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片山修のずだぶくろトップインタビュー 第10回 河合弘登氏(河合塾理事長)

東大入学を競うのはもう古い…なぜ東大卒エリートは世界で通用しない?日本の教育の難点

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河合 確かに、社会構造は変化しましたが、日本の教育に関する基本的な事情はあまり変わっていません。そのひとつが、“建前平等主義”です。ここから直していく必要があります。“建前平等主義”の教育は、高度経済成長期には中間層が増えるなどプラスの面もあった。しかし、限界があります。

 たとえば、教科書です。東大を受験する人から、授業についていくのがやっとの人まで、基本的に同じ教科書で同じ授業を受けますよね。結果、〝七五三〟といって、小学校の授業では七割、中学校は五割、高校は三割の子どもしか、授業についていけないといわれる状況が生じている。

片山 その点、予備校はいかがですか。

河合 予備校は、“建前平等主義”の反対、いわば“実”の社会です。なぜ予備校は、生徒や保護者の方から支持されてきたか。公立高校に能力別クラスが導入されていない時代、予備校は学力差の実態に合わせて、階層別にクラスを編成したからです。それが、受け入れられた。

片山 現在も、能力別ですか。

河合 はい。能力別でなければ、受験競争に打ち勝つことはできませんからね。予備校は、伝統的に本音の世界、“実”の社会です。先生は“実”を教えます。さすがに現在はいませんが、昔は登山しろとか、デモに参加しろという講師もいた。それは、第三者的視点から傍観するのではなく、「デモから見た社会を見なさい」という教えでした。

片山 つまり、“実”の社会を見せていた。高校生にもなると、それなりに社会に出る覚悟をもたないといけませんからね。

河合 そうです。受験生の多くは、いずれ会社員になり、社会に出て働きます。そのとき、やりたい仕事を思い切ってやらないと損ですよね。いかにおもしろく、自分の力を発揮するかを考えていけば、何をするべきかは決まってくる。いろんな視点を持ち、さまざまな人の立場からモノを見る、視野を広げる、発表する力や考える力など、いろんな能力が必要です。“実”の社会を見つめて、そこに生きるために何を学び、身につけるべきかを考えるのが、予備校なんです。

エリート教育の必要性


片山 日本ではエリート教育の必要性は浸透しにくいといわれてきました。

河合 そうですね。ただ、エリートといいますが、東大、京大に入る子どもたちは、私にいわせると、勉強が足りな過ぎる。あんな程度で日本のトップ大学にいけるようではまずい。

片山 グローバル時代は、東大、京大はハーバード大や北京大と戦わなければいけませんからね。中国の大卒者は年間800万人近いそうですね。日本は60万人弱ですから、量でも敵いっこない。

河合 質でも勝てませんよ、北京大学の合格者は3000人。東大も同じ3000人です。

片山 800万分の3000と、60万分の3000では、質も違って当然ですね。グローバル時代は厳しい。現状の“建前平等主義”で、次代の日本を担うリーダーを育成できるのか、本気で考えないといけない。

河合 そうです。日本のトップ大学の人たちは、いずれグローバル社会で勝負する。ところが、国内にいる限りはちやほやされ、恵まれていますよね。ほんとは、もっと勉強しなきゃいけないのに。それで、世界で勝てるならいいですが……。

片山 勝っているとはいいがたい。

河合 それでは、困るんです。同じように、エリート層だけではなく、ミドル層やボトム層にも課題があります。それぞれの能力に合わせた教科書で、個人に合った教育を施せば、個々人の能力はもっと伸びるんですよ。

片山 潜在能力は持っているんですからね。

河合 当然、持っている。授業がおもしろくないから、眠っているだけなんです。授業についていけなくても、その子に合わせて戻ってあげれば、いくらでも勉強ができる子が生まれる。経済的な問題から、勉強ができない子もいる。“一律平等”というのは、効かない薬を出す医者のようなもので、若者の能力をムダに使っている状態です。

片山 これは、戦後民主主義の限界ですよ。

河合 ええ。そう思います。

片山 世界と勝負するリーダーは、今の教育体制ではできない。だから、エリート教育は必要だと思いますが、難しいんですね。

河合 まずは、“建前平等主義”の払拭が必要です。“実”の世界を見て、“実”の教育をして、“実”の課題を見つけることです。エリート層についていえば、宿命的にインターナショナルな場で活躍することが求められますから、国内にとどまっていてはいけないんですよ。

片山 つまり、東大主義ではだめだと。

河合 そう。しかし、河合塾はこれまで、東大、京大を頂点とする国内の大学に何人入れるかで、競合他社と競ってきました。もう、これは古いんですよ。日本の河合塾から世界の河合塾に変わらなければいけない。同様に、日本の高等学校や大学も、世界を意識しないといけない。

片山 もう国内だけを見ていては、ビジネスモデルとして時代に合わないということですか。

河合 合わない。すでに、消費者が変わってきています。というのは、東大や京大はおもしろくない、切磋琢磨する友達もいない、優れた教育も受けられない、だからハーバード大にいく、という若者が出てきている。

片山 河合塾を含め、予備校はこれまで内向きでしたね。今後は、どうやって海外を目指していくんですか。

河合 英語が話せるかどうかより、まずは意識改革です。国内の一流大学の入試研究会などを開いても、従来型の「日本のトップ大学」という意識にとどまります。高等学校、大学、予備校の人間が参加していますが、世界のなかで、東大、京大が何をしなければいけないか、どうあるべきかという議論は、どこからも出てこないんですよ。

片山 発想がないわけですね。

河合 とにかく、われわれ予備校、高等学校、大学は世界から遅れている。それが実情です。もちろん、日本のトップ大学が世界的な大学と併願できるレベルになれば、国内の大学を志望していい。日本の消費者は、世界の大学のなかから、国内を含めて自分に合った大学を選ぶべきです。世界には、いい大学がたくさんありますから。

片山 アジアにだって、いっぱいありますね。

河合 そうです。中学校、高等学校で一年留学するとか、大学で留学するのも個人の自由ですが、海外の大学に学部生として直接入学するという道もつくるべきなんです。

片山 では、河合塾は世界を視野に入れて何をするんですか。

河合 たとえば、予備校の講師に来年ハーバード大に10人入れてほしいとお願いしても、入試日程から入試科目、何を要求されるのか、どういう教育が必要か、すぐにはわからない。調査をしなければいけない。うちの場合、研究所がやっているんですけどね。

片山 河合塾でもその程度ということは、日本は、よほど遅れているんですね。

河合 はい。つまりは、当たり前のことができていない。そこからですよ。

片山 日本の教育が、いかに内向きかということですね。

河合 日本の教育について、高度経済成長期の功績は認めます。しかし、90年ごろからおかしくなった。新世代の教育を模索してきたけれど、なかなか変われない。方向を示せないだけではなく、既得権者が邪魔をしてきたと思います。

人口減は怖くない


片山 国内トップ大学の学生は勉強が足りないとおっしゃいましたが、日本人は向上心があって勤勉だという指摘は、どうなったのですか。世界に追いつけ追い越せと一生懸命努力し、がんばった時代がありましたよね。

河合 その時代はあった。でも今は成熟社会になって、守りに入っていますよね。予備校を経営していて感じるのは、家庭が裕福になると、だんだん子どもが勉強しなくなるということですよ。家庭も、企業も、国も同じで、ハングリーなほうがチャレンジします。

片山 成熟社会では、現状維持志向でリスクを冒さなくなる。しかし、人口減社会において現状維持志向では、後退してしまいますね。日本の将来を考えたとき、人口減が問題になっています。2050年には、現在の1億2000万人台から1億人近くになるといわれていますよね。

河合 人口は減ってもいいんですよ。一人ひとりの能力を高めれば、対応できます。AI(人工知能)やロボットの台頭で、50年に労働者の半分はいらなくなるなどと指摘されていますが、人口が減ったらちょうどいいでしょう。つまり、「これ幸い」と思うべきです。

 ヨーロッパの国々の人口は、日本より少ない。独8200万人、英6500万人、仏6700万人。それでも、ステータスがありますよね。つまり、人口減は恐れることはない。ただし、一人ひとりが力を持たないといけません。個々の人間に力をつけることが、われわれの課題です。

片山 子どもたちが将来、世界や日本を背負うとまではいかなくても、一人の人間として立派に自立して生きる力を身につけてほしい、ということですかね。

河合 そうですね。

片山 “建前平等主義”を脱し、一人ひとりの力をつけるためにどうすればいいか。たとえば、20年には大学入試が変わり、知識を問う現状のやり方から、判断力や思考力、表現力を評価するようになる予定です。

河合 大学入試の変更については現状、従来の知識詰込み型教育はそのままに、新しい評価に必要となる教育をアドオン(付加)した状態です。このままでは根性論の世界になって、いずれ子どもの側にも、教える先生にも限界がくる。どうすればいいかといえば、従来の教育の一部をやめるか、もしくは生産性を上げるしかない。

片山 理想をいえば、生産性を上げることでしょうね。

河合 ただ、「教育の生産性」などという言葉は、あまり使いませんよね。

片山 もっともです。しかし、教育はサービス産業だと考えて、ビジネス的な発想をすると、生産性は重要な事項ですよね。

河合 確かに、生産性を倍にすれば、授業数は半分で済む。生産性を上げるために、一人ひとりに合わせた授業をつき詰めていくと、個別のニーズに応えることになります。

 実際、保護者や生徒からの、個に対応する欲求は強くなっています。ただ、教える側は限界で、これ以上、個々に対応したサービスはできません。そうなると、いかに改革するか。

片山 もっとITを活用できないんですか。

河合 それですよ。本来、IoTやAIをすでに活用していなければいけない。

片山 その意味では、こういっちゃあなんですか、私はかねてから、なぜ教育の現場はトヨタに学ばないのか。少しは学んでいいんじゃないかと思っているんですけど。どういうことかというと、トヨタの研修制度におけるEラーニングはすごいですよ。多言語化されて、世界中で高効率の教育や研修を実現しています。教育の中身は別として、トヨタのビジュアルを多用したEラーニングを手本とすれば、教育の現場の生産性には、まだまだ改善の余地があると思います。

河合 トヨタは海外の研修センターや外国人の社員がたくさんいて、ニーズがあったから、多言語化やEラーニングが進んだんですよ。教育は現状、顧客は国内ですから、難しい点もあります。

 ただ、生産性を倍にすることは、不可能ではないと考えています。むしろ、3倍にも、4倍にもできるはずです。

片山 危機感はあるわけですね。

河合 当然です。塾も予備校も、このままでは潰れてしまう。顧客ニーズに応えていないんですからね。優れた講師が、優れたテキストを使って優れた授業をしても、子どもたちに必要とされなければ意味がない。

 何を勉強したいか、何でつまずいたかといった子どもの特徴は千差万別で、100人いれば100通りです。その個々のニーズに応えようとすれば、人間だけでは無理ですよ。

片山 個別の学習レベルの“見える化”が必要ですね。

河合 模擬試験などで把握しています。ただ、試験の結果の“見える化”より、学習プロセスの“見える化”の仕組みが必要です。それには、AIだと思っています。

片山 教育の現場には、AIの活躍する機会がありそうですね。

河合 大いにあります。ただ、志望校の分析などはAIがやるべきですが、伝えるときは、人間を介さないといけないでしょうね。AIについていえば、10年後、20年後の世界を予測して、どういう仕事がAIに置き換わるから、人間はどうしなくてはいけない、という対策も、教育の現場がきちんと考えないといけません。

片山 世界的にも、IT、IoT、AIを活用した教育は進んできていますよね。

河合 ものすごく進んでいます。発信地はアメリカですが、世界中どこも似た切り口で攻めてきています。北米のほかに、欧州、北欧、ブラジルでも似た話を聞きます。もはや、塾や予備校同士がライバル視している時代ではありません。とにかく、規模と資本力のある企業は強い。ロンドンに本拠を置き、教育産業界で力をもつピアソンは、もとは出版社ですからね。

片山 その意味では、予備校は旧体制の産業ですね。

河合 そうなんですよ。変わろうとしているところです。

片山 教育産業は、官との連携が必要な分、いろいろと難しいですね。

河合 私は慶應義塾大出身ですが、創設者の福沢諭吉は150年前、「教育は『官』ではなく『民』がやるべきだ」という趣旨のことをいっています。

片山 有名ですね。

河合 日本はずっと、「官」が教育を仕切ってきました。でも、現在ぶち当たっている課題の解決は、「民」がやるしかないと思うんです。

「官」が教育改革を掲げているからといって、それに気をとられていてはならない。われわれは、われわれの信じるところを追求する。最後は日本の教育ではなくて、河合塾の教育を信じてやるしかないんです。

片山 人口減の問題も、AIの台頭も、最終的にはやはり「個」の強さが問われる気がしますね。

河合 そうですね。嘆くのではなく、どうすればいいかを考えればいいんですよ。
(構成=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

【河合さんの素顔】

片山 好きな食べ物、嫌いな食べ物はなんですか。

河合 なんでも好き。嫌いなモノはありません。

片山 ストレス解消法はなんですか。

河合 寝ることです。仕事はストレスではありません。私は“仕事人間”なので、仕事をとったら人間じゃないんですよ。

片山 最近読んだ本はなんですか。

河合 忘れましたよ(笑)。

片山 いってみたい場所、再訪したい場所はありますか。

河合 どこでもいいです。なんでもおいしく食べる、どこへいっても楽しめる、そういうのが信条です。

片山 ご自分の性格は、一言でいうといかがですか。

河合 それは、ほかの人に聞いてくれ(笑)。


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