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東京都、民間委託事業者の“ピンハネ”を黙認…司書を低賃金で使い捨て、文科省の指針を無視

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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東京都庁(「Wikipedia」より)

「2週間で資格と経験のある人を採用するなんて、最初から無理がありますよ」

 そう話すのは、数年前に東京都立高校の学校図書館に勤務していた関係者だ。

 2011年度から民間委託がスタートした都立高校の学校図書館。当サイトで何度も取り上げてきたように、15年7月には東京労働局から偽装請負として是正指導を受けたり、受託会社が人員を適切に配置しない不履行が続出したりしていた。

 その背景にあるのは、東京都が強引に進めてきた「民間委託ありき」のスタンスだった。なにしろ、学校図書館についてはまったくの素人企業にその運営を委ねたのだから。

 都立高校・学校図書館の入札が行われるのは例年、3月上旬。委託校は、10~11校程度まとめたグループ単位で毎年入札が行われ、もっとも安い価格を入れた事業者が落札していた。ちなみに現在は、複数年契約が導入され、事業者は技術点も加味して選定される。

 都の指名を受けて入札に参加する事業者の顔触れは、ビル管理業や清掃業、人材派遣業、害虫駆除業などが本業で、図書館はおろか教育分野にも関係しない異業種がほとんどだ。

 そのため、司書スタッフを常時抱えているわけではなく、3月上旬に落札してから新学期が始まる4月1日までに、司書資格を持った経験者を急募する“泥縄方式”となる。だが、そんな短期間で必要人員を揃えられるはずがない。

 勢い、4月1日の初日から要求通りの人員を現場に派遣できない契約不履行状態を受託業者が連発することになる。都教委の担当部署は毎年、その指導におおわらわで、そのたびに事業者は始末書提出という事態が、委託開始当初から何年も続いてきた。そこで都は17年以降、開館することができた日数分だけ委託費を払う「単価契約」方式に変えることで、契約不履行にはならないよう“工作”したと言われている。

現場スタッフの賃金が低すぎる実態

 この事業でとりわけ目に付くのが、現場で働く委託スタッフの賃金の低さだ。司書資格と実務経験が必須なのにもかかわらず、ほぼ最低賃金水準。そのうえ1年契約で「更新は原則なし」とくれば、業務を遂行する人材を集めるのがいかに困難かは、想像に難くない。

 下の図は、筆者が開示請求して得られた資料である。不履行を起こした事業者に対する減額処理に関する資料の一部には、1校当たりの人件費総額が表示されている。

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都教委が開示した「図書館管理業務委託予定価格積算書」と題された書類。「人件費(A)」欄の計算内容は全面黒塗りだが、不履行のあった中野工業高等学校の人件費だけは一部読めるようになっている。
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中野工業高等学校の最後の行には、「平日 13:30~1700 3時間30分 1,400.4 2人 2日 19,000.0」となっていて、さらにその下の段は「6,015,800.0」という人件費総額が出ている。

「6,015,800」と読めるのは、2016年度の都立中野工業高校のケースだ。書類のタイトルが「予定価格積算書」となっていることから、都が予定価格を算定するときに積算した同校1校分の人件費だと推測できる。

 全日制に定時制を併設した同校の場合、業務時間は8時半から22時まで。そのうち午後のみ複数人配置のため、1日当たりの配置時間数は延べ18時間。年間稼働日数239日をかけた総時間数は4302時間。これに当時、この事業者が求人に掲載していた時給910円を入れて計算してみると、この事業者が中野工業高校1校で負担している年間人件費総額は391万円になる。

 では、実際にこの事業者が都から受け取っている委託費は、いくらなのだろうか。

 11校まとめて4611万円(税別)で東京都と契約しており、高校別の委託費は公開されていない。そこで、11校全体の総時間数に占める中野工業高校の時間数の割合を算出したところ、約10%であることが判明。

 それから逆算すれば、中野工業高校1校当たりの委託費は、507万円であると推定できる。正規の派遣会社で公表が義務付けられているマージン率(労働者の賃金/派遣料金)に換算すると23%程度だ。

 この事業は労働者派遣事業ではなく、あくまで請負業だが、東京労働局から15年に無許可の派遣業=偽装請負と違法認定されたほど、その実態は限りなく派遣に近い。

 2016年当時における正規の労働者派遣事業者による都内の平均的な時給をみると、専門性を必要としない一般事務でも1300円以上、専門性を要求されるものでは1600円以上も珍しくない。そのことからすれば、資格と経験を必要とする学校図書館司書の派遣労働が時給910円と当時のほぼ最低賃金なのは、かなり異様な世界といわざるをえない。

 そもそも東京都が設定している予定価格で想定した人件費の水準からして低く、労働者を徹底的に安く買い叩くことで、初めて成立するスキームであるといえる。

ほぼ最低賃金での雇用

「偽装請負と言われたら、現場ではロクに打ち合わせもできません。結局、トクしているのは、ピンハネしている受託企業だけではないですかね」

 都内の学校関係者はそう話すが、都立高校学校図書館の実態はどうだったのだろうか。

 数年前、東京労働局から偽装請負で是正指導を受けた当時、都立高校の学校図書館の受託会社のスタッフとして働いていた女性(40代)に、偽装請負の現場の状況を聞いてみた。

「仕事内容は、まず早番の人が来て図書館を開館します。日中は、図書館に入れる本を選書して、作成した選書リストは記録媒体に入れて担当教師に提出します。発注先は、都内の大手書店です。ラベル等の装備がされた本が入ってきたら、データ登録をします。ブックカバーは自分たちでかけていました。そのほかには、書架の整備や、特集棚をつくったり、図書だよりを制作したりという感じです。図書だよりは、担当の先生と半分ずつ分担して制作していました。あとは日々の貸出と返却です。休み時間にも生徒が来ることはありますが、ほとんどが放課後です。その時間帯は複数人配置でした。定期的に『曝書』といって、全蔵書について棚卸のような作業も行うので、結構一年中忙しいです」

 現場は、何人で運営していたのだろうか。

「スタッフの数は、私が入ったときに2人いたので、計3人でした。2人とも30歳前後の独身で、男女ひとりずつでした。男性のほうは以前、公共図書館に非正規パートで働いていた経験があり、選書等の経験はないようでした。女性のほうは、図書館の受託会社で働いていた人で、国会図書館等の書庫で過酷な作業をしていたと聞きました。司書資格は、私も含めて全員持っていました。シフトは、男性ひとりが朝から夕方までのフルタイム勤務で、あとの2人が週2~3日くらいずつ午後に入るという感じでした」(同)

“つなぎ”のつもりで入ってくる人が多いため、スタッフの入れ替わりも激しいという。

「女性のほうは、私が入った5月からひと月もしないうちに辞めました。独り暮らしで家賃も払ってるようでしたので、とてもその給料では生活していけなかったのが大きいと思います。勤務時間中も、いつも熱心に履歴書を書いてましたから、フルタイムの仕事を探していたんだと思います。

 男性のほうも夏前には辞めました。その後に、同じく30歳くらいの独身女性と、まだ幼いお子さんを抱えた40代の女性が入ってきました。この独身女性のほうは、メンタル面で困難を抱えていた様子で、ときどき本当につらそうにしていました。生真面目というか謙虚で性格も良く、パソコンも使いこなせて、仕事はすごくできるんですが、体調がきつそうでした。次第に回復はされていったようですが。

 私と40代の女性は翌年3月末で転職先が決まって退職し、残ったひとりは4月以降も仕事を続けました。翌年度からは別の会社が落札しましたが、この独身女性はそちらの会社に転籍して、さらに数カ月だけ勤務されたようです」

 当時、問題になっていた偽装請負について、現場ではどのような認識だったのか。

「現場の教師との打ち合わせは、特に意識せず普通に行っていました。会社からも特別に何か注意するようにとは言われていませんでした。図書だよりも、相談しながら制作していました。生徒の図書委員会だけはノータッチでしたね。

 業務責任者は、私が入った直後こそ、ほぼ毎週のようにきていましたが、そのうち月に1回、来るかどうかになりました。あらかじめ訪問の日程が決まっていても、突然『ごめん、今日行けなくなった』と電話してくるようになりました。すごくいい加減なので驚きました。担当の教職員の方は、とても温厚で『忙しいんだから、しょうがないよね』というだけでした」

 請負会社の業務責任者が同席しない“打ち合わせ”は、クライアントが直接、委託スタッフに指示命令するものと解されるため、労働者派遣業の許可がなければ違法となる。つまり、現場の教師と打ち合わせを行っていたという証言には、違法性が漂う。

 最後に、この仕事について、こんな感想を述べた。

「仕事そのものは、選書から図書だよりの制作など、正規の職員とまったく同じように、学校図書館の運営を一手に引き受けるので、大変やりがいがあるのですが、大半の人はフルタイムでは働けないですし、給料が安く、1人暮らしで家賃を払っていたら、これだけではとても生活していけません」

 雇用者サイドは、子育ての合間に「103万円以内」で働く専業主婦をイメージしているのかもしれないが、資格と経験が必要な専門職になると、単身者が働くケースも少なくない。

 希望してもフルタイムでは働けないとしたら、そもそもそのような雇用を増やすこと自体が“官製ワーキングプア”の温床以外の何物でもないだろう。氷河期世代では、就職で極度の困難に数多く直面することで精神的なダメージを受けている人も少なくない。

 ちなみに、ここ数年、受託会社の落札額は2015年頃の2倍前後まで跳ね上がっているが、受託会社が募集している司書スタッフの時給は、依然としてほぼ最低賃金のままである。

 ある都立高校関係者は、「委託ありき」できた東京都の姿勢をこう厳しく批判する。

「14年の学校図書館法改正で、『学校司書』が正式に規定されました。その後、文部科学省の『学校図書館の整備充実に関する調査研究協力者会議』報告書は、各教委委員会に対し『学校司書として自ら雇用する職員を置くよう努める必要がある』と明記したのに、都はいまだにこれを無視し続けています」

 委託費が高騰している近年、委託するメリットは年々薄れているはずだが、それでも都が頑なに直接雇用を拒み続けているのは、何か特別な理由でもあるのだろうか。

 ある図書館関係者は、数年で委託費が2倍にハネ上がることは、何か大きな力が働かない限りあり得ないと指摘する。

「契約は、そのために配当された予算の中で行います。現場が予算要求するためには、その根拠として業者の見積書が必要になります。このような大幅値上げの見積書を普通は現場担当課も業者に対して認めないし、予算担当課も認めることはありません。こんなバカげたことは、何か異常な背景がない限り通らないものです」

 行政が専門的な事業を民間に丸投げしようとすれば、ますます栄えるのは税金を食い物にする事業者だけなのかもしれない。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

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都立高校・学校図書館管理運営業務における最新の入札結果。不履行が頻発した16年当時から比べると落札価格は2倍以上に高騰しているものとみられる。

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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