新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。世界保健機関(WHO)が1月30日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態宣言」を発出したことを受け、日本政府は翌31日、中国湖北省に滞在していた外国人の入国を拒否することを発表した。入国拒否は出入国管理法に基づく対応であり、特定の国や地域を対象に適用するのは日本でも史上初である。これと並行するかたちで日本政府のチャーター機で武漢市から日本人565人が帰国したが、そのうち8人が新型コロナウイルスに感染していることが判明した。
感染率は約1.4%であるが、専門家の多くはこの数字に注目している。これにより、武漢市での新型コロナウイルスの感染率が推定できるからである。この感染率を武漢市全体(人口約1100万人)に適用すると、約15万人が感染していることになる。中国の各都市でも武漢市から2~3週間遅れて流行が始まっている。武漢市は中国の高速鉄道の要であることから、新型コロナウイルスは瞬時に中国各地に広がった可能性が高く、今後すべての大都市で武漢市のような感染爆発が起きると仮定すれば、中国全体の感染者数は約2000万人に上るだろう(中国の人口<約14億人>×1.4%<感染率>)。
「等比数列(基準となる数字に一定の数を次々に掛けていって出来る数列)」をもとに新型コロナウイルスの感染者を試算する海外の研究者もいる(1月29日付ZeroHedge)。1月16日時点の中国の新型コロナウイルス感染者数(45人)が1日当たり53%ずつ増加すると仮定すれば、2月20日に約1.38億人の感染者が発生する計算になる。
このように中国での新型コロナウイルスの感染爆発が確実視される状況下で、人の往来の規模を考えれば、日本で感染拡大が起きる可能性は高いと言わざるを得ない。中国メディアによれば、1月23日に封鎖される前に武漢市から来日した中国人の数は1.8万人に上るとされており、これに1.4%(感染率)を掛ければ、250人以上の新型コロナウイルス感染者が日本にやってきたことになる。
「新型コロナウイルスは人類が経験したことがない、まったく新しいタイプの呼吸器ウイルスによる感染症である。中国以外の国で最初に感染拡大するのが日本になる可能性は十分に考えられる。日本で感染連鎖がすでに成立している可能性もある。ある日突然それまで見えなかった流行が顕在化することになる」(2月3日付日本経済新聞)。
警告を発するのはWHOの感染症対策で最前線にいた東北大学の押谷仁教授である。日本での新型コロナウイルスの感染拡大が目の前に迫っているとしても、インフルエンザを想定した既存の感染症対策が有効のはずである。
検査体制の確立が第一
新型コロナウイルスの日本での感染率が中国と同じだと仮定すれば、日本全体で170万人以上が感染することになる。だが、この人数は必ずしも深刻だとは言えないのではないだろうか。日本では通常のインフルエンザに毎年約1000万人が感染しているという事実があるからである。
2009年にメキシコで新型インフルエンザが発生して、世界中を席巻した。日本での感染者数は約13万人にすぎなかったが、大騒ぎとなった(致死率は0.16%と世界で最も低かった)。通常のインフルエンザの場合、簡易検査の方法が普及し、タミフルなどの治療薬が存在するのに対し、新型インフルエンザはウイルスが未知のものだったことから、人々の間で恐怖心が必要以上に高まったからである。
このことからわかるのは、新型コロナウイルス対策の焦眉の急は、まず第一に検査体制を確立することである。日本では国立感染症研究所で厳密な血液検査を実施しているが、国内での感染者数が飛躍的に増大すれば、手が回らなくなる。同究所は1月31日、「簡易に検査できる技術の開発を急ぐ」との方針を明らかにしたが、はたして間に合うのだろうか。
スイスの製薬大手ロシュはSARSウイルスの特定に利用した技術の一部を利用し、新型コロナウイルスを検出する検査キットを中国の感染地に届けようとしている(1月30日付ロイター)。日本でも自前主義にとらわれることなく、今すぐ入手可能な検査キットを医療現場、特に最初に受診する開業医に診断手段として提供すべきである。1人当たりの検査費用が1万円で、170万人が受けたとしても予算額は170億円で済む。
検査キットとともに大切なのは、感染者の重症化を防ぐ治療薬の提供である。ワクチン開発が始まっているが、その実用化には1年以上を要する。注目すべきは米国製薬大手のアッヴィのエイズウイルス治療薬(アルビア)が、新型コロナウイルスから生ずる肺炎の治療に効果を上げていることである。新型コロナウイルスのタンパク質の一部がエイズウイルスのタンパク質に類似しており、これが免疫機能を破壊し、多臓器不全を引き起こすことがわかってきている(2月1日付ZeroHedge)。
検査体制が確立され、重症化を防ぐ治療法が存在することがわかれば、日本国内でパニックが生じることはないだろう。そうなれば新型インフルエンザの時のように世界に誇る日本の公衆衛生が機能する。これだけの危機を前に無傷というわけにはいかないが、被害を最小化するための方策をただちに講じるべきである。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)