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杉江弘「機長の目」

ボーイング737MAX運航再開、国交省は性急な認可は禁物…墜落の危険性、解消されず

文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長
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ボーイング737MAX(「Wikipedia」より)

 ボーイングは2018年にインドネシアで、19年にエチオピアで起きたボーイング737MAXの墜落事故の原因となった欠陥を修正し、FAA(米連邦航空局)はこれを受けて20年11月18日、20カ月に及んだ飛行禁止令を解除した。

 欠陥があったのはMCAS(Maneuvering Characteristics Augmentation System:操縦特性補助システム)と呼ばれるシステムで、詳しくは後述する。今般ボーイングは、MCASというハードウェアは残したまま、それが誤作動を起こして急激な機首下げを発生しないようにセンサー等のソフトウェアの改修を行った。また、それが作動した場合にパイロットが速やかに適切な回復操作ができるための付加訓練も行う。

 ソフトウェアの改修点の詳細は不明であるが、これまで装備されていた2基のセンサーの数を増やすことなどによる信頼性の向上である。また、パイロットの付加訓練として、2件の墜落事故でパイロットがMCASの誤作動に対応して適切な回復操作をとれなかったことに鑑みて、回復操作手順の徹底とシミュレーターを使ったオペレーション訓練を行う。そして737MAXに乗務するパイロットが適切な回復操作ができるように、ボーイングは航空会社所属のパイロットを最大160人採用し、彼らに航空会社で35日間、指導者やコックピット・オブザーバーとして働いてもらうとしている。加えて、世界5地域でサポートにあたる154人の「オンサイト・スペシャライズド・チーム」も編成した。

 この従来にはなかった異例の措置をとった背景には、航空会社のパイロットがボーイングが定めた緊急操作を実行できないという問題があったからである。それは、エチオピア航空事故機のパイロットが前年にインドネシアで起きた事故原因を知っていながら同じトラブルに適切に対処できなかった事実、さらにFAAの運航再開の認可に向けたテスト飛行においても、優秀なテストパイロットでさえそう簡単には手順通り操作できなかったことからも明らかだ。

 米上院は20年12月18日、ボーイングの社員が運航再開を目指す過程でFAAの試験飛行のパイロットに「不適切な指導」を行っていたとの報告書を公表した。報告書は「事故原因とされる重要な制御システム『MCAS』の作動と回復操作をテストした際に、適切な手順を踏まなかった」と指摘。具体的には、FAAとボーイングがあらかじめ決められた結果を出して、パイロットの反応時間に関する人的要素の定説を再確認していた。この例では、FAAとボーイングが737MAXの悲劇につながった可能性のある重要な情報を隠匿しようとしていたとみられる」との見解を示したのである。

 報告書が引用した内部告発者の情報によると、ボーイングは試験飛行のパイロットらに事前に「(特定の)ピックルスイッチを忘れずに正しく操作せよ」と指示。指示を受けたパイロットの反応時間は約4秒となった一方、これまで米議会の公聴会での証言では、パイロットは反応に約16秒かかったとのことであった。

 737MAXの開発をめぐってパイロットがコックピット内の非常事態にどのように反応するかをボーイングが十分に考慮していなかったという報告が、相次いでなされてきたことも忘れてはならない。上院で再承認プロセスに関して懸念が表明されたのを受けて、墜落事故被害者の遺族は20年12月22日、FAAと運輸省に対し737MAXの運航再開許可を取り消すよう求めたのである。

 私がここで強調したいのは、FAAが指定したテストパイロットでさえ、MCASの誤動作に対して速やかかつ適切な回復操作を簡単に行えるものではないという点である。MCASの誤作動は、スタビライザー(水平安定板)のランナウエー(連続して一方方向に動くこと)という現象を引き起こすが、パイロットにとってこのランナウエー・スタビライザーというトラブルは最も回復操作の難しい緊急操作であり、訓練を重ねたとしても離陸直後のように高度が十分ない所で発生すると、優秀なパイロットでも確実に墜落を防げるものではない。

 今般、ボーイングがパイロットのチームをつくり、航空会社に派遣してパイロットに教育指導せざるを得ないという点を見ても、MCASの誤作動からの回復は極めて難しい操作なのである。加えて、世界のLCCを含む多くの航空会社においてパイロットの技量不足も散見されるなかで、訓練を付加しただけで問題が解決するとは到底思えない。

MCASが搭載された理由は

 そもそも、これまでほかの航空機にはなかったMCASというシステムは、なぜ737MAXに初めて搭載されるようになったのか。その要因としては、新型エンジンとその取り付け位置が挙げられる。737MAXには、従来型の737より約14%の燃費向上と搭乗旅客数の増大を目的として、ファン口径の大型化などパワーアップしたエンジンが取り付けられた。しかし、従来の737の主翼には、それを直に取り付けることができず、パイロンで主翼前方に突き出すとともに、地面とのクリアランス(間隔)を確保するように、従来の737より、若干上方および前方に移動させる必要が生じた。

 その結果、機首がピッチアップするモーメントが働くという特性が生じたため、ボーイングは離陸上昇中にピッチアップによる失速を防ぐために、手動操縦中においても2基あるセンサーからの迎角信号が規定値を超えると水平尾翼のスタビライザー(水平安定板)を自動的に操作して機首を下げるようにしたのである。このMCASによる機首下げやそれに伴う降下が異常である場合、パイロットは一瞬の猶予もなく、速やかにMCASを解除して機体の立て直しを行わないと墜落の可能性が大きくなる。手順としては、MCASが作動すると、スタビライザートリムホイールが動くが、そのオートトリムを切り、スタビライザー制御システムのカットオフスイッチを切って、手動でスタビライザーホイールを回してジャックねじを回転させる必要がある。

 この操作を瞬時に行わないと間に合わないという難しさがあるので、パイロットにとっては、それはまさに恐怖のトラブルともいえるものだ。スタビライザーは面積が大きく、それが一方的に機首下げの方向にランナウエー(連続的に動くこと)すると、その後方に付いているエレベーター(昇降舵)を操縦桿をいっぱい引いて操作しても、とてもそれを打ち消すだけの揚力を得られないため回復が難しいのである。

ソフトの改修だけではパイロットの不安は解消されない

 今般ボーイングはセンサーの数を増やすなどの改修を行い、MCASの誤作動の確率を減らしたり、誤作動が起きたときにパイロットが適切な操作ができるように付加訓練を強化することで飛行の再開にこぎつけた。しかし、それでもMCASがある限り予想できないトラブルによるランナウエー・スタビライザーの恐怖が消えるものではない。センサーの改修を行ってもコンピューターがトラブルを起こさない保証もないし、回復訓練を強化するとしても、トラブルが離陸直後など高度に余裕がないときに起きれば間に合うかどうかといった不安がつきまとうのである。抜本的な解決は、MCASを取り外す以外にはないと強調しておきたい。

 しかし、仮にそれには大幅な設計変更や時間がかかるため困難なので当面は飛行を継続したいということであれば、あくまで私案ではあるが、MCASをdeactivate(不作動)にして離陸時のエンジン定格出力を落とし、さらに失速からの回復操作をこれまでの737と同じ手順で可能とするなどの処置を行ってはどうか。

メーカーとFAAが、MCASを前提に飛行再開する理由

 737MAXはエアバスのA320neoとライバル関係にあり、ボーイングが失敗を認めて撤退することはアメリカの航空産業の失墜とエアバスにマーケットを独占されることにもなり、簡単に引き下がれないという事情があろう。2件の墜落事故を起こし計346名の乗客乗員の命を失った直後は、トランプ前大統領もMCASについて「常に不必要な対策や改善を進めている」と批判的な見解も述べていた。しかし、新型コロナウイルスの流行拡大により航空産業が大きな打撃を受けるなか、737MAXの飛行禁止を続けていくと、メーカー、エアライン、そこに従事する航空関係者の雇用も深刻な状況になる。そのためトランプ前大統領は自国の航空産業を守るために、大幅な経済支援を表明したのである。

 このような事情により、これまで航空機の安全性については厳しく監視してきたFAAも、ボーイングや米政府の意向に負けたかたちで今般の耐空性審査にゴーサインを出した。だが、前述のとおり審査の公正性と適正性に疑問が持たれる事態に発展し、FAAは信頼を大きく損なう結果となった。

ANAHDと国土交通省はどう対応するのか

 FAAが再飛行にゴーサインを出したことで、すでに一部の航空会社で運航を開始したり、発注を始めたりしている。では、日本の航空会社と行政当局はどう対応するのか。

 日本ではANAホールディングス(HD)が19年1月に最大30機の導入を決め、12月には「ほとんど発注に近い」という見解を示している。スカイマークも検討中であるほか、投資会社JIAがリース用として10機の購入契約を結んだ後に一度キャンセルしているが、今後どうするのか。

 加えて、日本では部品を製造する多くの企業が存在しており、運航停止が長引けば経営へのダメージも大きくなるので、国土交通省の認可に期待をしていることであろう。アメリカのFAAが運航再開を認可したが、日本では国土交通省の認可が必要となっており、今後、各航空会社もそれを待って発注などの手続きを行うこととなる。

 とはいえ、国土交通省は実質アメリカの言いなりで、ANAHD等の意向も踏まえて認可に動くことは間違いないだろう。それは2件の墜落事故を受け中国など多くの行政機関が運航停止にした後も、日本の国土交通省はアメリカが運航停止を決めたのを受けてやっと腰を上げたという経緯から見ても明らかである。

 だが、待ってほしい。ことは人命にかかわる重要案件である。FAAの運航再開への認証手続きで不正や不備が内部告発されている現状では、安易にアメリカ側に追随せず独自に安全性について検証を加えて判断すべきであろう。そしてANAHD等の航空会社では、何よりも自社のパイロットや整備士たちに意見を求め、少しでも不安があれば全員が納得するまで検証を行い、導入を急いではならない。

(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空に入社。DC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年10月の退役までの総飛行時間(全ての機種)は2万1000時間を超える。安全推進部調査役時代には同社の重要な安全運航のポリシーの立案、推進に従事した。現在は航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイスト・クラブ会員。著書多数。近著に『航空運賃の歴史と現況』(戎光祥出版)がある。
Hiroshi Sugie Official Site

Twitter:@CaptainSugie

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