特にビジネスパーソンたちを惹き付けたのは、重要な決断をする時の注意点について語った次の言葉だ。
「決断は夜とか天気の悪い時にしないこと。非常に悲観的になるんですよ。特に夜。いろいろ考えていると寝れなくなる。その時に出す結論はどんどん悪くなるんですよね。
やっぱり、さんさんと太陽が照っている時に考えれば、非常に良いアイデアが出てくる。私はこれを実践しなさいと社員に言っているんです。あとは体調も大事ですね。やっぱり、どうも頭が痛いという時に決断したら、正しい決断はできないですね」
伊藤忠では午後8時以降の残業は原則として禁止となり、午後10時には全フロアの照明が消える。「猛烈商社マン」にとって午後8時などいわば宵の口だったが、夜の残業を禁止したのは「太陽が照っている時に考えれば良いアイデアが出てくる」という岡藤氏の経営哲学にもとづくものだといわれている。
「朝バナナ 剥きて輝く ノルマかな」。伊藤忠の若手社員が詠んだ川柳だ。同社本社地下の社員食堂では、夜の残業禁止を受け早朝から勤務する社員に無料でバナナやヨーグルトなどの軽食が振る舞われる。バナナは2013年、同社が1350億円で一部事業を買収した米食品大手、ドールの商品だ。ドールの缶詰・果汁飲料事業とアジアでの青果事業を買収した。
『Biz+サンデー』で岡藤氏は、この買収の狙いについても語っている。
「私は繊維部門でブランドビジネスを手がけてきました。ぜひ食料分野でもブランドビジネスをやりたいというのが、そもそものきっかけです。ブランドは商社にとって非常に大事な役割があり、ビジネス上のイニシアティブが取れるんです。『商社、中抜き』などと言われますが、商社が外されないためにどうするんだと考えた時、ブランドは非常に強いツールになるんです」
岡藤氏は繊維業界では「伝説の繊維マン」の異名をとる辣腕で知られる。1987年、激しい争奪戦をかいくぐり、イタリアの高級ブランド「アルマーニ」の輸入販売権を獲得したのを手始めに、「トラサルディ」「ハンティングワールド」といったブランドの輸入販売を独占。業績を上げ続け、86年度から13年連続で社長褒賞を受賞した。実は総合商社では、岡藤氏のように営業の第一線にずっといた人物が社長に就任することは極めて稀なケースだ。営業を長くやっていると、大きな失敗などでキャリアに傷を負いやすいからだといわれている。
岡藤氏は10年4月に伊藤忠社長に就いた。繊維部門の営業一筋でほとんどの期間が大阪勤務。海外駐在も、社長への登竜門といわれる経営企画部門の経験もなかった。繊維商社から出発した伊藤忠でも、繊維部門出身の社長誕生は36年ぶりのことだった。業界内では、ブランドビジネスで圧倒的な実績をあげた彼の手腕が、会社全体の経営でどこまで発揮できるかに注目が集まっている。
岡藤氏が社長に就任して打ち出したのは「業界3位を目指す」というだ。売上高や純利益の目標を数字で語っても社員は実感が持ちにくい。トップがシンプルに「3位だ」と言えば、社員は競争を意識して、現場で勝負し始めるはずだと岡藤氏は考えた。
●非資源部門シフトで、業界3位を定着狙う
ここ数年、純利益ベースで業界3位は住友商事だった。「住商を抜く」というストレートな表現が社内に浸透していき、12年3月期に連結純利益3005億円を上げ、ついに住商を抜き去った。3位返り咲きは、実に03年3月期以来9年ぶりのことだ。目標達成を受け伊藤忠幹部は「3位、3000億円、3社目(三菱商事、三井物産に次ぐ3000億円超え)と3づくし」と喜びを隠さず、岡藤氏は社員に「特別ボーナス」というかたちで報いた。