記念すべき第100回全国高校野球選手権記念大会、夏の甲子園では、秋田県勢としては103年ぶりに決勝進出した秋田県立金足農業高校の活躍が話題を呼んだ。惜しくも決勝で大阪桐蔭に敗れ、今年も東北の夢である優勝旗の「白河の関越え」はならなかった。
公立校の金足農は大会前、推薦入学などで全国から有力選手を集める他の私立強豪校に対し戦力的には劣るとみられていたが、なぜ決勝まで進むことができたのか。強さの源泉はどこにあるのか。また、今大会でもっとも注目された選手の一人でもあるエース、吉田輝星投手(3年)の実力は、プロで通用すると評価されているのか――。スポーツジャーナリストの田尻賢誉氏に話を聞いた。
――金足農の強さの源泉は?
田尻賢誉氏(以下、田尻) これは「たまたま」としか言いようがありませんが、今大会きってのエースである吉田投手の存在が大前提にあります。もともと中学時代から秋田では好投手として知られていました。ほかには、サードで4番の打川和輝選手以外、他県の高校などからお声がかかる選手は見当たりません。
――吉田投手は、それだけずば抜けているのですか?
田尻 吉田投手が投げると一定の範囲の失点で抑えることができます。実は、金足農の攻撃方法は、30年前に流行った送りバントやスクイズを多用するものです。現在、甲子園野球は積極攻撃野球が主流になっていますが、送りバント中心の攻撃でも勝てたのは吉田投手の存在が大きいです。
もうひとつは、現在、バント練習をするチームが減っており、裏を返せば、バントに対する守備練習も減っています。近江との対決では、無死満塁のチャンスで相手の意表を突いた2ランスクイズを成功させます。近江の選手は、「2ランスクイズに対する練習はしたことがなかった」と言っています。普通、満塁で2塁にいる選手が大きなリードをしていれば、2ランスクイズを警戒しなければならなかったのですが、警戒もしていないほどにバントに関する練習が少なかったのでしょう。それほど高校野球は打つ野球に変わってきているのです。
バント多用の狙い
――あえてバントを軸にした攻撃システムを採用する金足農の意図は?
田尻 高校野球の指導者は流行を追うので、「甲子園はこういう野球だから」と言って「打つ野球」にシフトし、「バッティング練習を増やそう」という方向に進んでいます。しかし、金足農は自分たちの素材では「あんなに打つ野球はできない」ということがわかっていたのでしょう。6番・高橋佑輔内野手が横浜高校との対決で、逆転3ランホームランを放ちましたが、「甲子園に来て高校野球生活ではじめてホームランを打ちました」と語っていることからもわかるように、金足農で自信をもって「この選手は打てる」といえる存在は見当たりません。雰囲気や勝ち上がって自信を抱いた選手が多いので、のちに東京の大学や社会人チームから声がかかる選手は、あまりいないのではないでしょうか。
――バント練習を増やした中泉一豊監督には、どういう狙いがあったのでしょうか。
田尻 それについて中泉監督に聞きました。バントをすると、最後まで球筋を見極める力が付き、球とのタイミングを合わせるという思いを込めてバント練習をさせていたと語っています。選手も監督がバント練習に力を入れろと言われて忠実に行った結果、バントで勝つチームづくりに成功しました。
――ほかには、どんなユニークな取り組みを行っていますか?
田尻 1月の冬合宿で、「坂道ダッシュ」「一番にならないと抜けられないダッシュ」などで苦しさに耐えられるようになったという声がありました。やはり、バッティングもピッチングにしても下半身をつくるのは大事なのです。最近は走らないでトレーニングする方法はあるのですが、金足農は下半身だけではなく、精神力も鍛えられたのです。
――吉田投手は精神面も強かったですが、今回の活躍の裏ではそういう精神力がバネになったのでしょうか。
田尻 それプラス悔しさです。去年の夏は地区大会決勝で敗れて、秋大会は準々決勝まで進出しましたが、8回まで4-0で勝っていたのにもかかわらず、5点取られてひっくり返されました。終盤にスタミナ切れなどで崩れるケースが多かったのです。結局5-6で負けました。それがあったから走るようになったのです。
吉田投手の今後
――吉田投手はプロで通用しますか。
田尻 今回投げ過ぎたので、そこを心配しています。最近では斎藤佑樹投手のようなケースになる可能性があります。体型的にも斎藤選手と似ています。プロの選手であれば、球も速いセットアッパー投手型で活躍するのかと思います。プロ志望届を出せば、今回の人気もあり、ドラフト上位は堅いです。問題は、吉田投手がプロ志望届を提出するかがカギです。
――プロを志望しない可能性もあるのでしょうか。
田尻 聞いた話ですが、今回の甲子園以前から、東北地方の大学に進学する意向があるようです。本人もその大学野球部の監督の指導も受け、良好な関係を築いています。それをプロ側が覆せるかどうかですね。
――今回の甲子園で、金足農は実力以上の力を発揮できた?
田尻 公立の農業高校であり、弱い秋田県代表で全員が地元ということで、観客は完全に感情移入していました。私はこれを「宇宙空間」と呼んでいます。金足農選手もその雰囲気に押されて活躍しました。観客は時として負けているほうを応援するものですが、準決勝で負けていた日大三高があと一歩というところまで金足農を追い詰めたとき、観客は金足農を応援する空気でした。これは珍しいことです。
――東北勢は、弱いのですか? 深紅の優勝旗は白河の関を今年も超えることはできませんでした。津軽海峡は越えたのですが。
田尻 東北勢は決して弱くはありません。決勝戦でも観客は、金足農を応援していた方も多かったのですが、あと一歩及ばずでした。北海道勢が優勝したケースでは、初優勝をした駒大苫小牧ですが、この時は「何がなんでも駒大苫小牧に勝たせろ」という雰囲気に包まれていました。沖縄県勢でいえば、興南高校が春夏連覇しましたが、夏の大会の甲子園は「沖縄勝たせろ」という雰囲気でした。
――ありがとうございました。
(構成=長井雄一朗/ライター)