韓国の中央銀行に当たる韓国銀行は10月19日、「日本の失われた30年と韓国状況評価」に関する報告書を公表し、「現在の韓国経済の低迷は、日本経済の長期停滞と似ている」と危機感を示した。
日本の経済成長率は1992年以降、1%台で低迷しているが、もっとも大きな要因は人口減少である。生産年齢人口は1995年から減少し始め、総人口も2009年から減少に転じた。これにより日本の潜在的な成長力は大幅に減退しているとされているが、この傾向は変わらないまま現在に至っている。
一方、韓国の生産年齢人口も2018年から減少し始めている。人口増加のペースが鈍化するに従い、21世紀初頭に5%台だった潜在成長率も足元では2%台に低下している。韓国の総人口の減少も目の前に迫っている。韓国統計庁が9月24日に発表した「7月の人口動向」によれば、7月の出生数は前年比8.5%減の2万3067人になったのに対し、7月の死者数は前年比3.2%増の2万3963人となり、死者数から出生数を引いた人口の自然減は896人となった。人口の自然減は昨年11月以来9カ月連続となっていることから、今年は年間ベースで初めて総人口が減少することが確実な情勢である。
韓国統計庁は10月15日、2040年までの人口構造変化に関する予測を公表したが、総人口は今年7月時点の5005万人をピークに減少し始め、2022年には5000万人を割り込むとしている。韓国の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産むことが見込まれる子どもの数、出生率)は2018年に0.98に落ち込んだ。さらに2019年には0.92と過去最低を更新したが、ほかのOECD加盟国で1を割った国はない。
人口を維持するためには、2.08の出生率を維持しなければならないとされているが、韓国の出生率は1980年代に2を下回った。その後、一時上向いたが、1997年に発生したアジア通貨危機以降、出生率は一貫して低下している。日本の出生率がわずかながら持ち直しているのとは対照的である。
新たなロストジェネレーション
OECDが発表した2018年度のデータによれば、加盟国中、韓国の20代後半の失業率はもっとも高い(20%以上)。韓国の10代の7割が大学に進学するが、その多くは定職に就けないまま30代を迎えるため、20~30代の未婚率は日本を上回っている。
雇用情勢の悪化は若者たちの悲観的な未来展望につながっている。デロイトトーマツコンサルティングが公表した「2019年デロイトミレニアル調査」によれば、1983年から1994年の間に生まれた韓国のミレニアル世代のうち、韓国経済を肯定的に予想した比率は13%にすぎなかった。世界のミレニアル世代の平均(26%)の半分である。「現在の生活に満足している」とする韓国のミレニアル世代は10%で、29%の世界平均の3分の1の水準にとどまった。
韓国の20代は、自分たちが置かれている境遇を「ヘル朝鮮」と自嘲して語る。ヘル朝鮮とは、韓国社会の不条理なさまを「地獄」のようにたとえた造語である。
新型コロナウイルスによる不景気により、韓国に「コロナ世代」と呼ばれる新たなロストジェネレーション(失われた世代)が生まれようとしている(10月16日付ニューズウィーク)。韓国社会はこれまでも不景気の影響で、ロストジェネレーションが何度も登場してきたが、新型コロナは若者たちにとってさらなる試練となっている。
韓国、人口減少に対する危機感は薄い
韓国銀行によれば、「3年連続で営業利益が利払い費用を賄うことができず、経営破綻の危機に追い込まれた」、いわゆるゾンビ企業の全体に占める割合が昨年9月時点の14.8%から今年9月時点で21.4%に上昇するなど過去最悪の財務状況となっている。
韓国の民間求人・求職サイトが10月19日に明らかにしたアンケート結果によれば、調査対象企業(265社)の87.5%が「新型コロナのパンデミックで無人化はさらに加速するだろう」と回答している。文在寅政権は若者の雇用を増やすために数多くの雇用対策を発表しているものの、多くの仕事は臨時的・短期的な仕事に偏っている。
国内の厳しい雇用環境から、近年海外の労働市場にチャレンジする韓国の若者が増加していた。韓国からの留学生と話すと、自国よりも日本のほうがより多くのチャンスにめぐり合えると考えている人が多い印象を持つ。史上最悪ともいわれた日韓関係のなかでも日本への就職者が増えていたが、新型コロナのパンデミックはこの選択肢も奪ってしまった。
若年層が安心して生活を送ることができないと、出生率の低下はますます加速することになるが、韓国では人口減少に対する社会全体の危機感は薄い。近い将来、日本よりも厳しい状況になることが明らかなのに、なぜなのだろうか。
「北朝鮮の人々を活用すればいいと考えているからである」
このように指摘するのは、『韓国社会の現在 超少子化、貧困・孤立化、デジタル化』(中央公論新社)の著者・春木育美氏である。北朝鮮の2018年の出生率は1.9であり、生産年齢人口の減少幅は韓国よりも緩やかである。韓国では「南北統一がなされれば、生産年齢人口は増え、内需市場も拡大する」とする統一に伴う膨大なコストを度外視した楽観論が流布しているという。
人口減少問題を北朝鮮との統一で乗り切ろうとしている文在寅大統領が、北朝鮮の蛮行を許すという愚行を重ねることで、今後朝鮮半島をはじめとする東アジア情勢は一層不安定化してしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)