伝統ある人気作品『サクラ大戦』の正統続編開発プロジェクトの責任者はいったい誰なのか――。例えば小説であればそれを手掛けた作家の名前を、テレビ番組などの映像コンテンツであればプロデューサーの名前を知りたいと思う人は一定数いる。良作であれば、その人が手掛けた作品をまた読んでみたい、見たいと思うからだ。また、どのようなジャンルの作品であっても、作り手の責任は必ずついてまわる。昔からのファンがたくさんついているような伝統的なコンテンツならなおさらだろう。
ゲームレビュワー・ナカイド氏に寄せられた驚きの情報提供
ところがゲーム業界では、プロジェクト全体の絵図を描いた人物が、表に出てこないという奇妙なケースがあるようだ。セガサミーホールディングス(HD)が昨年末にリリースしたiOS/Android向けロールプレイングゲーム(RPG)アプリ『サクラ革命 ~華咲く乙女たち~』(開発・運営ディライトワークス、DW)もその一つだ。同タイトルはセガの看板作品の一つ『サクラ大戦』シリーズの正統続編で、リリース後の状況などに関しては1月に公開した記事『セガ、スマホゲー「サクラ革命」は大失敗?…開発費30憶円、初月売上7000万円で危険信号』で触れた。
リリース直後、同タイトルの公式ホームページ上では開発スタッフクレジットにプロデューサー名が明記されておらず(現在はプロデューサーとして株式会社セガの木原卓氏、クリエイティブディレクターとしてDWの池大輔氏の両名が定期的にユーザーにアップデートの説明をしている)、作品の仕上がりを批評するユーザーたちの間で誰がこのプロジェクトを主導したのかについて、さまざまな憶測が流れていた。
事の発端は、Youtuberでゲームレビュアーのナカイド氏のもとに寄せられた「『サクラ革命』プロジェクトは、DWのエンターテイメント事業本部長の馬場英雄氏が進めている」などという情報提供だった。その内容は、ナカイド氏の動画(下記)で明らかにされた。Business Journal編集部はナカイド氏に協力するかたちで、この情報提供が事実なのか、またなぜ、彼の存在が公にされていないのかに関して裏付け取材を行った。
馬場氏「“ヒロイン”と記載したことは一切ありません」事件とは
馬場英雄氏は長らくバンダイナムコエンターテインメントのプロデューサーを務め、家庭用ゲーム機向けRPGソフト『テイルズ オブ』 シリーズを手掛けていた。同シリーズは世界累計出荷数約2386万本(2020年時点、Bandai Namco group fact book 2020より)という同社を代表するゲームタイトルだ。
ところが、2015年1月22日に発売された同シリーズの一つ『テイルズオブゼスティリア』でトラブルが起きた。同作品の発売前プロモーションとゲーム内容の差異、馬場氏自身の発言をめぐり、馬場氏の存在は急激にクローズアップされたのだ。同タイトルのゲーム内容に関しては多くのゲームレビュワーが、シナリオやキャラクター設定、操作性などさまざまな観点から賛否両論の指摘をしているが、当時、最もユーザーの反発を集めたのは「ソフト発売前の各種PR活動でクローズアップされていた女性キャラクター『アリーシャ』が、実際にゲームを進めてみるとヒロインではなく、『ロゼ』という別の女性キャラクターがメーンヒロインだった」ということだった。
これに対して、馬場氏はファミ通.com(KADOKAWA Game Linkage)のインタビュー記事『「テイルズ オブ ゼスティリア」馬場英雄プロデューサーに訊く、“ヒロイン”のこと、シリーズの“これから”のこと』で以下のように発言し、テイルズシリーズのファンを中心に批判が殺到したのだ。以下、上記のファミ通の記事を引用する。
「今回の“ヒロイン”の件は、アリーシャがヒロインであるようにも受け取れる情報が出ていたこと、その彼女がストーリーの途中で離脱すること、パーティーにいる期間がほかの仲間より短い彼女にも有料のダウンロードコンテンツ衣装などが用意されていたこと、この3点が主たる原因だったように思います。僕はこれらのことを事前に聞いたうえでプレイして、インプレッションで書いたように心から楽しませてもらったので、今回のことはなおさら残念に思ってしまうんです。率直に言って、発売前の情報でアリーシャに惹かれて本作や有料ダウンロードコンテンツを購入した人から、よくも悪くも『ええっ!?』と思われた面があるのは否定できません。
馬場 おっしゃることは、僕たちも理解しております。そのうえで、発売前の情報公開について説明させていただきますと、第1報から続報、ゲームの発売日に至るまで、ファミ通さんを含むメディアさんなどにお出しする資料の中で、アリーシャについて“ヒロイン”と記載したことは一切ありません。また、ストーリーの構成と仕掛けとしてアリーシャが途中でパーティーを離脱することをふまえ、彼女用の衣装についても開発チーム内で再三検討し、アリーシャ用のダウンロードコンテンツ衣装をロゼにも着せることができるように配慮させていただきました。ただ、アリーシャとロゼの衣装が共用できることについては、ネタバレや憶測を避けたかったため、ダウンロードコンテンツの配信開始前にその情報を公開していませんでした」(原文ママ)
この騒動の影響もあってか、馬場氏は2016年10月にスクウェア・エニックスに移籍。17年2月にはスクウェア・エニックス・ホールディングスが同年1月に発足させた株式会社スタジオイストリアの代表取締役に就任。同社で新作ゲームの開発を目指していたが完成することなく、18年12月末に代表取締役を退任。19年3月末にスクウェア・エニックスを退社していた。
馬場氏はDWに在籍し『サクラ革命』に関わっているのか
過去の作品が、インターネット上で炎上したとしても、新たに素晴らしい作品を世に送り出して世間の評価が一変するクリエイターはたくさんいる。バンダイ・ナムコ時代に何があったとしても、それは今現在の仕事や成果には関係がない。馬場氏は、前職で大型タイトルいくつも手掛けてきた著名プロデューサーでもあるし、その次回作を期待していたファンもたくさんいるはずだ。素朴な疑問として、なぜ今回に限って表に出てこないのだろうか。
当編集部はまず、DWの本社の置かれている東京都目黒区青葉台の住友不動産青葉台タワーに出入りしている関係者に馬場氏の写真を渡し確認した。その結果、複数人から「見たことがある」「DWの人です」などの証言を得た。
そのうえで、『サクラ革命』と関係のあるKADOKAWA関連会社幹部にこの件を当てたところ、次のように声を潜めて語った。
「絶対にマスコミやネット上で漏らしてはいけないことになっているようですが、(馬場氏は)DWに出入りしています。かつてスクウェア・エニックス・エニックスに在籍していたDWの庄司顕仁取締役と懇意にしているようです。
庄司さんも『FGO』(編集部注:DWが運営を手掛ける大人気ゲームアプリ『Fate/Grand Order』のこと。配信はアニプレックス)のローンチ時、緊急メンテナンスが立て続けに発生して、一部のユーザーから壮絶なネットリンチにあっていました。馬場氏と同じような境遇になったことがあるので、なにか感じるところがあったのかもしれません。馬場氏が表に出ないのは、後進の育成のためにあえて黒子役に徹するという意味もあるのかもしれません」
一方、セガサミーHD幹部は次のように語る。
「馬場さんは(自分の存在により)コンテンツをアンチの批判で破綻させないために、絶対に表に出ないほうが良いと言っているらしい。テイルズの件があったけれど、プロデューサーとしては腕を買っていると説明を受けています」
別の関係者から提供されたDW社内の組織図(いつの時点のものかは不明)には『サクラ革命』のエグゼクティブプロデューサー兼エンターテイメント事業本部長として馬場氏の名前があった。上記の各証言の録音データや各種資料を踏まえ、当編集部は「馬場氏はDW社の『サクラ革命』の責任者ということなのか」「馬場氏が同コンテンツの責任者として明記されていない理由はなぜか」についてDWに質問状を送付したが、期日までに回答を得られなかった。
いつかまた、往年の名プロデューサーの口から自身が携わるゲームに関する見解を聞くことができる日はくるのだろうか。
(文=菅谷仁/編集部、協力=ナカイド/ゲームレビュワー)