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法社会学者・河合幹雄の「法“痴”国家ニッポン」第17回

河井克行元法相の判決を識者に聞く…「カネのバラマキ自体は悪くない」という公選法の解釈

法社会学者・河合幹雄
「カジノ日本導入」に見え隠れする20兆円の巨大パチンコ産業…「外圧に負けて」のまやかしの画像1

 政界を揺るがせた河井夫妻選挙違反事件が大詰めを迎えている。

 2019年7月21日の第25回参議院選挙に立候補して初当選した河井案里元参議院議員が、夫の河井克行元法務大臣と共謀し、地元議員など100人に2900万円あまりを配ったとして、公職選挙法違反の買収の罪に問われたこの事件。2021年1月21日、懲役1年4カ月、執行猶予5年の判決が下された案里氏は、控訴せずに有罪が確定した。一方の克行氏にも、懲役4年が求刑され、2021年6月18日に東京地裁で判決が言い渡される。

 河井夫妻揃っての議員辞職、さらには今回の一審の審理終了をもって、表面上、事件はひと段落するかに見える。しかし、国民からは今も批判の声が止まず、疑念はくすぶり続けている。

「なぜ不正なカネを受け取った地元議員らが誰ひとり逮捕されないのか?」
「自民党本部から案里氏に支給された1億5000万円が買収の原資となったのでは?」
「河井陣営への巨額の資金提供を決めた党内の責任者は結局誰なのか?」

 公職選挙法をはじめとする選挙関連法の運用や検察の捜査の実情に詳しい、法社会学者で桐蔭横浜大学法学部教授の河合幹雄氏は、改めてこの事件をどう振り返るのだろうか?

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河井克行・河井安里夫妻は2020年6月18日、東京地検特捜部に公職選挙法違反(買収)の容疑で逮捕された。写真は2021年3月3日、実に約8カ月ぶりに保釈され、東京拘置所(東京都葛飾区小菅)をあとにする元法相の河井克行被告(写真:日刊現代/アフロ)

選挙前にカネをばらまくのは当たり前? それでも選挙違反にならないカラクリとは

――河合先生は、今回の事件のどんなところに注目していましたか?

河合幹雄 一番のポイントは、河井夫妻が地元議員にカネを配ったことが、なぜ今回これほどの大騒動になったのか、というところです。読者の皆さんは、政治家が選挙の際にカネをばらまいたのだから捕まって当然だろう、と思っているかもしれません。しかし、国会議員が選挙の際に地元の県議や市町村議に現金を配るというのは、実はごく普通に行われていることなのです。

 たとえば元自民党衆議院議員の金子恵美氏は、文化放送のラジオ番組『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(2020年6月22日放送)で、「選挙のときに『お金を配らなければ地方議員が協力してくれない。皆やっているんだから配りなさい』と言われた」という主旨の発言をしています。

 また日本維新の会の音喜多駿参議院議員は、「選挙ドットコム」内の自身のブログ記事(2020年8月7日付)で、政治資金収支報告に計上されないカネを渡すのは犯罪だとした上で、要約すると以下のように解説しています。

「国会議員が、政党から支給される多額の政治活動費を、選挙の際に自身を支援してくれる地方議員に政治資金収支報告書に記載して寄付するのは合法で、当然のように行われている。むしろそれをするのが、党勢拡大に寄与し、その地域を取りまとめるリーダーのあるべき姿という考え方もできる」

 私がこれまでに見聞きしてきた話と照らしても、両氏の発言は政界の実情の一端を示していると思います。

――案里氏自身が逮捕前、「週刊文春」の取材に対し、「陣中見舞いや当選祝いを自分が出る選挙の前に持っていけば全部『買収』となる、というのであれば、他のみんなも(選挙違反で)やられてしまう」(2020年6月25日号)と語ったのには、そういう背景があるわけですね。

河合幹雄 そう、そのようにして配られるカネは、コストのかかる選挙支援活動の“実費”である、という考え方です。

 通常、国会議員にとって、地元の県議や市町村議というのは、そもそも自分の支持者ですよね。国会議員からすれば彼らは、カネを配ることで支持に回ってくれる人たちではなく、いわばもともと自分の“一味”なんです。だから、国会議員候補が選挙の際にそういう内輪の仲間たちにカネを渡すのは、あくまで自分を支援してもらう上でかかる“実費”を自分で負担するということあって、買収を目的とするものではない、という理屈です。

――法的にもそれで問題ないのでしょうか?

河合幹雄 公職選挙法では、買収及び利害誘導罪について、以下の行為をした者は「三年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と規定しています。

「第16章 第221条の1 当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」

 これはつまり、「自分が当選する、あるいは競争相手を落選させることを目的として金品を配ってはならない」ということです。とすると、金子氏や音喜多氏のいうような、もともと内輪の支持者である地元議員に“実費”としてカネを配布するケースは、ここで規定された違反ケースには該当しない、という解釈は確かに成り立ちます。そして実際、これまで検挙もされてこなかったわけです。

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1950(昭和25)年に制定された公職選挙法(写真は編集部)
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写真はイメージです(Getty Imagesより)

河井夫妻逮捕の理由は「カネをばらまいたから」ではなく、「選挙結果を覆したから」

 今回の事件が起きた背景には、2019年当時の安倍晋三首相(当時)と岸田文雄政務調査会長の対立、あるいは次期首相の座を狙う菅義偉官房長官(当時)と岸田氏の争いがあったといわれる。舞台となった広島県選挙区は参議院2人区で、もともと自民党候補と民主党系候補が議席をわけ合ってきた。そして、同選挙区選出で参議院議員を5期務め、岸田派に所属する溝手顕正氏が、同年7月の第25回参議院選挙でも自民党候補として擁立されると見られていた。

 ところが自民党本部は突如、安倍氏の側近である河井克行氏の妻・案里氏を擁立し、2議席独占を狙う方針を決定。案里氏は、党本部から選挙資金として溝手陣営の10倍の1億5000万円を支給されるなど、えこひいきと取れるほどの党本部の強力な支援を受けて初当選。溝手氏は落選した。

 その選挙戦において河井陣営は、岸田派の多い自民党広島県連が溝手氏支持を打ち出すという、自身に不利な状況を覆すため、多数の地元議員にカネを渡したとされている。もちろんそれによって地元議員が河井陣営の支持にまわったのは、単に河井陣営からカネをもらったからというより、安倍氏側近の克行氏からカネを押しつけられて安倍氏らの権勢を感じ取り、拒否しようにもできなかったからというほうが事実に即しているだろう。

――当時のそうした状況を踏まえると、河井夫妻が逮捕されたのは……。

河合幹雄 もともと自分の支持者でない岸田派の地元議員にカネを配り、本来なら落選していたはずなのに、カネを配ったことによって当選したとみなし得る状況を生み出したから。つまり簡単にいえば、「選挙結果を覆してしまったから」だと理解できます。

 立候補時点での票読みで、案里氏はとうてい当選できない見通しだったわけですから、当選を目的としてカネを配った結果、事実上、当選を買ってしまったと認定できる。だからこそ逮捕されたのです。

 やや専門的な話をすると、公職選挙法における買収及び利害誘導罪というのは、形式上、カネを渡して投票または票の取りまとめを頼むこと自体が犯罪の構成要件となっています。だから、法律に詳しい人ほど、「当選を目的とした金品の授受があったかどうか」という点ばかりに注目する傾向があります。

 しかし、より重要なのは、カネをばらまいたことによって、「本来落選する見込みだった者が当選した」とみなし得るか、つまり「選挙結果が変わった」といえるかどうかでしょう。そこを見逃してしまうと、事件の大局が見えてこないわけですね。

“少なすぎる受領額”は本当か? 地元議員らの検挙が見送られた背景にある日本的な“恣意的捜査”

――カネを受け取った地元の政治家が誰も逮捕されなかったことについて、国民から批判の声が上がっています。河合先生はどう見ていますか?

河合幹雄 あれは一種の“司法取引”の結果ではないかと私は見ています。日本において司法取引は、2016年5月に改正刑事訴訟法が成立し、2018年6月1日に施行されたことで、はじめて法制度として正式に導入されました。しかし実は、警察による捜査の現場では、はるかに昔から実質的に司法取引と同様のことは行われていたんです。

 たとえば脱税の場合、脱税額が1億円を超えるとだいたい実刑になります。そこで検察は被疑者に対し、「脱税額を1億円以下まで“減額”してやるから、その代わりに自白しろ」と持ちかけるわけです。脱税事件において、脱税額9900万円とか9990万円とか、中途半端な額が報じられることが多いのは、実はこうした理由によります。

 実はこうしたやり方はわが国の“伝統”というか、国家が犯罪を裁く際の手法として、歴史的に脈々と受け継がれてきたもの。江戸期であれば、「10両盗んだら死罪なので、9両9分ということしてやるから、その代わり正直に話せ」というような形ですね。「罪を認めて反省してやり直す気ならば、お上のご慈悲で罪を表沙汰にはせず、ここらへんで許してやらあ」「へへ〜、お代官様〜」といった感じですね。日本的で確かに恣意的ではあり、「司法取引」を法制度として明文化していく欧米流とは真逆のやり方ですが、それはそれできわめて合理的なやり方ともいえるでしょう。

――では、今回明らかになっている個々の政治家が受領したとされる金額は……?

河合幹雄 いずれも10万~100万円という、「こんなにもらったらダメだろう!」とまではいえない金額の範囲に収まっていることを考えれば、公表されたのは、実際に受け取った額よりも低めの金額かもしれませんね。検察が個々の政治家に対して、河井夫妻からカネを受け取ったことを認めれば、受領額を減らして見逃してやる、と持ちかけた可能性はおおいにあると思います。

 その証拠に、もちろん辞職した政治家はいるけれども、多くはそのまま職に留まることができていますし、何より誰も逮捕されていません。検察からすれば、個々の政治家に渡ったカネ自体はたいした額ではないから、被買収側は見逃してもいいけれども、全部集めればとんでもない額だから、買収側の河井夫妻は絶対に捕まえたかった、ということではないでしょうか。

司法は“犯罪者全員”に網をかけるのではなく、全体のバランスを見て個別に判断を下す

――そんな恣意的とも取れる捜査が昔から行われてきたのですか?

河合幹雄 そうです。ある検事が語った一例ですが、最高検察庁の会議で政治家などを逮捕するかどうかを判断するとき、しばしばこんな議論がなされるそうです。

「あの政治家は、確かにこの事案に関しては犯罪を構成し得るような行為に手を染めてしまったけれども、それ以外の部分では国家に益する人物だから、総合的に見て今回、犯罪者として立件するのは見送ってもいいんじゃないか」

 会議に出席した検事のうちの誰かがそういう判断を示し、自分が責任を持つからといって“待った”をかける。すると、捜査はそこで一旦打ち切りになるのだそうです。そういう話を聞いていたので、実際にある有名人が逮捕されて世間を騒がせたとき、私がその検事に「今回はずいぶんあっという間に捕まえたね」といったら、「だって誰も止めなかったから」と返されました(笑)。今でも頻繁にメディアに登場し、著作なども多い“アノ人”ですよ。

 国民の多くは刑事司法というものについて、「ある者の行為が法律上、犯罪に当たるか否かのみを判断し、平等に、一律に裁いている」と考え、またそうであることを検察に対して期待していると思います。しかし、実際の捜査や法の運用はもう少し柔軟で、その者の行為と社会に及ぼす影響のバランスなどの背景を考慮しながら、慎重に判断を下しているわけです。

――自民党から河井陣営に対し、選挙資金として1億5000万円が支給されましたが、克行氏は裁判で、買収資金としては使っていないと述べました。また、二階俊博幹事長や、当時内閣官房長官だった菅氏、自民党選挙対策委員長だった甘利明氏らも関与を否定し、結局うやむやになっています。そのことについてはどう考えますか?

河合幹雄 あの1億5000万円については、税金を原資とする政党交付金から出されたことが判明しているので、もし買収資金として使われたとなれば、完全にアウトです。当時首相だった安倍氏、それから菅氏、二階氏、甘利氏ら党幹部のなかから、責任を免れない者が必ず出てきます。

 とはいえ実際のところ、河井夫妻が認めない限り、証拠が出てくるわけはない。党幹部は説明責任を果たすことなく、逃げ切って終わりでしょう。というより、検察と自民党の間に、「河井夫妻逮捕に協力する代わりに、1億5000万円拠出の経緯については捜査しない」という“暗黙の了解”が存在する、と考えるほうが妥当かもしれませんね。

 もちろん検察にとってもそれは、絶対権力を握ったと勘違いし慢心していた当時の安倍内閣に対し、「これ以上調子に乗るなら、安倍氏の逮捕まであり得るぞ」と牽制する切り札となるわけで、決して損な取り引きではない。また河井夫妻にとってみても、「買収資金はポケットマネーから出したのだ」として“それ以上”は語らないことで、自民党に対して巨大な恩を売ることができます。「素直に辞職するから、そのあとの悪いようにはしないでね」というわけです。

 そういった、安倍政権と検察、そして河井夫妻という三者の“政治的取引”が背景にあると深読みすることもできる、そういう事件だということでしょうね。

(構成=松島 拡)

河合幹雄

河合幹雄

1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に、『日本の殺人』(ちくま新書、2009年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、2004年)などがある。

Twitter:@gandalfMikio

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