昨年、早稲田大学の学長選挙で医学部設置を公約に掲げた田中愛治教授が当選し、早大の医学部創設が現実味を帯びてきている。田中学長は、「単科医科大学を吸収合併する戦略に絞って考えていく」とコメント、裏口入学事件を受けて補助金を大幅に減額された東京医科大学を吸収するのではないかと取り沙汰されている。
「基本的に他大学の統合・合併というかたちで早大医学部を創設していくと思います。他大学の医学部を統合するのではなく、田中学長は単科医科大学の吸収合併を視野に入れています。その“お見合い相手”は、世間で候補とみられている東京医科大学ではないでしょう。慶應義塾大学の安西祐一郎元塾長は『大学の統合はお見合い結婚みたいなもの』と表現しました。お互いが違う校風や歴史を持っているなかで、一緒になるわけですから。
これまでの大学の統合事例としては、慶應大と共立薬科大、関西学院大と聖和大、上智大と同じカトリック系大学の聖母大が一緒になっています。関学のケースでは給与体系などの違いの問題などもあり、当初の予定よりも1年延びていますから、大学の統合はかなりエネルギーを使います」(大学業界関係者・A氏)
では、相手が東京医科大学ではないとすると、どこが有力候補となるのだろうか。
「東京女子医科大です。実は早大と東京女子医大は、日本初の共同大学院(専攻:共同先端生命医科学)を設立しています。ほかにも早大は東京農工大とも共同大学院を設立しています。東京女子大学の敷地内に早大が校舎を建てて研究していますが、こうした経緯もあり、最有力候補として東京女子医大が挙がってくるのです。共同大学院は2010年4月に開設されたので、以降、両大学の校風や歴史の相互理解が深まっているものと想像できます。もし、早大が“お見合い話”を持っていくのであれば、東京医科大よりも東京女子医大のほうが先だと考えるのが自然ではないでしょうか」(同)
単科医科大学、苦しい経営
しかし、東京女子大側で反対意見は浮上しないのだろうか。
「確かに、東京女子大にとって最大の支援組織である同大出身者の間で『日本でただひとつの女子医科教育の場を放棄するのか』という声があります。障壁となるのは、OG会の説得ですね。しかし東京女子医大病院は2001年と14年に起こした医療事故に端を発し、病院経営が厳しさを増しています。事故を受けて、厚生労働省は特定機能病院の承認を取り消しており、患者が減少しています。当然のことですが、大学経営にも悪影響を及ぼしています。
こうした状況もあり、同大出身者には現役医師も多く発言力も強いものの、理事会ではそれほど反対は出ないとみられています。教授たちも、自分の研究費が維持されれば満足するでしょう。さらに、東京女子医大は医学部と看護学部しかないので、総合大学に組み込まれることによって経営が安定するというメリットもあります。このほかにも、両大学とも場所も同じ東京・新宿区ですから、地の利もあります」(大学業界関係者・B氏)
つまり、名古屋大が岐阜大を救済するように、早大が東京女子医大を救済合併するという構図だろうか。
「そうなりますね。今まで私大が一緒になるケースでは、総合大学が単科大学を救済する意味合いもありました。特にこれから少子化が本格化するなかで、総合大学と単科大学が一緒になっていくケースが増えるかもしれません。
早大が医学部を持つインパクトは、かなり大きいです。おそらく早大は研究型大学を目指し、研究分野を拡大したいのでしょう。たとえば、車いすの研究でも医学部創設により、自前でできるようになります。当然ですが、医学部を創設すると病院経営があり、医学生の研修先になります。ところが病院経営が悪化すると、体力のない単科医科大学であれば、大学経営も直撃するのです。実は早大を卒業してから、他大学の医学部に入りなおしている学生も一定数おり、そういう人材も吸収できます」(同)
多様な人材を集める
早大は医学部創設で学生の裾野を広げようとする一方、実は一般入試の合格者を減らす方針を打ち出している。
「早大のみならず大学は多様な人材を集めたいという意向を持っています。早大には北九州キャンパスがあり、地方からも人材を集め、国際学生寮を東京・中野につくり、さまざまな試みを各種実施しています。一般入試に頼らずAO入試、留学生、推薦入試、付属高校からの進学組からも集めて、キャンパスの活性化を図る意向があるのではないでしょうか。
もう一つは、昨今の文部科学省による大学定員の厳格化です。実は早大には仮面浪人組が一定数いて、大学に通いつつほかの大学入試にチャレンジし、翌年に東大や一橋大に合格したら早大をやめる学生が存在します。仮面浪人組は一般入試組だけなので、一般入試組の合格者を減らせば、2年次も定員の厳格化は図れるとの考えもあるようです」(大学業界関係者・C氏)
ちなみに不正入試事件に揺れる東京医科大は、今年の入試志願者数が昨年の3分の1になるなど不人気ぶりをみせている。
「東京医科大は過去の入試分に遡って追加合格を出したので、今年の入試合格者枠は減少します。しかも医学部の合格者は100人程度なので、10人追加合格者がいると1割減るので難易度が高くなります。しかも、公平な入試をするので男子のボーダーラインが上がるため敬遠されました。ちなみに以前、ある大学の歯学部が入試をめぐり文科省から厳重注意を受け、無視するのであれば卒業しても学生に国家試験を受けさせないとの厳しい指導を受けたことがあります。東京医科大も公平な入試を行わなければ、学生が医師国家試験を受けることができない可能性も出てくるため、絶対に公平な入試を行うでしょう」(同)
いずれにしても、“早大医学部”誕生は近いかもしれない。
(構成=長井雄一朗/ライター)