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『西郷どん』西郷隆盛のキャラが半端すぎ!視聴率も続落…せっかくの伏線も無駄に

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『西郷どん』公式サイトより

 鈴木亮平が主演を務めるNHK大河ドラマ『西郷どん』の第35回「戦の鬼」が16日に放送され、平均視聴率は前回より0.2ポイント下がって11.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だった。

 ここのところ展開が早くなっている同ドラマだが、今回も激しく動いた。あっという間に坂本龍馬(小栗旬)は何者かに暗殺され、正式に幕府を廃止する「王政復古の大号令」が発せられ、戊辰戦争の直接的な引き金となった「薩摩藩邸焼き討ち事件」が起こった。「武力倒幕」という大義を失ったにもかかわらず、なおも徳川慶喜(松田翔太)を討つことにこだわる西郷吉之助(鈴木)に、弟の信吾(錦戸亮)もドン引き。「兄さあは鬼になってしもた。戦の鬼じゃ!」と非難の声を上げるも、吉之助は「ああそうじゃ。おはん(お前)も死力を尽くして戦え」と開き直って見せた――という展開だった。

「戦の鬼」というサブタイトルの通り、戦争に向けて突っ走るダークな西郷を描く回となっていたわけだが、そのわりに中途半端な印象も受けた。その理由はいくつかあるが、一番良くなかったのは、坂本龍馬の死に関してきれいごとを言ってしまったことだ。あくまでも武力倒幕を目指す西郷と穏健な変化を目指す龍馬は、第34回のラスト付近で対立してしまい、すでにたもとを分かっていた。これは普通のケンカ別れではない。「武力で徳川幕府と徳川家をつぶさなければ何も変わらない」と信じる西郷にとって、「何もそこまでしなくてもいいではないか」と主張する龍馬は、はっきり言って邪魔な存在になっていた。政界に一定の影響力を持つ龍馬が穏健な改革を声高に主張し続ければ、西郷と薩摩の思惑は崩れ去ってしまう。つまり、西郷にとって龍馬は単なる「目ざわりな存在」などではなく、「いては困る存在」になっていたのだ(あくまでもドラマ上の話である)。

 龍馬と西郷の仲違いを手紙で知っていたお龍(水川あさみ)は、「あんたがうちの人を殺したんや」と西郷に食ってかかる。もちろん、身に覚えのない西郷はそれを否定し、「あの人は新しい時代になくてはならない人だった」と、その死を惜しんだ。まあ、いくら西郷がダークになったからといって、夫を亡くしたお龍に向かって「龍馬が死んでせいせいした」とは言わないだろう。だが、それだけでこの場面が終わってしまったのは残念すぎる。

 本当にブラック化した西郷を描きたかったのなら、お龍が去った後に「さすがに奥さんには言えなかったけど、ぶっちゃけ死んでくれて良かった」とでも言わせるべきだった。邪魔者が非業の死を遂げたのを聞いてうれしがるくらいでなければ、そんなものは鬼でもなんでもないからだ。別に西郷を悪辣に描くことを望んでいるわけではないが、これまでの流れを踏まえれば、龍馬の死を少しもラッキーと思わないほうがおかしい。そこだけ“良い人”に戻って、神妙に龍馬の死を悼んでは、第34回で描かれた仲違いにストーリー上の意味が何もなくなってしまう。せっかく“ダーク西郷”につながる絶好の伏線を張ったのに、ただ無駄にしてしまったといえるのではないだろうか。

 このほかにも、「戦の鬼」とうたっておきながら、西郷をなるべく悪者にしたくないという、“つくり手側の意向”が透けて見えた。浪人を集めて江戸で破壊工作を行わせる、いわゆる「薩摩御用盗」の実行を西郷が指示したまではよかったが、実際に彼らが江戸で暴れる場面は一秒たりともなかった。その一方で、庄内藩が薩摩藩邸を砲撃した「薩摩藩邸焼き討ち事件」はナレーションでしっかりと紹介。一応、「度重なる薩摩の挑発」が理由だと述べてはいたが、その「挑発」が放火・強盗・殺人などのテロ行為だったことは、ほぼ隠していた。どうも視聴者に「薩摩は一方的な被害者」という印象を与えたいように見える。ダーク化した西郷を描きたいのか、やっぱり主役だから悪者に描いてはいけないのか、脚本がブレブレなのだ。

 二兎を追おうとしてどっちつかずになり、西郷をどんな人物として描きたいのか視聴者に伝わりにくくなっている。戊辰戦争前後は割り切って真っ黒な西郷を描き、戦争が終わってからまた元の優しい西郷に戻る――というようなメリハリをつけたほうがよかったのではないか。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)

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