5月31日までの緊急事態宣言延長下で、廃業・倒産が続出している飲食業界にさらに追い討ちをかけるように、6月1日からの罰則付きのHACCP義務化が襲来しようとしている。
飲食業者は、6月1日から新たに自らの店の衛生管理計画と手順書をつくり、その内容を従業員に周知し、毎日衛生管理の実施状況を記録し、その記録を保存しなければならなくなる。当然、これを実施しなければ罰則の適用となる厳しいものである。もともと高齢化している飲食店にとっては、その煩雑さから、これを機会に店を畳む事態に追い込まれかねないと当初から懸念されていたが、今や、緊急事態宣言下で店の存続さえ危うく、新しい制度への対応などしていられないのが、飲食業界の実態である。コロナ禍が収まるまでは施行を延期するのが当然といえるであろう。
しかし、厚生労働省は6月1日からの施行を強行しようとしている。それは、このHACCPの飲食業界への導入が「2020年東京五輪・パラリンピックの開催や食品の輸出促進を見据え、国際標準と整合的な食品衛生管理が求められる」として、東京五輪開催を見据えて導入されたものだからである。厚生労働省は、東京五輪開催時に日本の飲食業はHACCP対応の国際水準の衛生管理を実施していると誇りたいのである。
ところが、厚生労働省の思惑は次々と外れている。東京五輪は新型コロナウイルスの感染拡大や変異株の増加で、開催反対の声が国内外から強まり、開催が危うくなってきている。また、緊急事態宣言の対象自治体の広がりや期間の延長で、飲食業界の経営体力が奪われ、新たな制度に対応する余力はなくなっている。
指導監督するのは全国の保健所
この新制度の実施について飲食業を指導監督するのは全国の保健所で、実務的には保健所に配置されている食品衛生監視員が行う。しかし、保健所はコロナ対応で人手不足と過酷な労働環境で職員が疲弊しており、食品衛生分野まで人手を割けない。
さらに、山形、茨城、群馬、富山、石川、福井、三重、滋賀、京都、奈良、和歌山、島根、徳島、愛媛、高知、佐賀、大分、宮崎、沖縄の全国19府県の保健所には、専任の食品衛生監視員は配置されていない。それら兼任の食品衛生監視員は、ほぼすべてコロナ対応に駆り出されており、保健所がHACCP義務化の新制度の指導監督などできないのが実態である。
こうした状況を踏まえれば、施行を延期するのが当然であろう。しかし、厚生労働省は「6月1日にすぐ取り締まるわけではない」「保健所の体制は難しいが、指導監督はできる範囲内で各自治体のなかでやってもらうしかない」(HACCP企画推進室)と施行を延期する考えがないことを表明している。
政府は、緊急事態宣言で飲食業界を廃業・倒産にまで追い詰め、生き残っている飲食業をさらに追い詰めようとしているのである。
(文=小倉正行/フリーライター)
●小倉正行
1976 年、京都大学法学部卒、日本農業市場学会、日本科学者会議、各会員。国会議員秘書を経て現在フリーライター。食べ物通信編集顧問。農政ジャーナリストの会会員。
主な著書に、『よくわかる食品衛生法・WTO 協定・コーデックス食品規格一問一答』『輸入大国日本変貌する食品検疫』『イラスト版これでわかる輸入食品の話』『これでわかる TPP 問題一問一答』(以上、合同出版)、『多角分析 食料輸入大国ニッポンの落とし穴』『放射能汚染から TPP までー食の安全はこう守る』(以上、新日本出版)、『輸入食品の真実 別冊宝島』『TPP は国を滅ぼす』(以上、宝島社)他、論文多数