筆者のような人間でも、さすがに申し訳ないと心が痛む。同時に、このように無駄なことをドライバーに強いる、本部の「仕組みを構築するスタッフ」に対して「なぜ改善しないのか?多くても2回で十分ではないか?そもそもこうした仕組みを放置することは怠慢ではないか?」といった気持ちも抱いていた。
現在、実施している「お届け予定eメール」は、確かに若者にはよいサービスだが、高齢者には電話のほうが適しているかもしれない。そのほか、顧客サービスを大きく損なうことなく、ドライバーの負担を軽減させる創意工夫の余地は大いにあるように思われる。
一連のヤマト運輸のニュースが時を経てもなかなか劣化しないのは、おそらく多くの人が同じような思いを抱いていたからではないだろうか。また、気にはなっていたが、なかなか言い出せなかったことが、まともな方向に進みそうで何より、と思っているからではないだろうか。
そうだとすると、「日本社会もなかなか捨てたものではない」と感じている。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)