鉄道業界は2019年早々、波乱の幕開けを迎えた。1月9日には、京王電鉄が100パーセント株式を保有する子会社で旅行会社の京王観光がJR旅客会社の新幹線の列車や特急列車を利用した団体旅行において、顧客からは指定席特急券分の金額を受け取ったにもかかわらず、実際には購入せずに不正に利益を得ていたと報じられた。2月8日には福岡市交通局から地下鉄の駅での業務を委託されたJR九州サービスサポートの社員が使用済みの1日乗車券を拾得し、不正に使用したという。
どちらの行為も、JR旅客会社であるとか福岡市交通局の規定に照らし合わせると違反は明らかだ。JR旅客会社は6社で共通の旅客営業規則を定めており、JR東日本がまとめたものを参照しよう。一方、福岡市交通局は「福岡市高速鉄道乗車料金等条例施行規程」を見るとよい。
京王観光の場合、JR旅客会社の旅客営業規則の第57条に違反している。同条では新幹線の列車や特急列車に乗るには普通乗車券に加えて特別急行券、一般的な言い方では特急券を購入しなければならないとある。京王観光は、特急券の一種である指定席特急券をなんらかの事情があって買えなかったのではなく、故意に購入しなかったのであるから、不正といわれてもやむを得ない。
JR九州サービスサポートの社員が違反したのは福岡市高速鉄道乗車料金等条例施行規程第48条第1項第8号だ。条文を見ると、乗車開始後の乗車券を他人から譲り受けて使用した場合、その乗車券は無効となると定められている。したがって、同社の社員が1日乗車券を購入したのであれば問題はない。福岡市交通局によれば、「平成31年1月29日(火)交通局ホームページ『お客様の声』に『使用済みの切符を駅員がポケットに入れる行為を見た』とのご意見をいただいたため」、調査を行った結果、不正と認定したのだという。
時代にそぐわない旅客営業規則
新幹線の列車や特急列車に乗るときには特急券を購入する必要があり、乗車開始後の乗車券を他人から譲り受けて使用しない――。これらがなぜ認められていないかを説明しよう。
特急券は、移動の速達性を旅客に提供している点を根拠として設定されている。これらのうち、新幹線の特急料金は国土交通大臣の認可を受けて設定される決まりであるから、JR旅客会社が好きなだけ請求できるというものでもない。
乗車開始後の乗車券とは、堅苦しく言うと旅客が鉄道会社との運送契約に基づいて旅行を開始した証書となる。したがって、譲渡や質入れ、裏書きなどを認めると乗車券にでも記されていない限り、運送契約を取り交わした相手を変える行為は禁止されると解釈すべきだ。
本来は一般に見られる定期乗車券であるとか航空券などのように、乗車券も記名式とすべきかもしれない。とはいえ、これではさすがに駅での業務が煩雑になりすぎるので、特に記載のない限りは署名があるのと同じと見なしているのだ。ファミリーレストランなどのドリンクバーを複数で利用する際は、特記のない限り人数分の料金を支払わなければならない――といえば、たとえになるであろうか。
鉄道を利用するときに支払う運賃や料金に関して定められた制度類は、一つひとつがなんらかの根拠があって設定されたものだ。大多数は適正であると筆者は考えるが、JR旅客会社の旅客営業規則には今の時代に即していないとか、妥当性がなくて廃止したほうがよいと感じられる内容もいくつか存在する。今回は2つ紹介したい。
運賃や料金の通算の問題
一つは運賃や料金の通算だ。東京駅から博多駅までを「のぞみ」で行こうとすると、乗車券と特急券とが必要となる。普通車の指定席を大人1人で利用した場合、運賃は1万3820円、通常期の指定席特急料金は9130円の計2万2950円だ。
ご存じのように、東京-博多間は東海道新幹線と山陽新幹線とを乗り継いでの移動となる。そして、東海道新幹線を保有し、営業を行っているのはJR東海、山陽新幹線を保有し、営業を行っているのはJR西日本と実は異なるのだ。JR旅客会社の一員であることから、JR東海、JR西日本の両者はほぼ同じ会社のように見られるが、まったくの別会社だ。お互いの株式を保有しているなどということもなく、単に列車が乗り入れているだけの関係にすぎない。
にもかかわらず、いま挙げた運賃や料金は両社の境界となる新大阪駅で打ち切って計算されず、そのまま通算される。仮に新大阪駅で運賃と料金とを打ち切った場合、東京-博多間を「のぞみ」の普通車指定席を通常期に利用すると、運賃は1万8360円、指定席特急券は1万1400円の計2万9760円だ。現行よりも6810円高くなる。
JR東海やJR西日本が東海道・山陽新幹線の運賃・料金を通算させる制度を採用している理由の一つは、航空との競争のためだ。しかし、さらに大きな理由が存在する。法規によって運賃・料金を両社の境界で打ち切ることは望ましくないと定められているのだ。
「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」という国土交通省の告示の「1 鉄道事業に関する会社間における連携及び協力の確保に関する事項」のイに「当該旅客が乗車する全区間の距離を基礎として運賃及び料金を計算すること」とあり、この条文が根拠となっている。
かつて、JR東海もJR西日本も日本国有鉄道(国鉄)という一つの組織であった。国の都合によって分割民営化されたのであるから、国民の不都合が生じないようにと運賃や料金は国鉄時代のまま通算されるように決めたのだ。
興味深いことにJR旅客会社が発足後に開業した路線では、料金を通算せずに打ち切って計算するケースが見られる。JR九州の九州新幹線と東海道・山陽新幹線とを、そしてJR北海道の北海道新幹線とJR東日本の東北新幹線とをそれぞれ直通した場合、多少は割引となる区間もあるが、基本的には特急料金は会社ごとに計算する決まりだ。
利用者にとって利益となる規則なので言いづらいが、筆者は先に挙げた告示にある運賃や料金の通算は廃止すべきだと考える。九州新幹線や北海道新幹線を直通したときに特急料金を新たに計算し直しているのは、JR九州やJR北海道の経営に支障が生じるからにほかならない。なるほどJR東日本、JR東海、JR西日本の3社は儲かっているかもしれないけれど、利益の還元は別のかたちで行うほうが望ましいと筆者は考える。この点については後ほど詳しく述べたい。
ともあれ、東京-博多間の運賃や料金は新大阪駅で打ち切ることとし、それでは航空との競争上よくないとJR東海、JR西日本が判断したのであれば適宜運賃や料金を値引けばよいのだ。告示には「当分の間」とある。国鉄の分割民営化は1987年4月1日のことで、すでに32年が経過しようとしているから、検討してもよいのではないだろうか。
(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)
※後編に続く