自治体、ANAの出向社員を受け入れ
経営が厳しいANAグループの社員を受け入れる自治体が相次いでいる。全日本空輸(ANA)を支援することで、地元空港の航空路線を維持する狙いがある。
佐賀県は10人程度受け入れる。40歳以下の社員で期間は2年。県が人件費の一部を負担するかたちで、11月の補正予算案に1075万円を盛り込んだ。すでに客室乗務員1人を迎え入れている。出向の受け入れは山口祥義知事と片野坂真哉ANAホールディングス(HD)社長の会談で決まった。片野坂社長は「観光の魅力発信で客室乗務員の接遇の力が役に立てると思う」と具体的な働き方に言及した。
山口知事は支援の理由としてANAHDとの「絆」を強調した。1998年に開港した九州佐賀国際空港(佐賀市)は後発の空港だったため、利用者が少なく10年以上低迷した。大阪便や名古屋便が次々と撤退するなか、ANAは東京便を維持した。「佐賀県はこれまで全日空さんと連携してきた。苦しい時は支えたい」(山口知事)という思いから出向を受け入れたという。
鳥取県は県庁で社員数人を受け入れる。交通政策や観光を担当する部署で働いてもらう。県が給料の一部を負担する。ANAHD社員の鳥取県内の企業への出向を橋渡しする。県内の26社が受け入れを検討しており、このうち17社はホテルや旅館など観光サービス業だ。
鳥取県は20年8月から21年2月まで、ANA便の鳥取空港への着陸料を45%減免することも決めた。新型コロナが拡大する前から実施している支援と合わせると、実質86%の減免となる。県は11月補正予算案に追加減免分の670万円を計上した。石川県、三重県、沖縄県浦添市も受け入れ人数や時期を調整している。
コロナ禍で羽田空港と県内空港を結ぶANA便が減っている。便数のコロナ前への復活は県経済の浮沈のカギを握る。出向社員を受け入れるのは、ANAが運航する羽田便を維持するのが目的だ。
グループ外へ社員400人以上を出向させる
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、業績不振企業から、人手の足りない企業が出向者を受け入れる「従業員シェア」が本格化してきた。
家電量販店のノジマは2021年春までにANAHDや日本航空(JAL)から300人を受け入れる。11月中旬から始めており、約1週間の研修を経て販売部門やコールセンターの業務に従事している。東横イン(非上場、東京・大田区)も最大300人の社員を受け入れる。
KDDIもANAHDやJALの社員の出向を受け入れる。パソナグループも航空や旅行、ホテル業界からの出向者を募集する。需要次第で1000人近くまで増える可能性もある。
旅客数の回復を見込めないことから、ANAHDの2021年3月期連結決算は5100億円の赤字。一方、JALは最大2700億円の赤字になる見通し。JALでは10月時点で約500人の社員がグループ外へ出向している。ANAHDは10月に公表した構造改革で、社員の副業の拡大や外部企業・自治体などへの出向を進めることを決めた。21年春にはグループ外へ400人以上を出向させる。
パイロットやCAが医療用ガウンを作成
ANAHDと奈良県内で縫製工場を運営する合同会社ヴァレイは20年5月18日から、ANAグループの訓練施設(トレーニングセンター)東京都大田区にある「ANA Blue Base」で、新型コロナウイルスを防ぐために需要が高まる医療用ガウンの製作を始めた。ヴァレイが厚生労働省から受注した医療用ガウン約10万枚のうち、半分にあたる約5万枚がANAグループの協力のもとにつくられた。ヴァレイの縫製職員の指導のもと、ANAグループの社員はガウンの紐の縫製や検品作業など、作業工程全体の3割程度を担当した。
ANA、ローカル線を中心に運航するANAウイングス、羽田空港の地上業務を担っているANAエアポートサービス3社を対象にボランティアを募集したところ、120人の募集に対して800人を超える応募があったという。パイロットやCA(客室乗務員)、地上係員や運航管理を行うフライトオペレーションスタッフ、間接部門の本社スタッフなど幅広い職種の人が参加できるよう、部門ごとのバランスに配慮した。
ANAグループはトライキッツ(東京都大田区)が製作する医療用フェイスガードについても、ボランティアが製作に協力した。ガウンは6月末まで、フェイスガードは5月21日まで、それぞれ作業を行った。
雇用の維持と人件費の削減を両立させる新しい働き方を提案
ANAHDは成田、羽田空港に所属するCA約8000人を対象に、勤務日数や居住地を選べる新たな働き方を労働組合に提案した。国内線、国際線に両方搭乗する現在の働き方のほか、勤務日数を従来の半分にして国内線だけにするタイプ、勤務日数を同5~8割とし国際線だけに乗務するやり方を選べるようにする。21年4月からの2年間の時限措置。給与は勤務日数が5割の場合は従来の半分程度、8割とした場合は75%程度となる。給与はダウンするが、副業や地方での定住などがやりやすくなる。CAは羽田空港と成田空港から100キロメートルを超える場所には住めなかったが、これからは住めるようになる。
ANAHDは、「世界の航空需要がコロナ前の水準に戻るのは2024年」と見込んでいる。感染が収束すれば旅客需要は戻るとみて、大規模な人事削減は実施しない方針を示している。その間を、どうやって切り抜けるかだ。固定費の約3割を占める人件費の削減は急務だ。同時に、雇用の維持は重要な経営課題である。
時限的な新制度は、人件費を抑制し、多様な働き方を認めることで雇用の確保を図るという、苦肉の策といえなくもない。
(文=編集部)