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JAL、コロナ下の財務悪化を逆手に収益源多角化の好機を掴む…3千億円調達の真の狙い

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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日本航空のボーイング777-300ER型機(「Wikipedia」より)

 2020年に日本航空(JAL)は公募増資などで約1800億円を調達した。それに続いて今回、同社は劣後ローンと劣後債の発行による計3000億円程度の資金調達を発表した。多額の資金調達が必要なほど、同社の財務内容は厳しさを増しているということだろう。

 まず、同社は当面の経営体力を維持することが重要だ。新型コロナウイルスの感染再拡大による航空旅客需要の落ち込みは長期化しそうだ。収益に下押し圧力がかかる状況下、JALは航空機の減価償却など固定費を負担しなければならない。JALは資本性のある劣後ローンなどによる資金調達を行い、財務力を維持しようとしている。

 もう一つは、これから収益源の多角化が必要不可欠な点だ。世界の航空業界を見ると、ビジネスやプライベートジェットの需要が増えている。それはJALが新しい事業を育成して収益を得るための重要な機会といえる。守りを固めつつ、長期の視点で成長を目指すために適切なタイミングで投資を行う体制を整える。それが今回の資金調達の主眼だ。

足元のコロナ禍とJALの業況

 現在、JALの収益状況は厳しい。それを、旅客事業と貨物郵便事業(以下、貨物事業)に分けて確認する。

 同社の主力である旅客事業では、ウイルスの変異や、東南アジアなどの新興国でのワクチン接種の遅れによる世界的な動線寸断によって、国際線、国内線ともに旅客数がコロナ禍発生以前の水準を下回っている。感染再拡大の影響を考慮すると、航空旅客需要は停滞気味に推移する可能性が高い。JALの旅客事業の回復にはかなりの時間がかかるだろう。

 その一方で、貨物事業は堅調だ。2021年4~6月期、同事業の売上収益は476億円と2019年の同期実績(227億円)の2倍超に成長した。その背景には大きく2つの要因がある。

 まず、コロナ禍発生以前から世界経済のデジタル化が進んでいた。デジタル化によって日本企業が生産する半導体の部材やセラミックコンデンサなどの電子部品への需要が増えた。その上にコロナ禍が発生してデジタル化は加速し、半導体部材などの需要は押し上げられた。その一方で動線の寸断によって半導体などの供給が落ち込んだ。米アップルなどのIT先端企業や世界の自動車メーカーが半導体などの確保を急ぎ、航空貨物の需給がひっ迫した。2つ目の要因として、ワクチンの輸送に航空貨物便が用いられ、JALの貨物事業の売上収益が増加した。

 現在、感染再拡大によって世界経済全体で供給のボトルネックは深刻だ。ウイルス変異などの影響によって供給制約は長期化する可能性がある。フォルクスワーゲンなど独自動車メーカートップは世界的な半導体不足は2023年ころまで続くと考えている。それはJALの貨物事業に追い風だ。

 既存の事業ポートフォリオを前提にすると、JALは旅客事業では目先の需要を確実に取り込みつつ、貨物事業の収益拡大を目指すだろう。それに加えて、全社的なコスト削減も必要だ。ただし、航空業界では固定費の割合が大きく、短期間で損益分岐点を引き下げることは容易ではない。当面のキャッシュのアウトフローの継続を見越して財務体力を高めることが今回の資金調達の目的の一つだ。

需要が増加し始めたビジネスジェット

 他方で、JALを取り巻く世界経済の環境に目を向けると、不安定な動きではあるがビジネス面を中心に国境をまたいだ人の往来に回復の兆しが出ている。特に、ビジネスジェットの需要が拡大している。各国共通のワクチンパスポート運営をどうするかなど手探り状態の部分は多いが、JALは収益源多角化の好機を迎えつつある。

 2020年3月末から2021年9月上旬までの間、「グローバル7500」などのビジネスジェット機を生産するカナダのボンバルディアの株価は174%上昇した。同じ期間、米ボーイングの株価上昇率は41%、欧州エアバスは93%だ。リーマンショック後の経営難によってボンバルディアの株価に割安な側面はあるが、中小型ジェット機需要の高まりは顕著だ。小型ジェット機の分野では、2020年後半にホンダジェットへの需要がほぼコロナ禍前のレベルに回復した。いずれも、ジャンボジェット機を用いた大量航空旅客サービスへの需要停滞と対照的だ。

 感染防止と、快適かつ効率的なフライト時間の確保のために、ビジネスジェット需要は高まる可能性がある。現在の世界経済では、東京モーターショー2021の中止が発表されたり、多くの国際展示会がオンラインで開催されたりしている。その状況下でも、9月7日からミュンヘンモーターショーが開催された。その背景には、世界の自動車産業が電動化というゲームチェンジに直面しているなかで、自社の取り組みに実際に触れてもらいたいという独自動車メーカーなどの強い思いがある。オンラインは便利だが、実際に人と会い、モノに触れることによって得られる感覚(満足感、安心感、納得感など)は簡単に代替できない。まさに「百聞は一見に如かず」だ。

 それはビジネスジェットへの需要増加を支える要素の一つだ。国際線、国内線ともにフルサービスキャリアの収益減が大きいJALにとって、今回の調達した資金を、ビジネスジェットなどの高付加価値事業の強化に活かすことは、多角化を進めて中長期的な事業体制の強化を目指すために重要だ。

航空旅客需要は元に戻らない懸念

 コロナ禍が収束したとしても、世界の航空旅客需要は元通りに戻らない恐れがある。それを危機的な状況ととらえるか、ビジネスモデル変革の機会ととらえるかによって、航空各社の競争力にはかなりの差がつくだろう。

 航空旅客需要を変化させる要因は多い。過去の世界的なパンデミックでは、人々の防衛本能が高まった結果、主要国の潜在成長率は一定期間にわたって低下した。それは航空旅客需要を停滞させる要因の一つだ。

 その一方で、コロナ禍の中でも、プライベートジェットの運営企業であるビスタ・グローバルの業績は拡大している。世界の航空業界では一般客が減少し、ビジネス・富裕層の利用が増加するという二極化が鮮明化している。世界的な低金利環境が続くとの楽観を背景に米国などで株価が上昇し、富裕層への富の集中は加速している。ビジネス利用、富裕層の余暇目的での航空機利用は増えるだろう。それはJALが収益源を多角化するチャンスだ。

 また、国内での航空機利用ニーズも増える可能性がある。ワクチン接種によって国内の観光需要は回復し、高齢者を中心に空の移動サービスへの需要が増える可能性がある。JALは地方創生に人材を再配分している。それに加えて比較的小型のジェット機を用いた動線の確立を目指すことによって、短期的には国内、中長期的にはインバウンド需要を念頭に、高付加価値ビジネスが生み出される展開も考えられる。

 長めの目線で考えると、世界的な脱炭素の加速を背景に、航空機の電動化が進む。世界の航空業界では、垂直離着陸可能な電動小型航空機(イーブイトール<eVTOL>)導入を目指す企業が増えている。

 つまり、JALなど航空業界は需要の変化、新しい航空機の導入などゲームチェンジを迎えた。今後、世界の航空業界で再編が加速する可能性は高まっている。目先はコスト削減を進めて財務健全性を維持し、その上で長期存続を目指すために、JALが収益源多角化に取り組む意義は増している。同社がどのように調達した資金を用いるかに注目したい。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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