ビジネスジャーナル > 企業ニュース > 鉄道、長期「不通」多発の本当の理由
NEW
梅原淳「たかが鉄道、されど鉄道」

鉄道、豪雨による長期「不通」多発の本当の理由…どこまで雨に耐えられるように設計?

文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト
鉄道、豪雨による長期「不通」多発の本当の理由…どこまで雨に耐えられるように設計?の画像1
JR東海の東海道新幹線は東京-新大阪間515.4km(実際の線路の長さ)中、写真のような盛土の区間は半数近い227kmを占める。道路との立体交差のため、盛土の高さは6~7mとJR在来線や私鉄の盛土と比べて高い。1964年の開業時には、盛土の多くは土がむき出しになっていたが、雨の被害をたびたび受けたことから、1970年代半ば以降、斜面をコンクリートで固めるといった補強工事が施されている。新横浜-小田原間にて

 令和2年7月豪雨と名付けられた2020年7月3日から7月31日までの長い間に西日本から東日本、東北地方の広い範囲に降った大雨は、鉄道にも大きな被害をもたらした。一時はJR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、大井川鐵道、愛知環状鉄道、長良川鉄道、叡山電鉄、平成筑豊鉄道、肥薩おれんじ鉄道、くま川鉄道の鉄道会社12社で合わせて20路線が不通となってしまう。

 懸命な復旧作業が行われたものの、9月28日現在でJR九州の久大(きゅうだい)線豊後森-庄内間、同じく肥薩(ひさつ)線八代(やつしろ)-人吉間、叡山電鉄鞍馬線市原-鞍馬間、くま川鉄道湯前(ゆのまえ)線人吉温泉-湯前間、肥薩おれんじ鉄道肥薩おれんじ鉄道線八代-佐敷(さしき)間と、鉄道会社4社の5路線で運転の見合わせが続いている。

 ここ何年か、全国のどこかで鉄道が豪雨の被害に遭い、長期にわたって不通となるケースが目立つ。たとえば、JR東日本只見線の会津川口-只見間は2011(平成23)年7月の新潟・福島豪雨以来、列車が運転されていない。ほかにも、JR北海道根室線の東鹿越(ひがししかごえ)-新得間は2016(平成28)年8月の台風10号による大雨で、JR九州日田彦山線の添田(そえだ)-夜明(よあけ)間は2017(平成29)年7月の九州北部豪雨でそれぞれ不通となったままである。

 記憶に新しいところでは、2019(令和元)年10月の台風19号による大雨により、JR東日本水郡(すいぐん)線の袋田-常陸大子(ひたちだいご)間、阿武隈急行阿武隈急行線の富野-丸森間、上田電鉄別所線の上田-城下(しろした)間では今も列車の運転が行われていない。

 大雨がもたらす災害で鉄道が長い間不通となる原因は、主に2つに分けられる。一つは線路の下に築かれた構造物、それも大多数は土の構造物が崩壊したり、流失してしまうというもの。もう一つは一般には鉄橋と呼ばれる橋梁のなかで橋桁であるとか橋脚が流されてしまうというものだ。

 今挙げた2種類の原因とも、文字に記しただけでも復旧は大変そうに見える。まったくもってそのとおりで、土の構造物が崩れるような場所は多くは険しい山地にあり、豪雨の直後は復旧作業どころか被害の全容を確認することすら難しい。また、流失した橋桁を引き上げて再利用できればともかく、新たに製造してかけ直すとなると、少なくとも1年は要してしまう。

 ひとたび被害に遭えば復旧が困難というのであれば、鉄道はもっと雨に強ければよいと考えたくなる。今回は、そもそも鉄道はどのくらいの雨に耐えられるようにつくられているのかを見ていきたい。

鉄道構造物等設計基準

 まずは土の構造物から説明しよう。国が定めた鉄道構造物等設計基準によると、線路の下に築かれた土の構造物がどのくらいの降水量に耐えられるのかは、排水溝をはじめとする排水設備の能力によって決められている。その能力は都府県ごと、北海道では支庁ごとに分類された。

 前提となる条件としては、排水溝にたまった水が排水施設へと流入する時間が10分以下の一般的な場合、それから排水溝などにたまった水が排水施設に流入するまでの時間が10分を超える特殊な場合、または線路が敷かれた場所での詳細な降水量のデータが存在しないケースの基準が定められている。ここでは最も厳しい後者の基準を紹介しよう。1時間当たりの降水量は70mmから160mmまで10mm刻みとなり、次のとおりだ。

・70m 釧路支庁

・80mm 十勝、網走、根室、石狩、後志、日高の各支庁

・90mm 空知、宗谷、渡島の各支庁

・100mm 上川、留萌の各支庁

・110mmは胆振、檜山の各支庁、新潟、大阪、愛媛の各府県

・120mm 青森、岩手、福島、宮城、山形、茨城、山梨、長野、石川、福井、奈良、広島、島根、香川の各県、沿岸部を除く徳島県

・130mm 秋田、富山、愛知、滋賀、兵庫、岡山、山口、鳥取、福岡、大分の各県、和歌山県紀北地方

・140mm 神奈川、静岡、京都、宮崎、佐賀の各府県、南部を除く三重県

・150mm 群馬、埼玉、東京、千葉、岐阜、高知、熊本、長崎、鹿児島の各都県、徳島県沿岸部

・160mm 栃木県、紀北地方以外の和歌山県、三重県南部

 土の構造物が崩壊したり流出する事例は、主に山地で発生する。国は排水設備の能力を上げるよう求めていて、一般の山地では2割増し、要注意個所では4割増しとすることとなった。たとえば、栃木県や紀北地方以外の和歌山県、三重県南部の山地の要注意個所での排水設備の能力は、1時間当たりの224mmの降水量に対応していなければならない。

鉄道、豪雨による長期「不通」多発の本当の理由…どこまで雨に耐えられるように設計?の画像2
JR東日本の羽越線東余目(ひがしあまるめ)-砂越(さごし)間で見られる盛土。この盛土は、写真右に見える第二最上川橋梁が最上川の堤防を越えるために築かれ、高さは最大で約3mほどである。

盛土の安定性を維持できる降水量

 排水設備の能力は以上述べたとおりだが、土はもともと水をためる性質を備えているので、一定以上の量がしみ込んでしまうと、土の構造物は崩壊や流出を起こしてしまう。特に注意しなければならないのは、一般に築堤と呼ばれる盛土(もりど)である。人工的に土を盛ってその上に線路を敷いた場所であるから、ほかの場所と比べるとどうしても大雨に対する耐久力は低い。

 そこで、国は先ほどと同じ鉄道構造物等設計基準で盛土の安定性を維持できる降水量を都道府県別に定めた。降水量は1日当たりと1時間当たりとの2種類があり、それぞれ100年に1回遭遇する降水量、そして1000年に1回遭遇する降水量が定められている。ここは文字数の関係で1000年に1回遭遇する1時間当たり、そして1日当たりの降水量をそれぞれ紹介しよう。

【1時間当たりの降水量】

・90mm 岩手、茨城、福井、香川の各県

・120mm 北海道、青森、宮城、秋田、山形、栃木、埼玉、東京、神奈川、富山、石川、長野、山梨、滋賀、京都、大阪、奈良、鳥取、岡山、広島、山口、愛媛、福岡、大分、佐賀の各都道府県

・150mm 福島、新潟、岐阜、島根、徳島、熊本、宮崎、沖縄の各県

・180mm 群馬、千葉、静岡、愛知、三重、兵庫、和歌山、高知、長崎、鹿児島の各県

【1日当たりの降水量】

・300mm 青森、宮城、秋田、山形、栃木、群馬、富山、福井、滋賀、大阪、奈良、岡山、広島の各府県

・450mm 北海道、福島、茨城、埼玉、神奈川、新潟、石川、長野、岐阜、山梨、京都、兵庫、鳥取、山口、徳島、香川、愛媛、福岡、佐賀の各道府県

・600mm 岩手、千葉、東京、静岡、愛知、三重、島根、長崎、鹿児島の各都県

・750mm 和歌山、高知、大分、熊本、宮崎、沖縄の各県

 気象庁によると、1時間当たりの降水量が観測史上最も多かったのは、千葉県の香取と長崎県の長浦岳とで、ともに153mmであったという。千葉県、長崎県とも排水設備の能力は150mm以上、盛土の安定性は180mmは確保されており、本来であれば土の構造物が崩壊したり、流出することは考えづらい。

 だが、現実にこれだけ起きている理由を考えると、もう一つ別の問題に突き当たる。雨が長時間降り続け、1日当たりの降水量で見ると、近年はそれこそ想定外の数値を記録しているからだ。

 観測史上で1日当たりの降水量が最も多かったのは、2019年10月の台風19号による豪雨で記録された。場所は神奈川県の箱根で、なんと922.5mmであったという。先に挙げたように神奈川県での1000年に1回遭遇する1日当たりの降水量は450mmである。基準よりも2倍以上の降水量に見舞われれば、土の構造物が崩壊・流出しないほうがおかしいほどだ。

 残念ながら、だれも予想しない量の雨が降った結果、近くを行く箱根登山鉄道箱根登山鉄道線では土砂や石が線路に流入し、箱根湯本-強羅(ごうら)間は2020年7月まで不通となった。

鉄道、豪雨による長期「不通」多発の本当の理由…どこまで雨に耐えられるように設計?の画像3
JR東海の御殿場線山北-谷峨間に架けられた第二酒匂川(さかわがわ)橋梁。レンガ積みの橋脚は補強を重ねながら、いまから131年前の1889(明治22)年2月に開通したとき以来使われている。洗掘を防ぐため、写真手前橋脚の周囲にはコンクリート製のブロックが置かれた。

びくともしない線路は実現可能だが…

 今度は橋梁を見ていこう。橋桁や橋脚が流失する原因の大多数は、洗堀(せんくつ)といって橋脚を支える基礎となる土ごと洗い流されてしまうからだ。洗掘がどのくらいの雨が降水量、または川を流れる水の量がどのくらいであれば起きるのかは、川によっても橋梁の構造によっても異なるので、一概にはいえない。

 事例は古いけれど、1982(昭和57)年8月の台風10号による豪雨で国鉄東海道本線の富士川橋梁の橋脚が流出したケースを紹介しよう。このとき、富士川の流域では1日の降水量が過去最多を記録した場所が続出し、特に支流の早川上流に位置する野呂川(のろがわ)では570mmと、それまでの記録となる291mmを大幅に更新した。

 一方で、富士川橋梁の橋脚は富士川の流量が1秒当たり1万立方mまでであれば耐えることができたそうだ。しかし、このときは毎秒1万4500立方mもの流量を記録し、洗掘が起きてしまった。こう記すとそれまでの国鉄の備えが甘かったように受け止められるが、そうでもない。というのも、洗掘が起きる前の10年間平均の最大流量は毎秒3700立方mであったからだ。当時の技術では毎秒1万立方mの流量に耐えられる構造でも相当余裕をもたせた構造であり、毎秒1万4500立方mとはもはや想像を絶する数値としかいいようがない。

 大雨でもびくともしない線路は金に糸目をかけなければ実現可能だ。山あいを行く場所はすべてトンネルにし、トンネル以外の区間ではコンクリートの高架橋の上を通ればよい。洗掘を避けるために橋梁も架け替えてしまおう。橋脚をできる限り少なくするために鉄骨を三角形状に組んだトラス橋をはじめ、現代の技術の粋を採り入れたコンクリート製の橋梁ならば安心だ。実際に新幹線、正確に言うと1972(昭和47)年に開業した山陽新幹線からはそのような線路となっている。

 しかし、全国のすべての鉄道をつくり直すのは無理だ。盛土の外からコンクリートを注入して固めたり、橋脚の周囲を補強する方策が導入されているけれど、それでも新幹線の線路の強さにはかなわないからである。既存の線路でも1時間当たりで200mm、1日当たりで1000mmの降水量に耐えられるような補強方法が発明されるまでの間、大雨になったら列車を止めてまずは安全を確保するのが一番であろう。

(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)

【参考文献】

国土交通省監修、鉄道総合技術研究所編、『鉄道構造物等設計基準・同解説 土構造物平成25年改編』、丸善出版、2013年7月

村上温、「東海道本線富士川橋梁の災害」、村上温・村田修・吉野伸一・島村誠・関雅樹・西田哲郎・西牧世博・古賀徹志編、『災害から守る・災害に学ぶ』、日本鉄道施設協会、2006年12月

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。
http://www.umehara-train.com/

鉄道、豪雨による長期「不通」多発の本当の理由…どこまで雨に耐えられるように設計?のページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!