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日立製作所、鮮やかかつ理想的な「選択と集中」断行…富士フイルムとウィン・ウィン取引達成

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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東原敏昭・日立製作所社長(写真:つのだよしお/アフロ)

 12月18日、富士フイルムホールディングスが、日立製作所の画像診断関連事業を買収すると発表した。買収金額は約1790億円と予定されている。今回の買収成立により、富士フイルムは画像診断システム(MRI、CTなど)、電子カルテなどの研究開発・販売などの事業を取得する。

 この買収は富士フイルムと日立の両社の思惑・利害が一致した、ある意味では“ウィン・ウィン”の取引といえる。この案件には、他の企業が繰り広げる事業の売却や取得とは、やや異なる部分があるように見える。近年の買収を見ていると、競争力の低下している事業を外すために資産を売却するケースが目立つ。

 富士フイルムも日立も、今回の取引を通して成長に必要な要素を取り込もうとしている。富士フイルムは今回の買収によって、ヘルスケア事業の成長戦略を強化することができるだろう。今後は同社がどのようにして世界的に成長が期待されている画像診断機器分野などの競争力を引き上げ、シェア獲得につなげることができるかが注目されるだろう。

画像診断事業を強化したい富士フイルム

 富士フイルムはカメラ事業などで培われてきた画像処理技術に強みを持つ。それを応用して同社は内視鏡などの開発に取り組んできた。また、医療用画像管理システム(PACS)を開発し、世界的にシェアは高い。さらに近年、医療現場向けのAI(人工知能)も開発し実用化することで収益を獲得してきた。それに加えて画像診断機器の開発や生産能力を強化することは、画像診断の実施、そのデータの保存管理、AIを用いた診断など医療現場でのデジタル化推進につながるだろう。それができれば、医療現場での診断の正確性向上や、検査の効率化などが期待できる。この考えに基づき、富士フイルムは画像診断関連事業の強化を重視してきた。

 世界の画像診断機器市場では、独シーメンス、米ゼネラル・エレクトリック(GE)、蘭フィリップスがそれぞれ20%程度のシェアを誇る。富士フイルムのシェアは5%程度と小さい。一から自前で画像診断機器の研究・開発を進める発想は現実的ではない。

 富士フイルムにとって、事業体制が整った画像診断機器ビジネスを取得する意義は日増しに高まってきた。同分野での競争力向上により、得られた画像データを独自の処理テクノロジーで分析し再生医療に生かすなど、事業展開の広がりも増す。この戦略を進めるため、2016年に富士フイルムは東芝の傘下企業だった東芝メディカルの買収をキヤノンと競ったが、最終的に競り負けた。

 その分、富士フイルム経営陣にとって日立の画像診断機器事業は、喉から手が出るほど欲しい資産だったはずだ。富士フイルムは円滑に交渉を進め日立が求める水準に近い金額で買収に合意したとみられる。ウィン・ウィンの買収が成立したとみられることは、富士フイルムが迅速な事業展開を目指すためにも欠かせない。

円滑な資産売却に必要な利害の一致

 ウィン・ウィンの関係をもとに事業を売却できたことは日立にとっても大切だ。今回、日立は自社の希望する条件で資産売却を実現できたようだ。それによって、日立は今後の戦略執行を当初の想定に沿って進めやすくなる。

 日立は事業の選択と集中を進めている。資産の売却や買収を通して、経営資源をAIやIoT(モノのインターネット化)関連の分野に再配分したい。選択と集中を進めるために、日立はこれまで主要子会社の経営陣に対してIT化に対応する戦略を練るよう指示を出してきた。日立は、売却対象事業の安定も視野に入れ、選択と集中を進めているといえる。そのためにも事業の売却先との利害の一致は重要だ。

 この点は昭和電工に対する日立化成の売却を確認するとよくわかるだろう。当初、複数の企業が日立化成の買収に関心を示した。いくつかの企業は、日立化成の高機能素材事業の取得を目指し、他を売却する考えを持っていた。そうした考えは、企業が経営の効率性を高めるために重要だ。この考えに基づき、国内外において必要な事業だけを買収する企業も多い。企業全体を買収する場合であっても、収益力が高い事業を残し、他の事業は再度、他の企業などに売却するケースもある。

 日立はそうした意向に難色を示した。子会社を売却した後、その企業の事業が切り売りされるような展開が現実のものとなれば、日立の経営陣が子会社に指示してきた取り組みは実現できなくなる恐れがある。日立にとって昭和電工は、自社の要望を最大限にくみ取り、可能な限り利害の一致を目指すことのできる企業だったのだろう。

 また、売却の上にさらなる売却が想定される場合、日立の子会社などにおいて先行きへの不安心理が広がる可能性もある。日立が“不沈戦艦”と呼ばれるほど安定した経営風土を重視してきたことを考えると、そうした懸念は選択と集中を進める阻害要因になる恐れもある。日立にとっても富士フイルムとウィン・ウィンの取引が実現できたことの意義は大きいだろう。

重要な変化への対応力

 現在、世界経済はこれまでに経験したことがないようなスピードと規模感をもって変化している。そのなかで、富士フイルムは世界的なヘルスケア企業になることを目指している。同社に求められることは体力をつけ、さらなる成長を実現することだ。

 具体的に、他企業との提携や事業の取得を進める重要性は高まる。世界的な大手企業であっても、急激な変化に対応することは容易ではない。リーマンショックの発生により、米GEは金融事業において巨額損失が発生し、業績が大きく悪化した。業績悪化からGEは世界的なIoTの流れに対応することが難しくなり、今後の稼ぎ頭となる事業を育成することが難しいようだ。この結果、GEは事業を切り売りして財務内容を立て直さざるを得なくなっている。GEはバイオ医薬事業の売却も決定した。

 富士フイルムにとってライバル企業の苦戦はチャンスだ。今後、GEのように生き残りのために事業を売却せざるを得ない企業は増える可能性がある。そうした展開が現実のものとなったとき、富士フイルムがより有利な条件で資金調達を行い、ヘルスケア分野での資産取得を実現できるか否かは、今後の成長に大きく影響するだろう。

 富士フイルムは社内の体制も強化しなければならない。再生医療などの成長期待の高い事業を育成するために、研究・開発を強化することは避けて通れない。同時に、自社の強みである画像処理技術と画像診断機器を結合し、さらに高性能な製品を生み出すなどして収益増加も実現しなければならない。その上でフリーキャッシュフローが増えるなどすれば、市場参加者は同社の強さを認識できる。それは、富士フイルムがより有利な条件で資金を調達することを支えるはずだ。

 現状画像診断機器分野におけるライバル企業とのシェアの差が大きいことは確かだが、富士フイルムが競争上不利なポジションにあると論じるのは早計に思う。今後の取り組み次第で同社がヘルスケア事業の成長を実現し、さらなる期待を集めることは可能だろう。その実現に向け、富士フイルムが世界経済の変化にどう対応していくかに注目が集まるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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