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藤和彦「日本と世界の先を読む」

中国「主動的な戦争設計へ転換」宣言…日本、有事に備え「ネットアセスメント」強化が急務

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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「首相官邸 HP」より

 ジョー・バイデン米大統領は2月10日、就任後初めて中国の習近平国家主席と電話会談を行った。バイデン大統領は「『自由で開かれたインド太平洋』の維持が米国にとって最優先の立場である」と強調し、中国が強硬姿勢を見せる東・南シナ海に関与していく考えを示した。中国との関係を「戦略的競争」とみなすバイデン大統領は新たな対中戦略の策定に着手し、米軍の態勢や軍事作戦、同盟国の役割などの見直しを4カ月以内に行う予定である。

 ブリンケン国務長官は8日、CNNのインタビューで「トランプ前政権の強硬な対中政策は基本的に正しかったが、アプローチは間違っていた」と述べたが、バイデン政権の戦略の基礎となる対中認識はどのようなものだろうか。

 中国との覇権争いが本格する中で船出するバイデン政権の舵取り役を担うのはサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)だとされている。サリバン氏が米国外交専門誌「フォーリン・ポリシー」(2020年5月号)などに寄稿した論文の内容によれば、彼の対中認識は「ひとまず中国の現状を認めるべきだ」というものである。

 米中をめぐる覇権争いはしばしば米ソ冷戦と比較されるが、今日の中国は冷戦時代のソ連よりも経済的にはるかに強力であり、世界の数多くの国々と広く、かつ深く交わっており、米国経済にとっても切っても切れない関係にある。このような認識に立ってサリバン氏は、中国のことを「物理的な衝突の可能性は低いが、ソ連よりもはるかに強力な競争者である」と評価し、冷戦時のような「封じ込め戦略」を採用することはできないことから、「中国との長期戦に備えて強固な同盟関係を復活させるべきだ」と結論づける。

 バイデン大統領が習主席との会談で言及したように、米国は、日本、豪州、インドとともに安全保障協力体(クアッド)の構築に力を入れ始めているが、この枠組みに英国が参加する可能性が高まっている。英国は日本にも急接近しており、何より話題を呼んだのは、昨年7月に同国が米国、カナダ、豪州、ニュージーランドと機密情報を共有する「ファイブ・アイズ」への日本の参加を提案したことである。

ネットアセスメントとは何か

 ファイブ・アイズという組織の始まりは、第2次大戦初期に連合国の盟友であったルーズベルト米大統領とチャーチル英首相が戦艦プリンス・オブ・ウエールズ上で首脳会談を行い、通信傍受した暗号情報を共有することに合意したことに由来する。戦後、カナダ、豪州、ニュージーランドが加盟国として追加された。このような経緯からわかるのは、ファイズ・アイズの主な活動は各加盟国の海軍を中心とする軍の情報共有であり、その根底にはシーパワーとしての海洋戦略的思考が存在しているということである。

 東西冷戦期にファイブ・アイズは、インテリジェンス情報を共有することで西側諸国の勝利に貢献したとされているが、21世紀に入り中国が台頭するにつれて、ファイブ・アイズの関心は中国に大きくシフトしている。日本はシーパワーの国として共同歩調が取りやすく、日本という国自体が中国の「膨張」を封じ込める上で地政学的に重要な場所に位置している。情報収集・分析の分野でもハイテク化が急速に進んでいることから、依然として高い技術水準を有する日本へファイブ・アイズが接近するのは当然の帰結なのかもしれない。

 そもそも情報分析には戦術レベルの活動と戦略レベルの活動の2種類がある。ファイブ・アイズの活動が戦術レベルの情報分析の典型例であるのに対し、戦略レベルの情報分析は日本ではあまり知られていないが、筆者の念頭にあるのは2019年3月に死去したアンドリュー・マーシャルが確立した「ネットアセスメント(総合戦略評価)」である。マーシャルは1973年に米国防総省の初代の総合評価局長に就任し、2015年に引退するまで米国の中長期の軍事戦略を担った。

 ネットアセスメントをかいつまんで説明すると、軍事に限定せず、より総合的な視点から(潜在的な)敵対国の能力を正確に評価することである。1980年の冷戦期に当時のCIAがソ連経済を過大評価していたのに対し、マーシャルは統計学や経済学などの手法を駆使してソ連経済の脆弱性を主張し、その正しさがソ連崩壊で証明された。マーシャルは冷戦終結直後、米中冷戦の到来を予測して中国に関する研究に積極的に取り組んだが、中国人の思考様式は旧ソ連の指導者のそれ以上になじみのないものだったことから、日本の研究者の協力を仰いでいたとされている。

中国の人口動態上面の問題

 2020年10月下旬に開催された中国共産党の第19期中央委員会第5回総会(5中全会)の建議で初めて「戦争に備える」という表現が用いられ、中央軍事委員会副主席が「受動的な戦争への対応から主動的な戦争の設計への転換」を指示したことから、日本や欧米諸国で中国の軍事力行使に対する懸念が高まったが、近い将来に台湾や尖閣諸島をめぐる有事が勃発するのだろうか。

  21世紀に入り猛烈な軍拡を進める人民解放軍だが、「人民解放軍が若手を中心に大幅な給料アップを行い、優秀な人材の流出の引き留めに躍起になっている」「南シナ海で任務に当たる潜水艦の乗組員が重度の精神衛生上の問題を抱えている」などの「不都合な真実」が明らかになりつつある。中国の強権的な振る舞いの背景には、昨年の出生数が前年比3割減になるなど人口動態上面の問題が顕在化していることが関係していることだろう。中国の太平洋への進出意欲は著しいようにみえるが、「中国の歴代王朝は伝統的に『西』を目指してきており、『西太平洋の制覇』を目標に掲げても、国民はそれほど熱狂しないのではないか」との指摘もある。

 現在の中国政府の長期的な目標や人民解放軍の能力やそれを支える経済力について、ネットアセスメントに基づき的確に評価することはたやすいことではないが、米中のはざまに置かれた日本がその能力を高めることは喫緊の課題ではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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