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横綱・鶴竜、報じられない帰化問題…年寄株取得条件に日本国籍、外国人力士“排除の論理”

文=西尾克洋/相撲ライター
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日本相撲協会 HP」より

 大相撲11月場所の目玉は、なんといっても新大関の正代だ。9月に熊本出身者として初の幕内優勝を果たし、29歳という高齢での大関昇進というのは、他の力士にとっても良い刺激になるだろう。今年は朝乃山に加えて2人目の昇進で、昨年は豪栄道の引退と4回の大関陥落(貴景勝、栃ノ心2回、高安)があり、対照的といえるのではないか。

 大関の世代交代は新たな時代の大相撲の訪れを期待させるが、一方で気になるのは両横綱が2場所続けて休場していることだ。大関の世代交代がなされたのは、最近、横綱不在の場所が増えていることも密接に関与しており、直接対決の回数が少ないことが彼らの勝率を高めていることも事実だ。

 優勝回数通算1位の大横綱である白鵬も、稀代の技巧派である鶴竜も、もう35歳だ。出場すれば優勝争いに加わる白鵬はさすがだが、途中休場を余儀なくされている鶴竜は風当たりが強くなってきている。次回の出場に進退が懸かるという報道も見られているが、鶴竜にはすぐには引退できない事情がある。

 それは、鶴竜が帰化申請中だということだ。

 年寄株取得の条件として、日本国籍を保有していることが必要となる。日本は外国籍の方の帰化審査が厳しく、白鵬でさえ5年を要したという情報もある。横綱経験者であれば本来5年間は親方として指導に当たることは可能だが、これはあくまでも日本国籍を有する者に限定された話だ。

 鶴竜は2018年に帰化申請したといわれており、申請が承認されるのは早くて21年とされている。成績が落ちたら引退しかないのが横綱なので、昇進したときから常に現役引退と角界から去るリスクに晒されている立場だ。現行の制度によるリスクを考えれば、できるだけ早く帰化申請すれば良いのは間違いないが、モンゴル国籍への想いも当然あるだろう。

 そして鶴竜には鶴竜の将来設計があるのだから、帰化申請のタイミングが遅くなったことは責められない。18年に引退危機を乗り越え連続優勝したタイミングで、5年前後の現役続行に対する覚悟ができたということなのだろう。

外国出身の親方はわずか6人

 世間の人々が疑問を感じるのは、なぜ年寄株取得の条件として日本国籍が求められるか、である。

 最盛期と比べると関取が少なくなったとはいえ、2人の横綱は外国出身力士だ。そして大関経験者の照ノ富士も幕内優勝経験者の玉鷲も、将来有望な若手である霧馬山も豊昇龍も皆、外国出身力士である。外国出身力士は旭鷲山の台頭以降急増し、00年以降の大相撲は外国出身力士に支えられてきたといっても過言ではない。

 しかし、現時点で外国出身の親方は6人だけだ。現役力士のなかから、その数が増えるのではないかという可能性を考慮して調べたが、年寄株取得の条件を満たす力士のなかで帰化が公表されている外国出身力士は、白鵬と魁聖だけである。現時点で日本国籍取得に動いているという情報のない力士が相撲協会に残るという可能性は極めて低いといえるし、これから外国出身者の年寄株取得が急増するということもないだろう。

 スポーツというのは技術や戦略が日々更新される。昨日の常識が今日の非常識になる可能性もある世界だ。その技術革新にこの20年で大きく貢献してきた外国出身力士が、5人だけしか残れないというのは、技術の継承という意味で大きな損失ではないかと思う。モンゴル人力士が持つ野性味とスピード感溢れる相撲を再現できる日本人力士は今のところいないし、東欧系のフィジカルを前面に押し出す相撲を発展させた日本人力士も見当たらない。

 今の大相撲の潮流は、学生相撲出身者による突き押し相撲だ。すべての力士の決まり手のなかで、18年に史上初めて押し出しが寄り切りの数を上回ったというデータがある。これは学生相撲を経験した力士たちが親方になり、学生相撲出身者をスカウト・育成していることが要因となっている。

 相撲の多様性が失われた結果、力士たちは大型化に乗り出し、幕内の平均体重が160キロを超えている。上位まで順調に昇進した若手が停滞し、速くて重い突き押し相撲に対応できずに大怪我する事例が後を絶たないことも、このような傾向に起因しているといえるだろう。

 多様性の喪失による大相撲の危機的状況は、外国出身力士の年寄株取得によって防ぐことができるかもしれない。そしてもちろん功労者にセカンドキャリアを提供し、大相撲人気の拡大に貢献するという効果が期待できることもまた、外国出身力士が相撲協会に残るもうひとつのメリットだ。

 逆にいえば、なぜ帰化を条件とするのか、外国人として相撲協会に残るという選択肢が現時点で閉ざされている理由がわからないのである。今回この記事を執筆するにあたり、私は可能な限りその理由を調査したのが、そこに言及している記事や資料は見当たらなかった。

 このような条項を盛り込むということは、それ相応の理由が存在するはずだ。今必要なのは、単に帰化の条項撤廃を求めることではなく、なぜそのような制限を設けたのかを検証し、それが20年の大相撲に必要かを判断することではないだろうか。鶴竜というかけがえのない力士を失うだけでなく、次の人気力士を相撲協会が失うことにもつながりかねない状況であることを重く受け止めるべきだと思う。

相撲協会に残ることが、魅力的ではなくなった?

 最後にひとつ、この問題について考える点がある。それは、外国人力士にとって相撲協会に残ることが魅力的ではないかもしれない点だ。

 引退した外国人力士のセカンドキャリアは多彩だ。朝青龍のように実業家に転身し、総資産100億円を得る者もいれば、把瑠都のように祖国のエストニアで国会議員になる者もいる。大相撲で得た知名度とコネクションがその後の人生の選択肢を大きく拡げることにつながるとなれば、相撲協会に残ることに対する優先順位が下がるのは致し方ないことだろう。

 中学生以下のアマチュア力士を対象とした「白鵬杯」では、引退した外国人力士たちがそれぞれの国で大相撲普及のために活躍している姿を見ることができる。彼らの充実した今を目の当たりにすると、年寄株を取得し親方として貢献するだけが選択肢ではないということを実感するが、その貢献の割に相撲協会を選ばない、選べないことが良いとは思えないのだ。

 鶴竜の危機は、彼だけの問題ではない。これは今一度、大相撲の未来のために、考えるべき問題なのだ。

(文=西尾克洋/相撲ライター)

西尾克洋/相撲ライター

西尾克洋/相撲ライター

1980年生まれ。鹿児島県出水市出身。日本大学卒業後、2011年に相撲ブログ「幕下相撲の知られざる世界」を開始。2015年からライターとしてキャリアをスタート。様々なメディアで相撲記事を担当。主な著書は「スポーツとしての相撲論(光文社)」「はじめての相撲(すばる舎)」など。

Twitter:@NihilJapK

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