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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

知られざる指揮者の過酷な肉体労働の実態…防げない職業病、痛み止めを打って指揮も

文=篠崎靖男/指揮者
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「Getty Images」より

 新型コロナウイルス感染症に関するニュースが連日、報じられています。日本でも感染者が確認されたために、太平洋の島国・ミクロネシア連邦では、日本からの直接入国を禁止したそうです。そんななか、もっとショッキングなニュースが流れています。

 イタリアの有名な音楽学校でもあるサンタ・チェチーリア音楽院では、たくさんの日本人留学生が勉強していますが、そこでは中国人を含めた東洋人全員のレッスンをしないことになったというのです。名目的には「病欠」としているそうですが、自国から遠く離れたイタリアで暮らしている日本人留学生も、同じ憂き目に遭っています。ヨーロッパの他の国々でも、東洋人差別に結びついているという報道も出始めています。

 僕は今月、南アフリカで指揮をしています。日本を出発し、アラブ首長国連邦のドバイ国際空港で乗り換えをしたのですが、空港職員は誰ひとりとしてマスクをしておらず、アジア人以外でマスクをしている人をほとんど見かけませんでした。しかし、南アフリカの空港に降り立って驚きました。空港職員から入国審査官まで、しっかりとマスクをしているのです。現時点でコロナウイルスはアフリカ大陸に上陸していませんが、飛行機を降りる際には、僕も含めたアジア人は「どこから来たか」との質問を受け、中国からの乗客は詳しく調べられていました。さらに、アジアや欧米関係なく、乗客一人ひとりに体調を尋ね、体温を測るという念の入れ方です。この10年間で、南アフリカをはじめとしたアフリカ大陸には中国企業が目覚ましい進出を遂げているので、中国は近い存在なのかもしれません。

 とはいえ、乗客も現地の人々も、コロナウイルスなんて遠いアジアの話で、誰もマスクはしていません。何よりも南半球は今は夏なので、コロナウイルスの流行は心配なさそうです。それでも、厳しく管理されているのです。

 他方、米ジョンズ・ホプキンズ大学のアメシュ・アダルジャ上級研究員が、新型コロナウイルスについて「インフルエンザのように季節性で、毎年発生する可能性があるが、ほとんどの症例が軽度である」と言及したのをはじめとして、当初心配されていたほどの症状ではないという研究結果も出始めていますが、それでもやはり不安です。1日も早い終息を願っています。

 そのアメリカではインフルエンザが猛威を振るっており、患者数が1900万人、死亡者数は1万人を超えたと報じられています。

「指揮者やソリストをはじめとしたフリーランスの演奏家は、インフルエンザはもちろん、あらゆる病気にかからないように細心の注意を払います」と話すと、それを聞いた一般職業に就いている友人たちは、「それは僕たちの仕事でも同じだ」と答えます。もちろん、その通りですが、我々の場合は事情がもっと深刻です。せっかく準備してきたプログラムを演奏できなくなることも悔しいのですが、収入がゼロになってしまうからです。

 ちなみに、指揮者やソリストに「傷病手当」などというものはまったく無縁で、たとえ半年間仕事が入ってこなくても、個人事業主として看板は上げ続けているので失業保険も受けられません。そして何よりも、「篠崎靖男指揮」というポスターやチラシを配って観客を集めているわけですから、その本人が病気になってしまったら、オーケストラや主催者にも大迷惑をかけますし、楽しみにしていらっしゃった観客もがっかりさせてしまいます。場合によっては「払い戻し」などの補償にも発展するので、指揮者としての信頼までも大きく失ってしまいます。

 そんなわけで、少しでも感染のリスクを減らすために、インフルエンザ予防接種は毎年、受け続けています。余談ですが、インフルエンザ予防接種の値段が、病院によって大きく違うことを不思議に思ったことはありませんか。実は、予防接種は保険適用外なので病院が自由に値段を設定でき、それで利益を出している病院もあるようです。予防接種をしたのにインフルエンザにかかった友人が「あそこの病院は安かったから、効き目が良くなかったのかな?」と言っていましたが、そんなことはありません。

指揮者特有の職業病

 さて、指揮者はインフルエンザが流行する冬場だけ体調に気をつけているかといえば、もちろんそんなことはありません。

「僕は本番前に生ガキは食べません。食中毒になったら演奏会をキャンセルすることになるからです。でも、フグはいいですよ。当たって死んでしまったら、演奏会なんて関係なくなりますから」

 演奏会前日に招いていただいた主催者の食事の席で、親切にも地元最高の生ガキを勧められた際には毎回、こんなジョークを交えながらお断りをするのですが、食中毒に気をつけるのは、プロとして当然のことです。

 しかし、どうしても防げない指揮者特有の職業病があります。それは肩痛です。指揮は腕を振り回す仕事なので、どうしてもそれを支えている肩に負担がかかってきます。たとえば、“ジャジャジャジャーン”で有名なベートーヴェンの交響曲第5番『運命』は、数えてみると3500回以上も腕を振り続けます。演奏会では、これに序曲や協奏曲も入り、リハーサルを含めると数万回も振り続けることになります。

 トレーニングジムに行って、筋肉トレーニングとして3500回も腕を振ることはとても無理ですが、指揮の場合、音楽を表現することに集中しているので、腕や肩に負担をかけていることを意識せずに振り続けてしまうのが問題なのです。僕も定期的に病院でマッサージを受けたりしていますが、演奏会は絶対に休めないので痛み止めの注射を打って指揮をした経験もあります。

 もっと怖い職業病に、頸椎靭帯骨化症というのがあります。腕を振ることで同時に首が揺れて軽いむち打ち症のような状態を繰り返し、首の筋が骨のように固く尖って神経を刺激する厄介な病気です。ひどくなれば、指揮棒も握れなくなります。スポーツ選手もかかることがあるようで、元楽天イーグルス監督の故星野仙一さんも大手術を受けたといわれています。

 なぜそんなになるまで体に負担をかけ続けてしまうのでしょうか。それは、自分が演奏している音楽に原因があるのです。人間の脳の中で理性をつかさどる前頭連合野は、弱いものが2つあります。それはアルコールとリズムで、この2つは前頭連合野をマヒさせてしまうそうです。

 クラブに行って、アルコールを飲みながらリズムの強い音楽に囲まれていると、ずっと踊り続けていられるという経験をしたことがある人も多いでしょう。指揮者や演奏家は、本番に臨む際にアルコールは飲みませんが音楽を演奏していると、その強いリズムで興奮状態となりアドレナリンが出ているのでしょう。それで、痛みや疲れは感じなくなってしまっているだと思われます。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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