※画像:『プロレスラーは観客に何を見せているのか』(草思社刊)

 普段見ているバラエティやドラマなどのテレビ番組。演劇やライブ・コンサートなどのステージ。感動を誘い、時には大笑いを促す映画。

 そうしたものを観たとき、あなたの中に生まれた「面白い」「感情移入した」「分かりやすい」といった感情がどこから来たのか考えたことはあるだろうか。つまり、「なぜ面白いのか」「なぜ分かりやすいのか」といったことを考える、ということである。

 これを突き詰めて研究していくと、どんな表現においても、人を感動させたり楽しませたりするものには「型」「定石」「ルール」のようなものがあることが分かってくる。

■アメリカのプロレス団体WWEで知った「サイコロジー」

 ツイッターに自身のプロレス論を投稿し、しばしば物議を醸すこともある現役プロレスラー・TAJIRIさん。2018年8月5日の「プロレスってスポーツでも格闘技でもない。表現の世界だとオレは思う」という文章から始まるツイッターの投稿(*1)には、「格闘技じゃないの?」といった批判のコメントも寄せられた。

 しかし、この「表現の世界だと思う」というTAJIRIさんの言葉は、自身の多彩な経験に裏打ちされたものだ。

 TAJIRIさんの著書『プロレスラーは観客に何を見せているのか』(草思社刊)は自身のプロレス遍歴を振り返りつつ、「プロレスとは一体何か」という思索を書き綴った一冊。そんなTAJIRIさんのプロレス観に最も影響を強く与えたプロレス団体がアメリカ最大最強のプロレス団体であるWWEだ。

 2001年から2005年まで在籍したWWEで彼は「サイコロジー」という言葉を知る。

「サイコロジー」は日本語では「心理学」となるが、WWEにおいては「こうなれば、ああするはずだから、こうしていくべきである」という文脈で用いられる、いわば「ルール」というべきものだ。

■「当たり前のことを当たり前に展開すること」で熱狂を生み出す

 しかし、これだけの説明ではまだあまり理解できないだろう。

 TAJIRIさんによれば、この「サイコロジー」はプロレスを良質な試合に仕上げるために必要不可欠なもので、これが欠けてしまうと試合がぐちゃぐちゃになってしまうという。

「サイコロジー」の具体例の一部を本書から紹介しよう。

「プロレスという枠組み」について
・イイ者vs悪者という構図はわかりやすくてノレる
・イイ者には華麗な技が似合うが、悪者には(通常は)に合わない。悪者にはパンチやキックなどの乱暴な技にほうが似合う。

「試合の流れ」について
・胸元へのチョップと、胸元へのミドルキックが得意な選手がいる場合、その二つの技を繰り出す順番は(特別なことがない限り)(1)チョップ(2)ミドルキックであるべきだ。
→チョップよりもミドルキックのほうが相手に与えるダメージが大きいので、この順番が逆になると、大砲を打ち込んでも死ななかった相手に小型拳銃で大砲以上のダメージを与えようとする無意味な行為となるから。
・蹴りが得意な相手と戦う際は、その蹴りを出させないように徹底して脚を狙う。
・大型レスラーがちょこまか動くとその大きさが目立たなくなるので必要最低限だけ動くようにする。
(p.127-p.128より一部引用)

 いわば物語の作り方やリングに上がる登場人物たち(キャラクター)の動き方のルールといってもいいのかもしれない。リングに上がるキャラクターたちが最高に自分自身を表現するために、そして、そのキャラクターたちに人々が熱狂するために、欠かすことができない基本フォーマットなのだ。

 TAJIRIさんはこの「サイコロジー」を「当たり前のことを当たり前に展開すること」だと解釈する。プロレスは興行であるがゆえに、ファンを楽しませることが何より大事だ。大衆娯楽として広く受け入れてもらうためにはこうした定石を遂行する。WWEはそれを徹底しているという。

 もちろん、「サイコロジー」を無視したプロレスに熱狂する人もいるし、そのプロレスを否定はしないとTAJIRIさん。しかし、自身としては、「サイコロジー」の大事さを主張し続けなければ、プロレスの存亡に関わる大問題になると危機感を持っている。

 ◇

 見ている人たちが熱狂できるように、楽しめるように、無駄を徹底的に排除していく。「サイコロジー」はいわば、プロレスという表現の方法論なのだろう。

「意味のないシーンが一瞬でも存在してはいけない」

 これはエンターテインメントと呼ばれるジャンルの基本だ。前述した「プロレスってスポーツでも格闘技でもない。表現の世界だとオレは思う」というツイッターの投稿は、こうしたことをWWEで学んできたTAJIRIさんだからこその言葉なのだ。

 しかし、ただエンターテインメントだけではないのがプロレスの奥深いところの一つであり、鍛え抜かれた身体の強さや技術の土台が絶対条件となって、初めてその舞台で仕事をまっとうできるというわけである。

 また、本書ではWWEの話で終わりではなく、その後のプロレス業界の変化の中で自分のプロレスを追求するために動き続けるTAJIRIさんの姿が描かれている。

 2010年に自身の団体であるSMASHを立ち上げたときは、「キャラクター」と「物語」を重視したストーリー演出を考え、興行として成功を収めた。しかし、「創作家」タイプであったがゆえに、2年間でSMASHに終止符を打つことになる。

 誰もが気軽にコンテンツを作れる時代だからこそ、「人の心を魅了するものとは何か」ということを追求できる人が、一歩前に出るのだろう。プロレスが好きな人も、そうでない人も、その世界に引き込まれる一冊だ。

*1…TAJIRIさんのツイッターより(2018年8月5日投稿、2020年1月29日確認)
https://twitter.com/TajiriBuzzsaw/status/1025789880012431360

(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

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