ひとまず延長戦に入った米中貿易戦争。ドナルド・トランプ米大統領は中国に時限を切った「締め切り」を心理作戦上からか、突如延長した。下交渉はワシントンと北京で数回繰り返され、実は土壇場で基本合意はできていたのに、具体的リストの提示を中国が渋った。このため交渉は決裂し、内容が漏洩されて中国の知識人の間では劉鶴副首相は「(日清戦争で下関条約を飲まされた)李鴻章以下」のレッテルが貼られたという。
トランプ政権は特に、知的財産権保護、技術移転の強制、通貨問題を含む中国の構造問題を追及しており、2月22日には劉副首相をホワイトハウスに招き入れて異例の面談をこなしたため、西側メディアには楽観論が噴出した。日本は気分に乗りやすく、株式市場が湧いた。
実際に、米中貿易戦争の収束に向けた次官級の通商協議にかなりの進展が見られる。ところが、中国ではこうした動きが報道されておらず、もし米国の要求通りに中国が譲歩したら、習近平国家主席は「李鴻章のようだ」と騒がれ、批判されることになるだろう。
ともかく、米中貿易交渉は当面2カ月程度の延長が決まり、メディアは中国の全国人民代表大会(全人代)の動きに焦点を移した。そして、この前後に大きな出来事が重なった。
まず、米朝首脳会談(ベトナム・ハノイ)の物別れ。次いで、中国が中央委員会第四回全体会議(四中全会)を開催せずに全人代に突入し、2019年の国内総生産(GDP)の成長率目標を18年の6.5%前後から6~6.5%に下げたことだ。また、中国に進出する外国企業への技術強制移転をやめると宣言した。一方で、トランプ大統領は「中国は穀物への関税を撤廃せよ」と要求していることもわかった。
同時並行で、華為技術(ファーウェイ)副会長兼最高財務責任者(CFO)の孟晩舟被告の不正送金およびスパイ行為容疑の身柄引き渡し審理がカナダで開始された。米国への身柄引き渡しを断固阻止するために、中国はカナダと米国を訴える時間稼ぎの法廷戦に移行した。このファーウェイ問題が貿易戦争のゆくえに大きなファクターとしてのしかかる。おそらく米中間のもっとも深刻な問題は、このファーウェイ排斥である。
しかしながら、米中は最終合意に向け、3月27日にフロリダでトランプ大統領と習主席による首脳会談を開き、決着を図るというタイムテーブルが見えてきた。大局的に見ると、米中貿易戦争はしょせん関税をかけ合うレベルでしかなく、これからは次世代通信規格「5G」が象徴するハイテクの覇権戦争に移行する。
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また、中国発「金融恐慌」への対応が西側で広く議論されるようになった。習主席が1月21日の党中央学校における講演で「黒の白鳥にも、灰色のサイにも気をつけろ」と発言したことが、事態の深刻さを象徴している。「灰色のサイ」とは、日頃はおとなしく風景になじんでいるサイが突然凶暴化する譬喩で、要するに中国が抱える過剰債務問題の危険性を習主席自ら示唆しているのである。
かねてから、筆者はウォール街の債権専門家などの数字を基に「中国の債務は3700兆円前後だろう」と見積もってきた。18年8月の国際決済銀行(BIS)の統計では、中国の過剰債務は220兆元(邦貨換算で3740兆円)。奇しくも同じ数字をBISが用いていることがわかった。