政界を揺るがせた河井夫妻選挙違反事件が大詰めを迎えている。
2019年7月21日の第25回参議院選挙に立候補して初当選した河井案里元参議院議員が、夫の河井克行元法務大臣と共謀し、地元議員など100人に2900万円あまりを配ったとして、公職選挙法違反の買収の罪に問われたこの事件。2021年1月21日、懲役1年4カ月、執行猶予5年の判決が下された案里氏は、控訴せずに有罪が確定した。一方の克行氏にも、懲役4年が求刑され、2021年6月18日に東京地裁で判決が言い渡される。
河井夫妻揃っての議員辞職、さらには今回の一審の審理終了をもって、表面上、事件はひと段落するかに見える。しかし、国民からは今も批判の声が止まず、疑念はくすぶり続けている。
「なぜ不正なカネを受け取った地元議員らが誰ひとり逮捕されないのか?」
「自民党本部から案里氏に支給された1億5000万円が買収の原資となったのでは?」
「河井陣営への巨額の資金提供を決めた党内の責任者は結局誰なのか?」
公職選挙法をはじめとする選挙関連法の運用や検察の捜査の実情に詳しい、法社会学者で桐蔭横浜大学法学部教授の河合幹雄氏は、改めてこの事件をどう振り返るのだろうか?

選挙前にカネをばらまくのは当たり前? それでも選挙違反にならないカラクリとは
――河合先生は、今回の事件のどんなところに注目していましたか?
河合幹雄 一番のポイントは、河井夫妻が地元議員にカネを配ったことが、なぜ今回これほどの大騒動になったのか、というところです。読者の皆さんは、政治家が選挙の際にカネをばらまいたのだから捕まって当然だろう、と思っているかもしれません。しかし、国会議員が選挙の際に地元の県議や市町村議に現金を配るというのは、実はごく普通に行われていることなのです。
たとえば元自民党衆議院議員の金子恵美氏は、文化放送のラジオ番組『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(2020年6月22日放送)で、「選挙のときに『お金を配らなければ地方議員が協力してくれない。皆やっているんだから配りなさい』と言われた」という主旨の発言をしています。
また日本維新の会の音喜多駿参議院議員は、「選挙ドットコム」内の自身のブログ記事(2020年8月7日付)で、政治資金収支報告に計上されないカネを渡すのは犯罪だとした上で、要約すると以下のように解説しています。
「国会議員が、政党から支給される多額の政治活動費を、選挙の際に自身を支援してくれる地方議員に政治資金収支報告書に記載して寄付するのは合法で、当然のように行われている。むしろそれをするのが、党勢拡大に寄与し、その地域を取りまとめるリーダーのあるべき姿という考え方もできる」
私がこれまでに見聞きしてきた話と照らしても、両氏の発言は政界の実情の一端を示していると思います。
――案里氏自身が逮捕前、「週刊文春」の取材に対し、「陣中見舞いや当選祝いを自分が出る選挙の前に持っていけば全部『買収』となる、というのであれば、他のみんなも(選挙違反で)やられてしまう」(2020年6月25日号)と語ったのには、そういう背景があるわけですね。
河合幹雄 そう、そのようにして配られるカネは、コストのかかる選挙支援活動の“実費”である、という考え方です。
通常、国会議員にとって、地元の県議や市町村議というのは、そもそも自分の支持者ですよね。国会議員からすれば彼らは、カネを配ることで支持に回ってくれる人たちではなく、いわばもともと自分の“一味”なんです。だから、国会議員候補が選挙の際にそういう内輪の仲間たちにカネを渡すのは、あくまで自分を支援してもらう上でかかる“実費”を自分で負担するということあって、買収を目的とするものではない、という理屈です。
――法的にもそれで問題ないのでしょうか?
河合幹雄 公職選挙法では、買収及び利害誘導罪について、以下の行為をした者は「三年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と規定しています。
「第16章 第221条の1 当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」
これはつまり、「自分が当選する、あるいは競争相手を落選させることを目的として金品を配ってはならない」ということです。とすると、金子氏や音喜多氏のいうような、もともと内輪の支持者である地元議員に“実費”としてカネを配布するケースは、ここで規定された違反ケースには該当しない、という解釈は確かに成り立ちます。そして実際、これまで検挙もされてこなかったわけです。
