新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府が決めた生活支援策で国民の大半の手元に1人当たり10万円が届くのは、なんと6月以降になりそうだ。米国では1人当たり約13万円を4月中旬に支給。ドイツはさらに早く、仕事を失い困窮した芸術家や個人事業主に3月下旬に1人最低約60万円を支給している。日本政府の支給は、どうしてこうも遅いのか――。
遅れには3つの要因がからんだ、と筆者はみる。まず、東京五輪・パラリンピックの開催計画だ。進行中だった折、開催の“障害”とならぬよう、コロナ感染のPCR検査を抑制した。五輪開催の延期は、クルーズ船を除く国内の感染者が1000人を突破し、欧米でも感染が急拡大した3月24日になって、ようやく決まった。これを受け、政府はコロナ対策に本腰を入れるようになる。国内で最初の感染者を確認後、ほぼ2カ月が過ぎていた。
2つ目の要因に、政府の無策がある。安倍首相は、2020年度予算が成立した翌日の3月28日、コロナ対策で「かつてない強大な政策パッケージを練り上げ、実行に移す」と大見えを切ったが、具体策は語らずじまい。4月7日になって、緊急事態宣言とセットで事業規模108兆円の緊急経済対策を発表し、「史上最大。世界的にも最大級」と自画自賛した。
目玉となった、困窮世帯に限定した「1世帯当たり30万円」給付金は、20年度補正予算に組み込む手はずだった。しかし、世論の反発が強く、16日、「1人一律10万円」に給付内容が変わる。補正予算の異例の組み替えとなったことから、支給の実現は書き替える補正予算案の国会成立後と、さらに約1週間遅れ、早くて5月下旬にずれ込んだのだ。緊急対策なのに、国民に現金が届くのに対策の指示から最短で2カ月ほども費やした。
この混迷の間、コロナ感染者は急増し続け、4月18日には1万人を超えた。1000人超から1万人超まで1カ月足らずの急拡大だ。緊急事態宣言を7都府県から全国に拡大した4月16日以後は、外出制限や営業の休業、休学が都道府県知事から求められるようになり、国民全体が「巣ごもり」を5月まで強いられた。こうした中での現金給付の大遅滞だ。
結局、政府は3月から4月にかけたコロナ危機の最中、1カ月あまりを無策に過ごした形だ。葬られた「1世帯30万円」の策は、3月半ばまで政府・与野党で有力だった「1人一律10万円」を財務省が巻き返して実現させていた。財務省が政治を押し切ったのだ。「国民の生命と財産を守る」ことが、政治の第一の使命である。しかし、政府・与党は国民が被るコロナ災禍を親身になって想像できず、もたついたのだ。
支給の遅れには、3つ目の制度上の問題もある。2008年のリーマン・ショックを受け、日本で全国民に給付した定額給付金は支給までに約3カ月かかった。過去にこういう経緯がありながら、反省せず、危機下の国民給付のスピード化に取り組まなかった。行政手続きに必要な「ハンコ」も業務を遅らせた。
さらに、予算を成立させるまでの手続きが時代遅れで煩雑だ。国会審議に使う数百ページの予算書は、法律により印刷してペーパーで議員に渡さなければならない。結果、作成と印刷に2~3週間もかかる。法律を変えて電子データで見られるようにしたら早いが、その改善すらなされていない。
早いはずのオンライン申請も、エラー表示が多発してつながらない。マイナンバーカードの普及の遅れも影響した。
素早く手厚い、欧米の経済支援策
米欧の現金給付スピードは、比較にならないほど早い。ドイツでは、まず申請手続きを簡略化した。雇用を守るための日本の雇用調整助成金に似た制度で、事業者の申請書類を納税番号など2種類に絞り、オンラインで受理するようにした。申請から2~3日後に振り込まれる。
特に重視したのは、芸術家、フリーランサー、個人事業主への厚い支援だ。1人最低5000ユーロ(約60万円)支給する。政府は「不安感の中を生き抜くには、体の健康だけでなく、精神面の健康を保つことも大変重要だ」と最優先に位置付けた。ドイツに住む外国人にも支給する。ベルリン居住のクラリネット奏者、米倉森さんは「1万4000ユーロ(約160万円)の振り込みがあった。心から感謝します」とツイートした。
米国は3月27日、2.2兆ドル(240兆円)規模の新型コロナ経済対策第3弾を成立させ、納税者に1人当たり1200ドル(約13万円)を4月中旬に支給した。英国やフランスの現金支給も、すでに始まった。行政手続きを早めるための抜本改革を急がなければならない。