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パナソニックの半導体事業売却、軍事技術が中国に流出する恐れ…日米安保にも波及か

文=深田萌絵/ITビジネスアナリスト
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パナソニック本社(「Wikipedia」より)

 パナソニックは2019年11月28日、半導体事業を台湾・新唐科技(英名:ヌヴォトン)に売却すると発表した。パナソニックの赤字部門が売却されるというのだから、日本企業にとっては喜ばしい話だろう。

 だが、手放しにも喜んでいられない。売却される半導体事業の一部には、外国為替及び外国貿易法(外為法)で規制されている技術も散見する。それが、イスラエルのタワージャズ(タワーセミコンダクターが展開するブランド名称)との合弁会社だ。タワージャズとは、米国防総省向けの半導体チップ設計において信頼できるサプライヤーとして1A、1Bというティア1(1次下請け)企業として認定されている。

 米防衛産業において国防総省の1Aサプライヤーに認定されるということは、現在の重要部品だけでなく、国防総省が求めるロードマップも共有したうえで将来的な軍事技術までも提供できる立場にある。タワージャズとパナソニック傘下のパナソニックセミコンダクターソリューションズ(PEMJ)の間にはパナソニック・タワージャズ・セミコンダクター(TPSCO)という合弁会社があるが、PEMJが保有するTPSCO株式49%を、新唐科技へ売却することを決めた。TPSCOはタワージャズで設計したデュアルユース技術や軍事技術が含まれるチップを生産する。

 多くの人が見落としているポイントがある。設計と製造では設計側が評価されがちだが、たとえば設計しても工場がなければ製品は生産できないのに対して、工場は設計側から渡された設計情報を蓄積しているので設計が途切れても生産はできる。それを、輸出管理優遇措置対象国(グループA、かつての“ホワイト国”)ではない台湾の企業である新唐科技に売却しても問題がないかという視点で考察する必要がある。

 タワージャズが保有し、輸出管理規制の対象となり得る技術は、

1.THAADミサイルに代表されるようなレーダー用チップ

2.5G(第5世代移動通信システム)用通信チップ/軍事用通信チップ

3.窒化ガリウム(半導体最先端素材)

4.赤外線、紫外線センサー、

5.最先端MEMS(微細加工技術によって集積化したデバイス)

などがある。特に、TPSCOで生産している65ナノメートルのRFチップは最先端技術であり、高精度なフェイズド・アレイ・レーダー用途に利用可能である。

 パナソニックの半導体売却報道の前後から、中国では軍事用レーダー開発だけでなく市場でも奇妙な動きがある。特に、米国の国防権限法889条によって米政府機関との取引が禁止されたファーウェイが、「調達を米国依存から脱却し、日本からの調達に大幅にシフト」し始めた。

・レーダー用チップ

 65ナノメートルのアナログのレーダー向け半導体は、THAAD向けに利用されており、輸出管理規制の対象となっているはずである。12月に入ってから中国人民解放軍の中国国内向けPRが行われたが、そこで2020年夏から4万チャンネルの軍事用フェイズド・アレイ・レーダーを導入すると発表されている。4万チャンネルのフェイズド・アレイ・レーダーというスペックはTHAADと同等であるが、中国製となると劇的に低いコストで量産体制に入るために、米中の軍事バランスは完全に崩れることになる。

・5G用RFチップ

 米国政府がファーウェイ向けにコモディティ化したチップの輸出禁止制裁は解除したが、5G用RFチップなどのハイエンド品は、いまだに輸出が許可されていない。そのため、ファーウェイは12月にはFPGA(製造後に購入者や設計者が構成を設定できる集積回路)や5G用RFチップのハイエンド半導体チップの在庫がなくなり、5G基地局の出荷が難しくなると指摘されていた。

 ところが、ファーウェイの基地局が止まる様子は見えない。台湾・TSMC社の支援を全面的に受けているためFPGAチップの調達には懸念はない様子だったが、5G用RFチップの調達は緊急を要する課題だった。だが、新唐科技のパナソニック半導体買収発表直後にファーウェイは、20年1月から5G基地局の出荷のめどが立ったとのニュースリリースを行っている。つまり、調達に難航していた5G用RFチップが手に入るようになったようだが、奇妙なタイミングの一致だ。

・通信チップ

 軍事用通信チップはアナログが利用されており、スクランブル方式で暗号化している。この技術が台湾経由で中国に渡ると、米軍及び自衛隊、インド軍、オーストラリア国防軍などの通信の秘密を構成する暗号処理部分までもが中国軍に流出し、すべての兵器を入れ替えなければならなくなるため、莫大な費用がかかる。それを行わなければ、通信の秘密を維持できないためだ。

 JSF(統合打撃型戦闘機)計画以降の兵器は、衛星経由でマスター側の兵器と接続されており、マスター側の許可がないとスレイブ側の兵器はミサイル等の武器が利用できない。WCS(ウェポン・コントロール・システム)と呼ばれるスロットル兵器等、制御を主に行うデバイスも製造されている。

・赤外線センサー

 赤外線センサーは輸出管理規制で制御されているはずだが、この買収発表の後から中国で妙な動きがある。ファーウェイと同じく国防権限法889条で米政府機関との取引が禁止されている監視カメラメーカーのハイクビジョンやダーファの社員が「半年後に赤外線センサー内蔵型監視カメラの新製品を発売するので、顔認識の精度が飛躍的に向上します」と言って売り込んで回っている。赤外線センサーは軍事転用の恐れがあるために輸出管理規制対象となっている。

・窒化ガリウム

 問題となる最先端技術のひとつは窒化ガリウムである。窒化ガリウムは「ムーアの法則(半導体の集積率が18カ月で2倍になるという法則)の終焉」を延期できる数少ないソリューションのひとつで、半導体業界の救世主的な存在である。微細化により回路を小さくしてきたが、微細化の限界に達したために3次元に集積するようになった。その結果、熱がこもりやすくなり、処理能力が低下するという課題に直面した。微細化による熱問題や電子漏れは、処理能力を単純に向上させることはできない。それが「ムーアの法則の終焉」と呼ばれる課題である。ところが、窒化ガリウムという素材は低抵抗高温動作という特性を兼ね備えており、ムーアの法則を継続させることが可能な数少ない素材だ。

 ファーウェイは以前から窒化ガリウム技術を取得するために、各研究者にアプローチしてきている。もっとも有名なのは、シンガポールのマイクロエレクトロニクス研究所(IME)で窒化ガリウムの研究員として従事していたシェーン・トッド氏である。2013年、窒化ガリウムの研究に関する情報を求めるファーウェイからアプローチのあったトッド氏が、危険を感じて家族にその旨を伝えて、帰国寸前に不審死に至ったといういわくつきの技術である。

 奇妙な偶然だが、中国・西安の半導体工場が窒化ガリウム技術を自社で利用していない台湾企業より、20年1月から窒化ガリウムの技術を移転できるとして高額なライセンス料での交渉が始まったそうだ。

 これら、最先端技術を持つ企業の株式をパナソニックが非ホワイト国の企業に売却することは、ワッセナーアレンジメント(新ココム)の下で許されることなのかという観点と共に、新唐科技の背景についてみてみる。

新唐科技の背景と中国との関係

 新唐科技は、台湾のメモリ企業・華邦電子(英名:ウィンボンド)の子会社である。ウィンボンドのCEO、焦佑鈞(英名:アーサー・チャオ)氏は、台湾大手電信ケーブル企業の華新麗華(英名:ウォルソン)創業者、焦廷標の息子であり、焦家は台湾において、それなりに名が知られた家族だ。焦氏が会長を務める新唐科技は、中国の高速道路におけるデジタル人民元決済のETCシステムにマイクロコントローラーチップ(MCU)を独占的に提供する契約を得て、すでに中国社会で浸透しているテンセントやアリババを押しのけて中国の決済システムに食い込んでいる。焦氏がこれほど中国共産党と深遠な関係を築くようになったのは、中国国内でカギとなる半導体工場の経営者は殆ど焦氏の側近であるためだ。

 焦氏は軍事技術に対して強く興味を持っており、F35のフライトコントローラー用チップの技術の取得をめぐって、焦氏が支配する台湾企業を利用して争ったことが、2006年に台湾紙「新新聞」で報道されている。軍事用FPGAチップの生産で半導体大手ファウンドリTSMCは世界トップ、TPSCOのRFCMOSを手に入れれば軍事用半導体チップで台湾はトップになれる。

 ここ数年、台湾資本による日本の半導体企業や工場の買収が相次いでおり、米国政府も日本の半導体技術の中国への流出を恐れて日本政府へクロスボーダーM&A(合併・買収)案件の審査強化を求めてきた。

 新唐科技側の発表を見ていると、新唐科技の米国子会社とイスラエル子会社は、本買収に関与していないようだ。イスラエル政府、米国政府の管轄権を意識したかのような発表となっている。基本的に買収案件に関しては、公正取引委員会と同じように企業側からの申告をもって行政が外為法上の審査に入るので、企業側が「管轄外だ」と判断して申告しなかった場合は、行政が見落とす可能性は高い。

 日本でも、19年10月8日に外為法の改正が行われた。日本の対日外国投資に対する意識の低さが輸出管理規制上のループホールとなってきたことを踏まえて、欧米が対内投資規制を強化している動きに歩調を合わせたものである。今回の新唐科技によるパナソニック事業買収は、「事前届出」の対象に分類されているはずであり、これが許可されたとしたらワッセナーアレンジメント違反だけでなく、日米安全保障条約に波及する可能性が高い。パナソニック半導体事業の台湾企業への売却事例は、法改正後の日本の輸出管理審査のレベルを計る試金石となるため、注目すべきである。

(文=深田萌絵/ITビジネスアナリスト)

深田萌絵/ITビジネスアナリスト

深田萌絵/ITビジネスアナリスト

早稲田大学政治経済学部卒 学生時代に株アイドルの傍らファンドでインターン、リサーチハウスでジュニア・アナリストとして調査の仕事に従事。外資系証券会社を経て、現在IT企業を経営。

Twitter:@@MoeFukada

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