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田中圭太郎「現場からの視点」

下関市立大学、暴走する経営執行部を教授が提訴…内部混乱で学生にも不利益及ぶ

文=田中圭太郎/ジャーナリスト
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下関市立大学(「Wikipedia」より/Wiki708)

 教員の意見を聞くことなく強引な教員採用や専攻科の設置を推し進めるなど、執行部の暴走が続いている公立大学法人の下関市立大学。執行部と教員の対立が続いているが、ついに教授が大学を訴える事態に発展した。

 提訴したのは、下関市立大学経済学部の飯塚靖教授(63)。飯塚教授は2019年4月、大学唯一の学部である経済学部の学部長に就任。同時に理事に任用され、大学の経営審議会と教育研究審議会の委員に任命されるなど、大学執行部の1人だった。

 飯塚教授が理事を解任されたのは2020年10月。きっかけは、同月に大分市で開催された大学の運営のあり方を考えるシンポジウムに出席したことだった。このシンポジウムには筆者も飯塚教授とともに登壇。飯塚教授は、下関市立大学の権限が学長と副学長に集中し、教員が教育や研究、人事など重要事項の決定に関われなくなっている実態を資料ともに報告した。

 その数日後、飯塚教授は突然理事を解任される。当初、解任の理由は明確に説明されなかった。飯塚教授が説明を求めると、翌11月になって大学の山村重彰理事長がメールで理由を回答。シンポジウムに参加して報告をしたことが役員の解任理由を定めた地方独立行政法人法第17条に違反することと、教員人事を不適切とする資料を作成し学外に公表するなど理事会の決定事項を尊重しないことが、「理事たるに適しない」と説明した。

 この決定に、飯塚教授が納得できるはずがなかった。「事実に基づき法人の法令違反の疑いを指摘することは理事として当然の義務」であり、「何ら違法はない」と主張。理事解任の手続きは違法として、2021年7月、法人に対して理事解任の無効確認と約270万円の損害賠償などを求める訴えを山口地方裁判所下関支部に起こしたのだ。

市長の要請による強引な教員採用から大学が一変

 下関市立大学をめぐる問題は、この連載でもたびたび言及してきた。発端は2019年6月。前田晋太郎下関市長の要請によって、経済学部しかない大学に特別支援教育の専攻科を設置することと、それに伴って複数の教員の採用が強行されたことだった。

 この決定が、大学の定款で定められている資格審査を経ずに進められたとして、教員の9割が反発。文部科学省も「規定に沿った適切な手続きを採ることが必要」とする助言を行った。

 ところが、前田市長はこの年の9月、学内審査がなくても教育、研究に関することや、教員人事や懲戒を理事会だけで決めることを可能にする定款変更の議案を市議会に提案し、可決された。山村重彰理事長は下関市の元副市長であり、前田市長と市議会による大学の自治の破壊といえる。

 しかし、混乱はこれだけでは収まらなかった。専攻科設置を前提に教授として採用されたハン・チャンワン氏が、2020年1月には大学の理事に就任。さらに4月には新設の副学長に就任し、教育、研究、人事評価などの業務の責任者となって、権限が集中する形になった。関係者の話によると、ハン氏の意に沿わない教員に対しては不当ともいえる人事評価が行われているという。副学長にはもう一人、元下関市職員で事務局長の砂原雅夫氏も就任している。

 さらに、教員採用や昇任などの人事が川波洋一学長の独断でできるように学内の規定が変更された。これは、全国の国公立大学でも異例の状態だ。2021年度に入ってからは教授会の定例開催も取りやめになって、すべての決定に教員が排除されているという。

 わずか2年間のうちに大学の運営体制は一変した。この現状に失望した専任教員が、2年間で12人も大学を去った。飯塚教授は2019年6月以降、大学の正常化を求めて発言、行動してきたが、執行部の暴走は止まらず、理不尽な理由で理事を解任されるに至ったのだ。

裁判を通して大学運営の是正を求めたい

 飯塚教授は2021年7月30日、下関市内で会見し、提訴に込めた思いを吐露した。提訴に至った直接の理由は理事を解任されたことだが、背景にはこの2年間の下関市やハン氏による「権力的支配」に対する怒りがある。

 1つは、教育研究審議会や経営審議会、理事会などの会議のなかで、問題点の指摘や正常化を求める訴えをしようとしたことに対し、理事長、学長、副学長らから人格権の侵害ともいえる数々の不当行為を受けたことだ。

 訴状によると、経営審議会の審議から排除されたほか、理事会では発言を妨害され、発言機会を与えられないことが相次いだ。2020年8月の理事会では、ハン氏が飯塚教授に対して2度にわたり「理事長に制裁を求める」と発言。理事長の山村氏は「提案を預かる」旨の発言をするなど、強権によって心理的威圧を加えられたという。このことも訴訟に踏み切った一因だと、飯塚教授は説明する。

「人格権の侵害ともいえる数々の不当行為を受け、精神的に大きな苦痛を味わってきました。本学役員によるこうした不当行為は、私の人生の中でこれまで味わったことのない屈辱的なものであり、私の名誉を著しく毀損し、かつ精神的不調をもたらしました。

 こうした不当行為は断じて許すことはできず、司法の判断を仰ぎ、適切な謝罪と賠償を求めるために訴訟に踏み切りました」

 もう1つは、大学の現状に対する怒りだ。これまで下関市からの運営費交付金が少なく、設備も十分とはいえないなかでも、教職員が力を合わせて黒字経営をして、よりよい大学を目指してきた。学生の就職状況も良好で、経済学部だけの単科大学として実績を積み上げ、地方の名門公立大学として知られてきた。

 それが、唐突な専攻科設置と採用人事の強行によって、大学は様変わりしてしまった。学長や副学長らによる強権的な運営によって、教員だけでなく、学生も不利益を被っているという。飯塚教授はこう訴える。

「本学の現状を嫌い、教育熱心で学生から人気があった若手の教員が多数転出してしまい、学生の期待を大きく裏切っています。こうした本学の悲惨な状況を見過ごすことはできません。裁判を通して是正を求めていきたいと考えています」

ハン氏が次期学長候補者に

 裁判の第1回期日は10月5日に決定した。日程が決まった9月1日付で、裁判所から大学に訴状が送付された。大学に9月3日に取材をしたところ、副学長兼事務局長の砂原氏は「訴状が届いたばかりなので、内部でよく検討して対応したい」と述べるにとどまった。

 下関市立大学をめぐる問題は現在も進行中だ。驚くべきことに、2022年3月で学長の任期が切れる川波氏の後任にはハン氏が就任予定だという。

 大学では定款変更に合わせて学長選考規程も改正され、学長候補者の推薦は理事2名の連名のみとなり、教職員から学長候補者の推薦権限が剥奪された。教職員による意向投票も廃止されている。そして、ハン氏が理事会で学長候補者として推薦を受け、唯一の学長候補者となったのだ。

 これから学長選考会議が開催され、学長候補者が決定される。しかし、選考会議の議長は砂原氏が務めており、候補者が1名のみの状況で結果は自ずと明白であろう。本来学長の選考は、複数の候補者を立てて、その教育研究の実績と抱負ならびに大学に対するビジョンなどをオープンに議論し、大学にとってのより良い人物が選択されるべきである。しかし、同大学の現状はこうしたオープンな方式とは真逆であり、それがどのような結果をもたらすか危惧されるところである。

 今回の提訴によって、下関市立大学をめぐる問題はこれから本格的に法廷で争われることになるが、下関市の関係者とハン氏による大学の「権力的支配」はさらに加速しそうだ。

(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)

田中圭太郎/ジャーナリスト

田中圭太郎/ジャーナリスト

ジャーナリスト、ライター。1973年生まれ。大分県出身、東京都在住。97年、早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年からフリーランスとして独立。警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピック、大相撲など幅広いテーマで執筆。著書に『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書・2023年2月9日発売)、『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)。メールアドレスは keitarotanaka3000-news@yahoo co.jp、 HPはジャーナリスト 田中圭太郎のWEBサイト

Twitter:@k_taro_tanaka

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