
令和2年7月豪雨と名付けられた2020年7月3日から7月31日までの長い間に西日本から東日本、東北地方の広い範囲に降った大雨は、鉄道にも大きな被害をもたらした。一時はJR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、大井川鐵道、愛知環状鉄道、長良川鉄道、叡山電鉄、平成筑豊鉄道、肥薩おれんじ鉄道、くま川鉄道の鉄道会社12社で合わせて20路線が不通となってしまう。
懸命な復旧作業が行われたものの、9月28日現在でJR九州の久大(きゅうだい)線豊後森-庄内間、同じく肥薩(ひさつ)線八代(やつしろ)-人吉間、叡山電鉄鞍馬線市原-鞍馬間、くま川鉄道湯前(ゆのまえ)線人吉温泉-湯前間、肥薩おれんじ鉄道肥薩おれんじ鉄道線八代-佐敷(さしき)間と、鉄道会社4社の5路線で運転の見合わせが続いている。
ここ何年か、全国のどこかで鉄道が豪雨の被害に遭い、長期にわたって不通となるケースが目立つ。たとえば、JR東日本只見線の会津川口-只見間は2011(平成23)年7月の新潟・福島豪雨以来、列車が運転されていない。ほかにも、JR北海道根室線の東鹿越(ひがししかごえ)-新得間は2016(平成28)年8月の台風10号による大雨で、JR九州日田彦山線の添田(そえだ)-夜明(よあけ)間は2017(平成29)年7月の九州北部豪雨でそれぞれ不通となったままである。
記憶に新しいところでは、2019(令和元)年10月の台風19号による大雨により、JR東日本水郡(すいぐん)線の袋田-常陸大子(ひたちだいご)間、阿武隈急行阿武隈急行線の富野-丸森間、上田電鉄別所線の上田-城下(しろした)間では今も列車の運転が行われていない。
大雨がもたらす災害で鉄道が長い間不通となる原因は、主に2つに分けられる。一つは線路の下に築かれた構造物、それも大多数は土の構造物が崩壊したり、流失してしまうというもの。もう一つは一般には鉄橋と呼ばれる橋梁のなかで橋桁であるとか橋脚が流されてしまうというものだ。
今挙げた2種類の原因とも、文字に記しただけでも復旧は大変そうに見える。まったくもってそのとおりで、土の構造物が崩れるような場所は多くは険しい山地にあり、豪雨の直後は復旧作業どころか被害の全容を確認することすら難しい。また、流失した橋桁を引き上げて再利用できればともかく、新たに製造してかけ直すとなると、少なくとも1年は要してしまう。
ひとたび被害に遭えば復旧が困難というのであれば、鉄道はもっと雨に強ければよいと考えたくなる。今回は、そもそも鉄道はどのくらいの雨に耐えられるようにつくられているのかを見ていきたい。
鉄道構造物等設計基準
まずは土の構造物から説明しよう。国が定めた鉄道構造物等設計基準によると、線路の下に築かれた土の構造物がどのくらいの降水量に耐えられるのかは、排水溝をはじめとする排水設備の能力によって決められている。その能力は都府県ごと、北海道では支庁ごとに分類された。
前提となる条件としては、排水溝にたまった水が排水施設へと流入する時間が10分以下の一般的な場合、それから排水溝などにたまった水が排水施設に流入するまでの時間が10分を超える特殊な場合、または線路が敷かれた場所での詳細な降水量のデータが存在しないケースの基準が定められている。ここでは最も厳しい後者の基準を紹介しよう。1時間当たりの降水量は70mmから160mmまで10mm刻みとなり、次のとおりだ。
・70m 釧路支庁
・80mm 十勝、網走、根室、石狩、後志、日高の各支庁
・90mm 空知、宗谷、渡島の各支庁
・100mm 上川、留萌の各支庁
・110mmは胆振、檜山の各支庁、新潟、大阪、愛媛の各府県
・120mm 青森、岩手、福島、宮城、山形、茨城、山梨、長野、石川、福井、奈良、広島、島根、香川の各県、沿岸部を除く徳島県
・130mm 秋田、富山、愛知、滋賀、兵庫、岡山、山口、鳥取、福岡、大分の各県、和歌山県紀北地方
・140mm 神奈川、静岡、京都、宮崎、佐賀の各府県、南部を除く三重県
・150mm 群馬、埼玉、東京、千葉、岐阜、高知、熊本、長崎、鹿児島の各都県、徳島県沿岸部
・160mm 栃木県、紀北地方以外の和歌山県、三重県南部
土の構造物が崩壊したり流出する事例は、主に山地で発生する。国は排水設備の能力を上げるよう求めていて、一般の山地では2割増し、要注意個所では4割増しとすることとなった。たとえば、栃木県や紀北地方以外の和歌山県、三重県南部の山地の要注意個所での排水設備の能力は、1時間当たりの224mmの降水量に対応していなければならない。