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巨大鉄鋼メーカー・日本製鉄、知られざる構造改革の内実…EVシフトの激変を生き抜く経営

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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「日本製鉄 HP」より

 昨年の秋口以降、日本製鉄の業績が回復している。その要因として、世界的な自動車のペントアップディマンド(繰り越し需要)の発生などによって鉄鋼需要が回復したことは大きい。

 需要の回復に加えて見逃せないのが、日本製鉄の経営陣が、かなりの覚悟を持って構造改革に取り組んできたことだ。具体的には、コストの削減と、価格帯の高い商品供給力に磨きをかけたことが指摘できる。また、同社は事業運営の効率性の向上のためにデジタル技術の活用にも取り組む。

 今後の展開を考えた時、当面、同社の業績は回復基調を維持する可能性がある。ただし、楽観はできない。短期的に、中国経済の回復ペースの鈍化や感染再拡大は逆風になりうる。中長期的な展開を考えると、自動車の電動化の影響も大きい。環境変化に適応して成長を実現するために、日本製鉄は構造改革を強化すべき局面を迎えている。

リーマンショック後の事業環境の変化と日本製鉄の構造改革

 現在、日本製鉄の業績は回復している。その要因の一つとして、同社が進めた構造改革の意義は大きい。リーマンショック後、中国の4兆元(当時の邦貨換算額で57兆円程度)の景気対策が世界の鉄鋼需要を押し上げた。それに加えて、世界経済の回復も進み、2014年度ごろまで同社(新日本製鐵および新日鐵住金時代)の業績は緩やかに持ち直した。

 その後、中国経済の成長率は徐々に鈍化し、中国鉄鋼メーカーの過剰生産能力が深刻化した。世界全体で鉄鋼製品の価格には下押し圧力がかかり、日本製鉄の収益力は不安定化した。その変化に対応するために、同社経営陣は強い覚悟を持って構造改革を進めたといえる。そのポイントは2つある。

 まず、固定費の削減だ。具体的に日本製鉄は高炉や製造ラインの休止や統合などを進めて固定費を減らし、損益分岐点の引き下げに取り組んでいる。特に、高炉の休止は鉄鋼メーカーにとって粗鋼生産量の減少に直結し、組織心理にはかなりの影響を与えただろう。それだけ、改革を進めなければ長期の存続が難しくなるという経営陣の危機感は強まってきた。

 2つ目に、日本製鉄は選択と集中を進めている。地域別に見ると経済成長が期待されるアジア新興国など海外事業が強化された。製品別にみると、自動車の生産に用いられる高張力鋼板(ハイテン鋼板)など高付加価値製品の供給体制の強化が図られた。

 その成果は、コロナ禍の発生によって確認されたといえる。2019年11月に新型コロナウイルスの感染が発生し、2020年春先には感染が世界に広がった。それによって、世界経済の需要と供給は寸断され、2020年度上期の日本製鉄の業績は落ち込んだ。しかし、下期以降の収益は急回復している。業績を支えた要因の一つは、中国、米国、そして欧州などでの自動車のペントアップディマンドの発生だ。また、中国でインフラ投資が前倒しで進められたことも高付加価値型の鉄鋼製品への需要を支えた。逆に言えば、常に成長分野に生産要素を再配分することがリスクへの対応に欠かせない。日本製鉄の事業体制はより筋肉質なものになっていると評価できるだろう。

中国経済の回復ペース鈍化と感染再拡大の影響

 ただし、日本製鉄を取り巻く不確定要素は増大している。そのため、業績の回復ペースが鈍化するリスクは否定できない。

 まず、短期的な不確定要素を考えよう。その一つが、中国経済の回復ペース鈍化だ。5月と6月、中国の新車販売台数の前年同月比変化率はマイナスに転じた。その要因として、世界的な半導体不足の影響は大きい。それに加えて、コロナ禍によって中国経済全体で消費者心理は弱含み、節約志向が強まっている。景気回復ペースの鈍化は消費者心理を追加的に圧迫し、自動車の販売を下押しする恐れがある。それは、自動車に用いられる鋼板需要を低下させる一因だ。

 それに加えて、新型コロナウイルスの感染再拡大も無視できない。感染再拡大は供給を制約し、企業のコストを増加させる要因だ。それは、日本内外での生産者(企業)物価指数の上昇に表れている。その背景には、感染の再拡大による生産や物流の停滞がある。

 日本製鉄のサプライチェーンを念頭に置いて考えると、鉄鉱石の世界的な供給地であるオーストラリアでは感染再拡大の影響によって人手不足が深刻と聞く。それは鉄鉱石価格の上昇要因だ。石炭の価格も上昇している。資源価格の上昇ペースと期間にもよるが、鉄鉱石や石炭価格の上昇は日本製鉄のコスト増加要因だ。

 需要の伸びが期待できる場合、企業はコストの増加を販売価格に転嫁しやすい。米国で消費者物価指数が上昇しているのはそのためだ。しかし、日本では需要が停滞しており、消費者物価の上昇圧力は鈍い。中国でも消費者物価の伸びは穏やかだ。国内自動車メーカーがボリュームゾーンの車種を中心に値上げを行うことは容易ではないだろう。

 以上をまとめると、日本製鉄は中国の景気回復ペースの鈍化による自動車需要の伸び悩みに加えて、コストの増加による利幅の縮小圧力に直面する可能性がある。アジア新興国などでの感染再拡大によって本邦自動車メーカーの生産に一部支障が出始めたことも軽視できない。

自動車の電動化が日本製鉄に与えるインパクト

 少し長めの目線で考えると、日本製鉄を取り巻く事業環境はダイナミックに変化するだろう。その要因の一つとして、自動車の電動化のインパクトは大きい。

 現在、世界経済全体で電気自動車(EV)へのシフトが加速している。2035年までに欧州委員会は新車の二酸化炭素排出量を100%削減する目標を公表した。2035年以降、EUで販売されるすべての新車はハイブリッド車を含めエンジンを搭載しない自動車に置き換えられる。

 日本ではトヨタを中心にコマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ(CJPT)が設立され、軽自動車を含めた商用車の電動化やコネクテッド技術の実用化が加速しつつある。ホンダもEV開発に注力する。燃料電池車(FCV)の実用化も進む。

 自動車の電動化は、あたらしい素材の創出を促す。超ハイテン鋼板や、さらに軽量、高剛性を実現する製鋼技術へのニーズは増す。その一方で、鉄鋼メーカーは自動車素材市場でのシェアをめぐって、鉄以外の素材メーカーとの競争にも対応しなければならない。カーボンニュートラルへの対応のために新しい鉄鋼製造技術の確立も急務だ。

 その状況下、日本製鉄に必要なのは構造改革の推進だ。つまり、固定費のさらなる削減などによって損益分岐点を引き下げる。その上で、得られた経営資源を中長期的な需要の伸びが見込まれる地域での事業体制の強化や、価格帯の高いプロダクト・ポートフォリオの整備に再配分しなければならない。それは、高付加価値商品への選択と集中に磨きをかけることを意味する。

 3月に日本製鉄が発表した中長期経営計画にはそうした考えが反映された。つまり、日本製鉄はより強い覚悟をもって構造改革を進め、事業環境の激変に対応しようとしている。口で言うほど容易なことではないが、常に変化への対応を目指して先端分野、あるいは成長期待の高い製品の創出能力に磨きをかけることが、企業の長期存続に欠かせない。

 現在、中国では国営・国有の鉄鋼メーカーの経営統合が目指され、価格競争に拍車がかかりやすい。さらなる環境の変化が見込まれる中、日本製鉄の構造改革は日本企業が競争力の向上を目指す重要な参考事例となるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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