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『仮面ライダー』50周年、意外と知らない裏話…本郷猛(藤岡弘、)の死亡案も

文=上杉純也/フリーライター
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『仮面ライダー』50周年記念作品の『ビヨンド・ジェネレーションズ』
『仮面ライダー ビヨンド・ジェネレーションズ』公式サイトより

 1971年4月、特撮ヒーロー界に一大金字塔を打ち立てる作品がスタートした。毎日放送・東映制作の『仮面ライダー』だ。以後、途中に休止期間をはさむものの、シリーズは今年で放送開始50周年を迎えた。

 さらに生誕50周年記念作品として、12月17日に新作映画『仮面ライダー ビヨンド・ジェネレーションズ』も公開。この作品では本家『仮面ライダー』で本郷猛を演じた藤岡弘、の長男・藤岡真威人が仮面ライダー1号・本郷猛を演じることも話題となっている。

 そこで今回は、第1期昭和『仮面ライダー』」シリーズの知っていそうで意外と覚えていない豆知識をいくつかご紹介したい。

出だしは不調だった

 まずは企画段階の話から。

 いわゆる仮面ライダー1号と2号がバッタをモチーフにデザインされていることは有名である。だが実は、その前段階で原作者の石ノ森章太郎は、自身の作品である『スカルマン』をこの企画に応用した『仮面ライダースカルマン』というキャラクターを考案していた。ところが、『スカルマン』はドクロをモチーフにした仮面ヒーローだったため、テレビ局の営業局から“営業上の支障がある”と却下されてしまう。

 困った石ノ森は、さらに50枚以上のデザイン画を描いたが、そのなかに昆虫図鑑のバッタをモチーフにした、強烈なインパクトのあるデザイン画があることに気づいた。バッタの顔がスカルマンに共通する不気味さとドクロに似た形であったこと、昆虫は“自然を破壊する悪と戦うヒーローにふさわしい”こと。この2点の理由から、バッタをモチーフにしたヒーローにすることを決断する。こうして『仮面ライダー』が誕生したのであった。

 次は仮面ライダーの正体、本郷猛のキャラクター設定についてだ。

 本郷がオートレーサーであることはわりと知られているが、実は生化学研究所の科学者でもある。そのため、初期の放送では白衣を着ていたり、革ジャンではなくブレザーを着用することもあるのだ。意外にもインテリ設定ということで、演じている藤岡弘、のイメージとは、かなりかけ離れていることがわかる。

 紆余曲折のすえ、1971年4月からNET(現テレビ朝日)系列で放送が開始された『仮面ライダー』。だが、子供向けのヒーローものなのに、“不気味な怪人”や“グロテスクすぎるプロット”などがアダとなってしまう。子供にとって内容がハード過ぎたこともあり、第1話の視聴率はたった8.1%と、かなり伸び悩んだ(関東地区)。

番組存続危機の大事故→予想外の副産物を生む

 さらに、番組は放送開始前から不測の事態に見舞われた。実は撮影当初、主演の藤岡は本郷役だけでなく仮面ライダーのコスチュームも着用し、スーツアクターも兼任していた。特にバイクシーンは圧巻で、階段を爆走したり、急な斜面を一気に駆け下りたり、前輪が浮く状態で走行するウィリーまでこなしていた。

 だが、第9話と第10話の撮影中、バイクシーンで不運にも転倒してしまい、全治3カ月から6カ月という重傷を負ってしまったのだ。放送開始前に主演俳優が事故で重傷という事態は、番組の存続に関わる一大事。普通ならば、藤岡の降板も止むなしであろう。毎日放送側からは本郷猛を死亡させる案も出たほどだ。

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