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夢を掴め、強く生きろ! 解決・沖田塾

お金で買えない夢を実現する鉄則! あなたは行儀よく「順番待ち」をしていないか?

文=沖田臥竜/作家
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 「人生の成功」とはいったいなのか。経済的な成功を指すのか。いや、必ずしもそうではないだろう。

 確かに経済的に満たされることは、人間が営みを続けていくが上で、誰しもが課題とするところだろう。だが、世の中には金では買えない物が確かに存在している。「作品作り」もそのひとつだ。

 私は25歳の時に、小説家として世に出ようと想い、ペンを握った。その時に思い描いた目標は、小説を書くだけでなく、その作品を映像化させるというものだった。つまりはドラマ化や映画化である。だが文芸は、大不況といわれる出版業界の中にあって、さらに「売れない」過酷なジャンルだ。実際、小説だけで食べていけてる作家は、50人ほどといわれる世界なのである。

 ましてや小説の映像化など、いくら金を積んでも叶えられるような話ではない。それは私自身、実際に書く仕事をするようになって、痛感させられることになった。

 そもそも小説を出版すること自体が困難なのだ。それがどうにか叶ったとしても、まず売れない。

 むろん、売れない本を映像化するなんて、夢のまた夢の話なのである。だが私は、数多くの人たちの力で、小説『ムショぼけ』をドラマ化にすることを決定させた【ドラマ『ムショぼけ』公式HP】。しかも、その小説の舞台であり、ドラマの撮影地となったのは私の地元、兵庫県尼崎市だ。そして来年には、別の小説の映像化も決まっている。

 私は、なぜそんなことを叶えられたのか。

 ひとつは出会いにあった。生涯の盟友ともいえる映画監督との出会いが、人生を大きく変えることになった。ただ、出会いが夢を叶えてくれるかといえば、そうではない。私に何かしらの人としての魅力や需要がなければ、どれだけよい出会いがあっても、それが新たな世界を開拓することには繋がらない。

 私の物書きとしての需要、つまり武器は、文章のうまさではない。私は自身の文章力を知っている。決して美文家といえるような物書きでない。時間をかければ、それなりの作品に仕上げられる自信もある。だが、自分の武器はそれではないと決めたのだ。

 自らの武器としたのは、スピードと量だった。つまり量産性だ。質より量というわけではないが、大事なのは時代に沿ったやり方なのである。いくら読む者が唸るような原稿だったとしても、スピードが何よりも物をいう情報社会において、書き上げるまでに時間がかかるのは致命的ともいえる。時間をかけすぎれば、状況が変わる。社会の空気も変わる。出版社や担当者の気持ちや事情も変わる。そこをカバーするのが、求められているものをスピーディーに一定量生み出すスキルだ。

 自分は、時間をかけてじっくりと攻める丁寧な仕事をする一方で(この需要は決して高くないが)、とにかく原稿を量産し、自身の仕事を認知してもらうことに努めた。そうして認知度を上げていくことが、思わぬ出会いを引き寄せてくるのである。その時こそが本番なのだ。

自分の前には、夢を叶えたいと思う人間が長蛇の列を成している

『ヤクザと家族』(公式サイトより)
筆者が監修を務めた映画『ヤクザと家族』(公式サイトより)

 私に初めて依頼があった映像の仕事は、今年話題を呼んだ映画『ヤクザと家族』の監修と所作指導であった。ただ、初めから監修の依頼があったわけではない。私の書籍を読んでくれていた同作品のスタッフから当初来た話は、時間にして2時間ほどの取材協力であった。だが私は取材協力だからといって、決しておざなりにすることなく、全力で取り組むことにした。そのあとに予定されていた仕事もキャンセルして、その時間に私の持っているものを惜しむことなく全て吐き出した。2時間の予定が6時間近くにも及んだ。

 そこに打算的な考えなどはなかった。だが、それが評価されて、その後、監修のオファーを仕事としてもらい、そこでも全力で仕事したお陰で、結果として、この『ヤクザと家族』の監督を務めた藤井道人氏が企画プロデュースする形で、今回の『ムショぼけ』のドラマ化まで繋がっていったのである。

 常に私の根底にあるのは「行儀よく順番を待っていたのでは、一生かかっても自分の順番は回ってきてくれない」ということだ。そして、運命を人任せにして、願うだけでは何も変わらないということだ。それはそうではないか。自分の前には、夢を叶えたいと思う人間が長蛇の列を成しているのである。その列に並び、早く自分の順番がやってこないかと願って待っているだけでは、一生順番は回ってこないだろう。

 今の世の中には、息苦しいほど、物事をなすための順番やノウハウが決められており、何をするにもセオリーというものがひしめき合っている。ただ、それは他人と同じことをする、他人の敷いた道を歩くということを意味するのではないか。それでは、列の中に埋もれるだけだ。それらをいかに度外視して前に進むか。もちろん、闇雲に突破しようとしても、そんなものはハナから目をかけてもらえない。

 だからこそ大事なのは、自分の武器なのだ。私は世情を鑑みながら、自らのスピードを磨く鍛錬を重ね続けた。客観的に見ても、私より早く原稿を書ける書き手はいないと思えるようになるまで、読んで、写して、書いてという地道な作業を何年も何年も延々と繰り返した。

 そして、チャンスの一端が一瞬でも目の前に垂れてきた時には、それを自力で掴みとってきたのである。

決して、恐れることはない。もしダメならば……

 もちろんすべて成功してきたわけではない。失敗もあれば、後悔だってある。頭に来ることだってある。常に不安と葛藤とは隣り合わせだ。

 それでも諦めたりはしない。諦めそうになっても、「自分は絶対に諦めるという選択をしない」ということを私だけは知っている。そう思えるまで、努力を惜しまず、地味な作業を続けてきたのだ。

 キツくなったらさじを投げて、自分自身をがっかりさせるのは、実にたやすい。だが人生は一度きりしかないのだ。私は随分と自分にがっかりさせられてきた。だからもうがっかりさせられるのは十分だ。

 もしダメで、あらゆるものを失い、未来が暗闇に閉ざされたとしても、そこから抜け出るのは単純である。人様に迷惑をかけないように死ねばよいだけである。だが、人間はたやすく死ねない。歳を重ねるにつれ、責任や抱えているものも多くなり、そうそう無責任なことはできなくなってくるのである。

 それでも「ダメならば、死ねばよい」。そう思いながら、頑張り続けていれば、案外何とかなるものである。

 そして大事なのは、何とかならない、なりそうもないという状況が目の前に広がったとしても、そこで止まることなく、自力で歩みだし、何とかすることなのだ。

 もう一度言う。どんな世界でも行儀正しく、順番を待っているだけでは、自分の番なんて一生回ってこない。批判や批難を恐れずに、ここだと思うときには行動してみせる。うまくいけば、周囲は無責任なほど評価を変える。失敗したら笑われるだろうが、また地味な作業を延々と続けて、再びチャレンジすればよい。たったそれだけなのである。

 人間はいつか必ず死ぬのである。

「決して、恐れることはない」。私は常にこの言葉を自分に言い聞かせて、今も努力を継続させている。

(文=沖田臥竜/作家)

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●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、小説やノンフィクションなど多数の作品を発表。最新小説『ムショぼけ』(小学館)を原作にした同名ドラマが10月からスタート。調査やコンサルティングを行う企業の経営者の顔を持つ。

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