今年に入って、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が今後10年程度で1万人程度の人員を削減すると報道された。それに加え、みずほFG、三井住友FGでも、人員の削減や店舗の統廃合などリストラが進められるという。
この背景には、国内経済の成長余地が減少していることに加え、IT技術の高度化によって、分散型のネットワーク技術の開発と実用化が進んできたことがある。すでに海外では、わが国以上に分散型のネットワークを駆使した金融ビジネスモデルの変革が進んでいる。銀行ビジネスを進めるために必要な人員数が、現在の半分程度になるとの考えを示す経営者もいるほどだ。
いい換えれば、新しい技術やコンセプトの実用化によって、金融業の“ビジネスモデル”が変化しつつある。国際競争が熾烈化するなかで、わが国の銀行もこの流れに逆らうことはできない。従来ほどに人の力に依存せず、金融のビジネスを進めることが可能になりつつある。その“変化”は、客観的に認識される必要があるだろう。
高まる国内行のリストラ圧力
従来、多くの国内行は新卒者を大量に雇い入れてきた。多くの新卒者は、年功序列と終身雇用の慣行の下で、支店などに配属され預金や貸出しなどの業務に従事してきた。1950年代半ばから70年代初めの高度経済成長期のように、経済が右肩上がりの時代には、こうした銀行のビジネスモデルは収益を上げ、経済的にだけでなく、社会的にも大きな存在感を示すことができた。銀行への就職が成功のモデルのひとつと考えられた時代があったといってもいい過ぎではないだろう。
今、このビジネスモデルは限界を迎えている。なぜなら、少子高齢化が進むなか、国内で成長の余地を見いだすことは難しくなっているからだ。一般企業の経営を見ても、国内事業だけで収益を上げることは難しい。そのため、多くの企業が海外企業の買収を行い、新興国などの成長を取り込もうとしている。しいていえば、海外企業の買収以外、それなりの説得力を示すことのできる戦略が見当たらないといってもよいほど、わが国企業の置かれた状況は厳しい。
それに加えて、IT技術、特に“ネットワーク科学”の進歩と普及も、多くの企業が戦略の変更やリストラを進める要因と考えられる。銀行業界では、“ブロックチェーン”と呼ばれる分散型のネットワーク技術を導入することで、ITシステムの管理はもとより、資金の決済、業務管理(事務)などにかかるコストを削減できる。それが“フィンテック”が重視されている理由だ。
すでに、欧米を中心に多くの大手投資銀行などが、IT企業や一般の企業などとコンソーシアム(2つ以上の組織が共通の目的のために形成する団体)を組み、価値が安定した独自の仮想通貨を開発して資金決済などにかかるコストの削減を実現しようとしている。フィンテック事業の育成とともに、従来の業務に従事してきた専門家へのニーズは低下する可能性がある。
無視できないブロックチェーンの影響
実際にブロックチェーンが実用化されていくと、かなりの銀行業務が人からシステムに置き換えられる可能性がある。それは、銀行のビジネスのしくみ=ビジネスモデルの変革ととらえるべきだろう。
たとえば、ATMあるいはインターネット上のポータルサイトで、振り込みやローンの返済、あるいは送金などが行われたとしよう。このデータをブロックチェーンに書きこむと、理論上、銀行全体で各支店レベルでのデータを同期化し、均質にデータを複数の端末で管理することが可能になる。メインサーバーを設置する現在のIT運用のように1カ所にデータを集めて管理する必要はなく、人手もコストも削減できる。
突き詰めて考えると、銀行の支店業務の大半がネットワークによって遂行される日が到来する可能性がある。貸出しに関しても、“クラウドファンディング”のようにネット上で不特定多数の人が企業やプロジェクトに対して資金を貸し付けることが増えてきた。事務の分野でも、システムが業務の処理を行う分野が増えていくだろう。
このように考えると、支店で預金を集め、それを貸出しや有価証券の運用に回すというわが国の銀行のビジネスモデルは環境の変化にうまく対応することができてこなかったといえる。多くの銀行が投資信託の販売を中心とする“手数料ビジネス”を重視しているのは、既存のビジネスモデルが収益を獲得する力を低下させてきたことの裏返しだろう。
より普遍的に考えると、ブロックチェーンの実用化が進むにつれて、今後のビジネスはルーティーン作業の大半が人ではなく、システムによって遂行されていく可能性がある。それは、中間管理職を必要としない組織であると考えることもできる。中間管理職を必要としない組織が出来上がれば、多くの人がそれまでの業務を行う必要性は低下するはずだ
ロボットが仕事を奪うという発想の盲点
新しい技術やコンセプトが実用化されるにつれ、銀行ビジネスだけでなく経済全体で変化が進むだろう。具体的には、新しい組織やサービス、製品などが生み出される。それが人々の需要を集めれば、旧来の発想が通用するケースは減るだろう。
これが、イノベーション(これまでにはない新しい取り組みを進めること)だ。パソコンの普及によってタイピスト(タイプの早打ち専門家)が職を失ったように、イノベーションは既存の産業から別の産業に資本や労働力のシフトを引き起こす。これは経済全体の新陳代謝が高まることといい換えられよう。
それをわが国では「ロボットが仕事を奪う」と、どちらかといえば感情的かつ否定的に表現することが多いように思われる。そうした心境がわからないではない。なぜなら、誰しもこれまでの仕事や環境にこだわりや愛着を持っているからだ。
ただ、悲観論に浸ることは避けるべきだ。想像力を膨らませて将来をイメージする、人を思いやるといったことは、人間でなければできないとの指摘も多い。人工知能は過去のデータを解析し、その延長線で将来を予想することには長けている。しかし、経済危機などの構造変化にどう対応できるかは、本当にそれが起きてみなければわからない。また、自分の仕事が機械に置き換えられてしまうというような負のイメージが強くなってしまうと、今後の変化とその可能性を冷静に評価することが難しくなるかもしれない。それは、チャンスの見落としにもつながる恐れがある。
むしろ、変化の起爆剤となっている新しいコンセプトを学習し、今後の社会の潮流を考えることこそが重要だろう。そのために政府が重視する人材の開発支援プログラムなどが活用できるなら、活用すべきだ。わが国ではともすると、変化=安定を崩すマイナスのファクターとの見方が広がりやすいだけに、客観的な見方を持ち、その可能性を評価していくことが欠かせないだろう。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)