下がり続ける底なしの出生率
西暦2750年、韓国人は最後の1人が死んで地上から消える――。韓国の行政機関、国会立法調査処がこんな発表をしたのは、14年8月のこと。これは前年の合計特殊出生率1.19が持続した場合の推計だ。
だが3年半後に発表された17年の合計特殊出生率は、さらに大きく悪化して1.05。推計値を含む同年の国際比較では、1を割り込んでいるマカオ、シンガポールに次いで世界ワースト3位だ。
韓国でも少子化と同時に高齢化が進んでいる。昨年の総人口5144万6000人のうち、65歳以上の高齢者は全体の13.8%。いっぽう14歳以下は13.1%にとどまり、史上初めて高齢者と子供の数が逆転した。
非婚化、晩婚化は日本以上
高齢化の進行は予想を超えるスピードで進んでいる。人口の20%を高齢者が占める超高齢社会の到来は26年といわれたが、1年ほど前倒しになりそうだ。死亡数が出生数を上回る人口減少も、当初予想の30年から23年に早まるとの見通しがある。
今年3月には、もう一つ悪い数字が発表された。婚姻件数が12年から6年連続で減少し、昨年に前年比6.1%減で過去最低を記録したのだ。これで出生率のさらなる悪化はほぼ確実となった。
韓国の婚姻率の低下と晩婚化は日本以上だ。初婚年齢は09年から日本を上回り、20代の未婚率は日本79.7%に対して91.3%に上る。
過去16年間の少子化対策は「失敗」と総括
韓国で少子化が大きな問題として認識されたのは、サッカー・ワールドカップ日韓大会が開かれた02年。この年に新生児数が初めて50万人を下回り、史上もっとも多かった1971年(102万5000人)の半分以下に落ち込んだ。
これを受けて05年に低出産・高齢社会基本法が成立。韓国政府は06年からの「第1次低出産・高齢社会基本計画」を皮切りに、第2次、第3次と対策を繰り広げてきた。一連の計画で費やされた予算は、200兆ウォン(19兆6200億円)に上る。
だが現職の文在寅大統領は昨年12月、次のように述べている。「(16年に及ぶ)これまでの少子化対策は失敗だった」「少子高齢化は韓国の根幹が揺さぶられる深刻な人口危機状態だ」「いまを逃せば解決のチャンスはもうない」。この強い危機感の下、政府は前政権から引き継いだ第3次計画の大幅見直しに着手している。
高所得者の特権と化した結婚・出産
韓国政府がこれまで主にやってきたのは、出産インセンティブの付与。つまり出産奨励金や育児手当の支給、保育支援などだ。だが前述のとおり、これは大金を浪費しただけだった。出産インセンティブが無意味なわけではないが、それだけでは出生率は上がらなかったのだ。
失敗は少子化の原因を見誤っていたせいだという議論がある。現地メディア「Chosunbiz」は昨年11月、30代男女の既婚・未婚を分ける最大の要因は所得だと伝えた。これは15年の意識調査を分析し直した結果だ。
30代男性の場合、月収が100万ウォン(9万8000円)上がるごとに既婚者である割合が12.4ポイント上昇。また同じく正規職の男性の既婚率は、非正規職より17.7~18.5ポイント高い。35歳男性のうち月収400万ウォン(39万円)の正規職の既婚率が83.9%に対し、同200万ウォン(20万円)の非正規職は46.3%という残酷な実態も明らかになっている。
また昨年5月には、従来の常識に反して教育水準が低い層ほど子供が少ないこともわかった。学歴が低いため低収入の職にしか就けない層が、子供をつくらなくなっているのだ。
出生率低下は「不平等」の産物か
国会立法調査処の立法調査官は今年3月、過去の対策を批判しながらこう語った。
「少子化を迎えた韓国と日本の共通点は、格差社会という点に集約できる。若い世代は、自分の考えに基づいて結婚しないわけではない。結婚・出産の経済的コストが自分に賄える水準を超えているという、合理的な判断をしているのだ」
結婚を奨励し、初婚年齢を早めれば出生数が増える――。過去の対策が土台としたこの仮説も、否定されつつある。低出産・高齢社会委員会で今年3月、専門家が次のように発言した。
「晩婚化・非婚化が問題なのではない。スウェーデンの平均初産年齢は31歳で韓国とほぼ同じだが、出生率は1.98(13年)で韓国を大きく上回っている」
「韓国の出生率が低いのは、持てる者だけが恵まれる不平等の深刻化、そして国民全体の『生活の質』が悪化したことだ」
結婚・出産を諦めた若者たち
韓国で「3放世代」が流行語になったのは、11年頃から。これは「恋愛、結婚、出産の3つを諦めた=放棄した青年世代」を意味する。背景にあるのは、青年層の就職難と家庭を持つ経済的コストの増大だ。のちに「人間関係、住宅」を加えた「5放世代」という言葉も生まれた。
猛烈な受験勉強を経て進学しても、ソウルの一流大学でなければ満足な就職は望めない。やっと会社に入れても雇用は不安定で、長時間労働が常態化している。住宅価格は経済成長を上回る勢いで高騰し、マイホームはますます手が届かなくなった。こうして家庭を持つことを諦めた青年層には、出産奨励金も行き渡りようがない。
女性と青年の「生活の質」が究極の答え
労働問題に詳しいウン・スミ大統領府女性家族秘書官は、昨年12月の懇談会で「少子化は単独の問題ではなく、私たちの社会が抱えるさまざまな問題が現れた病の症状だ」と述べた。さらに「出生率と出生数を当面の目標とするのでなく、市民、特に女性と青年の生き方を変える人間中心の政策にパラダイム転換する」と宣言した。
韓国社会の一部でも、女性の社会進出や高学歴化が少子化の原因だという意見は根強い。だが世界経済フォーラムによれば韓国と日本はともに、OECD加盟29カ国中で女性の社会進出が難しいランキングのワースト1と2に並んでいる。これは、むしろ逆の相関を疑うほうが合理的だろう。
儒教に基づく韓国の伝統的な家族観は、父系の血縁を特に尊重する。それと相反する未婚の母は、執拗な偏見と差別の対象だ。韓国人の価値観は現在も急速に先進国化しつつあるが、こうした因習は一部でまだ根強い。
女性や家族問題を扱う中央省庁、女性家族部は、前政権の第3次計画を見直すにあたってこうした点を批判している。入籍していないカップルが、出産インセンティブの対象から排除されていることなどがそうだ。同時に未婚の母への差別にも言及し、その改善を求めた。
「最後のチャンス」に賭ける具体策はこれから
韓国の大学進学率は、09年から女性が男性を上回っている。16年は女性74.6%、男性67.6%だ。同年の女性就業率は66.4%で日本とほぼ並んでいる。文政権はさらに女性の労働環境を幅広く改善し、「女性の人生と選択を尊重する」政策を追求すると宣言。育児を母親1人に負担させない「平等育児」も提唱した。日本のあとを追って生産年齢人口が減少へ向かう韓国は、女性の労働力活用も死活問題だ。
女性と青年の「生活の質」を変えるという文政権の少子化対策。だが今のところ提案されている具体策は、既視感が強い。「公共部門の雇用を増やす」「企業の意識改革の促進」「女性のワーク・ライフ・バランス」「育児ケアの強化」など、前政権でも見たようなプランに終始している。1994年のエンゼルプランを皮切りとする日本の政策もベンチマークにしているが、それとて目立った成果が出ているわけではない。
移民を歓迎するムードは、10年ほど前より後退した。南北統一という変数もあるが、もちろん現実味に乏しい。待ったなしの危機的状況を前に、韓国社会はどこまで自己変革できるのだろうか。
(文=高月靖/ジャーナリスト)