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片田珠美「精神科女医のたわごと」

硫酸事件:花森容疑者、妄想性パーソナリティ障害・統合失調症の可能性…些細な言動に恨み抱く

文=片田珠美/精神科医
硫酸事件:花森容疑者、妄想性パーソナリティ障害・統合失調症の可能性…些細な言動に恨み抱くの画像1
花森弘卓容疑者(警視庁のHPより)

 東京メトロ白金高輪駅で22歳の男性に硫酸をかけたとして、傷害容疑で逮捕された25歳の花森弘卓容疑者は、「大学時代、(被害者の)男性の態度が悪かった」という趣旨の供述をしているという。一方、被害者の男性も、「数人で一緒にいる時に(花森容疑者に)ため口を使ったところ、『年齢が上なのにため口はおかしい』と怒られた」と話しているようだ。

 花森容疑者と被害者の男性は、琉球大学の映画関連サークルで先輩・後輩の関係だったらしく、花森容疑者が後輩に対等の話し方をされたことで恨みを募らせ、男性を狙った可能性も考えられる。ただ、「それくらいのことで、ここまで恨みを募らせ、執拗につけ狙って、硫酸をかけるだろうか」「ため口に腹を立てたのはわかるが、その恨みを長年持ち続けて復讐するのは、過剰反応なのではないか」という感想を抱く方が大多数に違いない。

 だが、世の中には、客観的には悪意のない些細な言葉や態度のように見えても、その中に自分をけなしたり、馬鹿にしたりする意味が込められていると感じる人が一定の割合で存在する。こういう人は、自分の性格や評判に対して他人にはわからないような微妙な仕方で攻撃されていると思い込んで、怒ることもある。しかも、自分が軽蔑されたり、侮辱されたりして傷つけられたと1度でも感じると、決して許さず、その恨みをずっと抱き続ける。

 このように自分が受けたと感じる侮辱に過敏で、攻撃的になりやすいうえ、その恨みが長期間にわたって持続する人は、アメリカ精神医学会が作成した診断基準DSM-5に従えば、「妄想性パーソナリティ障害(Paranoid Personality Disorder)」と診断される。花森容疑者も、この診断基準に該当するように見える。

 花森容疑者は、琉球大学在学中は周囲と距離を置いて行動していたし、静岡大学に編入後も、実家で1人暮らしで、いつも1人で行動していたという。両親とも他界した影響もあるとは思うが、孤独を深めていた印象を受ける。こうした傾向は、「妄想性パーソナリティ障害」の人にしばしば認められる。

 なぜかといえば、猜疑心と警戒心が強く、友人や仲間の誠実さを不当に疑うため、なかなか、うちとけられないからだ。おまけに、十分な根拠もないのに、他人が自分を利用するのではないか、危害を加えるのではないか、あるいはだますのではないかという疑惑にさいなまれていることも少なくない。

「妄想性パーソナリティ障害」の人は、他人が悪意を持って自分を迫害してくるように感じる傾向が強いため、危険が差し迫っているという不合理な恐怖を抱きやすい。そのうえ、屈辱や侮辱を受けたと本人が思い込んでいる過去の体験を繰り返し思い返しては憤慨するので、年月を経ても燃えたぎるような怒りと恨みがまったく衰えない。むしろ増幅される。その結果、他人に対する激しい憎悪と復讐願望が醸成されるが、「やられたのだから、やり返してもいい」と自らの復讐を正当化しがちである。

 ちなみに、2001年に大阪教育大池田小事件を起こした宅間守元死刑囚(2004年死刑執行)も、精神鑑定で「妄想性パーソナリティ障害」と診断されている。検察側の冒頭陳述で、「自らは被害者的に物事を考え、都合の悪いことは他人のせいにし、かつ、過去の物事に対して後悔を繰り返しては憤まんを募らせ、これを他人に転嫁する傾向を有していた」と指摘されたのは、「妄想性パーソナリティ障害」の人が他責的になりやすいからだろう。

 花森容疑者の復讐の矛先は凝縮されて、かつての大学の後輩だけに向けられた。それに対して、宅間元死刑囚の復讐の矛先は拡散されて、「エリートの卵」とみなした大阪教育大池田小の子どもたちに向けられた。一見すると正反対のように見えるかもしれないが、いずれの場合も、その根底には、過去の体験を繰り返し思い返して怒りと恨みを募らせる傾向が潜んでいる。

妄想型の統合失調症発病の可能性

 なお、精神科医としての長年の臨床経験から申し上げると、花森容疑者が妄想型の統合失調症を発病しており、被害妄想を抱いていた可能性も排除できない。10代後半から20代前半にかけては統合失調症の好発期だし、無口で大人しいのも、病前性格として多いからだ。もちろん、無口で大人しい人がみな統合失調症になるわけではなく、統合失調症患者の家族や友人などに発病前の性格を尋ねたところ、この性格傾向の人が多かったというだけの話である。

 また、統合失調症は、生まれつきの素因と、生育歴やストレスなどの環境因があいまって発病すると考えられているが、10代から20代にかけての時期に両親を相次いで亡くすという喪失体験はかなりのストレス因になるに違いない。その点でも、統合失調症の可能性も視野に入れて精神鑑定を実施すべきだろう。

 花森容疑者は、硫酸の入手、新幹線での上京、被害者の尾行など、かなり念入りに準備して犯行に及んでいるし、計画性も十分あるように見える。だから、責任能力はあるというのが私の見解だが、動機解明のためには精神鑑定が必要だと思う。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『無差別殺人の精神分析』新潮選書 2009年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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