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高橋篤史「経済禁忌録」

関西スーパー、H2Oとの経営統合、なぜ否決から賛成に一転?株主総会での真相

文=高橋篤史/ジャーナリスト
関西スーパー
関西スーパーマーケット(「Wikipedia」より)

 経営統合をめぐる関西スーパーマーケットオーケーの争いが臨時株主総会から1カ月半ぶりに最終決着した。12月14日、最高裁はオーケー側の特別抗告を棄却、これにより臨時総会における賛成決議を適法とする大阪高裁の決定が確定。翌15日、関西スーパーはエイチ・ツー・オーリテイリング傘下のイズミヤ並びに阪急オアシスとの株式交換方式による経営統合を実行に移した。

 ある株主の投票をめぐり神戸地裁と大阪高裁の判断が逆転した今回の騒動。果たしてその日、現地ではどんなことが起きていたのか。また、一連の攻防戦からどんな背景事情が読み解けるのか。あらためて振り返ってみたい。

白紙のまま投票

「あとで番号とかで突き合わせて分かるから、いいか」

 10月29日、兵庫県伊丹市にある伊丹シティホテル3階「光琳の間」で開かれた関西スーパーの臨時株主総会。午前10時の開会からおよそ3時間40分後にようやく始まった採決で、株主席に座る60代前半の男性はそう呟きつつマークシート方式の投票用紙を透明のプラスチック製投票箱に入れたとされる。「賛成」「反対」「棄権」と、本来なら意思表示として塗りつぶすべき3つの欄は空白のまま。この行為があとあと大問題となることなど、この時点では思いも寄らなかったのだろう。

 この日、男性は自らが役員を務める会社の代表としてはるばる山口県から来ていた。会社が保有する関西スーパー株は26万2000株。これは発行済み株式総数の0.87%に相当した。会社はすべての議案に賛成することを決めており、10月22日、株主番号と議決権個数が予め印刷された所定の「議決権行使書」と、それと一体の「委任状」に、それぞれ賛成の「○」をつけ、代表取締役社長の署名とともに代表印を押して返送していた(委任状の委任先代理人名の欄は空白のままだった)。

 そうした上で会社は総会2日前の10月27日、関西スーパーに対し連絡を入れていた。委任状を郵送済みだが、当日は関係者を派遣して議事を傍聴したい旨を伝えるためだった。会社として経営統合案の行方にかなり高い関心があったのだろう。

 こうして会社の代表として男性は会場まで来たわけだが、念押しするように別の書面も持参していた。男性が会社派遣の代表者であることを証明する「職務代行通知書」がそれで、そこにも全議案に賛成する旨が記されていた。午前9時から始まっていたホテル2階の会場受付で、男性はそれも提出した。

 傍聴希望の事前連絡を入れていた法人株主は少なくなかったようだ。関西スーパー側はそうした株主から派遣されてきた代表者には当日の意向を確認する作業を行っていた。傍聴とともに投票も行う代表者には投票用紙が入った「株主出席票」を渡し、投票はせず傍聴だけ希望する代表者には「関係者」と書かれたストラップを渡すのである。

 この時、件の60代男性は少し迷ったようだ。「傍聴」という言葉から、男性はそれを希望する者は別室でモニターを見ることになるのでは、と想像したのである。思いとしては会場に入ってやりとりを直接聞きたかった。そこで「出席」か「傍聴」かを問われ、「出席」と返答した。そして男性は株主出席票を手に3階の「光琳の間」へと入って行った。

 午後1時40分、議長を務める関西スーパーの福谷耕治社長は採決に移ることを説明し、議場は閉鎖された。およそ10分後、投票箱を持った関西スーパー社員複数が会場を回り、投票用紙を回収し始めた。

 この時、男性は受付で渡された投票用紙に当然気づいていた。が、事前に議決権行使書を郵送してあることから、ここでさらに投票すると二重計上になるのでは、と考えた。管理畑を長く歩んだ男性は他社の株主総会に出席した経験も豊富だ。それらでは、事前の議決権行使書や委任状を集計した段階で賛否が決していることが通例だった。だから一般に総会当日の採決は拍手や挙手など厳密とはいえないような方法で行われることが少なくない。男性にとってマークシート方式の投票は初めての経験でもあった。

 この間、会場では注意事項がアナウンスされていた。投票用紙を白紙で出すと「棄権」とみなされ、事実上反対と同じ効果を持つこと、賛成でも反対でもない時は投票用紙を入れず「不行使」としてほしいこと、それらだ。ただ、事前に議決権行使書や委任状を提出済みの場合に関する説明はなかった。

 投票箱が回ってきた。男性は右手で白紙のままの投票用紙をつまみ、下端だけ投票箱に入れた状態で、関西スーパー社員に尋ねた。

「私は事前行使していますので、そちらでもう意思表示していますから。入れて大丈夫ですか?」

 関西スーパー社員は即答できず、黙ったままだ。

「私はすでに事前行使をしているので白票のまま入れます。取り扱いについてはよろしくお願いします」

 そのように語りかける中で冒頭の発言も出たとされる。投票用紙には投じた株主が判別できるよう受付番号が記されていた。だから白紙のまま投票用紙を入れても事前の議決権行使書と突き合わせれば、そちらで賛成意思が表示済みと分かるはずだと男性は考えたわけである。その際、男性は人差し指で投票用紙左上の角をトントンと叩いた。この様子は会場後方に設置されたカメラの映像記録に残っていた。大阪高裁はこれを受付番号を指し示す行為と認定している。

いったんは「否決」に

 午後1時55分頃、すべての投票用紙が回収され、議場閉鎖は解除された。集計後、午後3時に再開する予定とされた。が、接戦のため集計は予想外に時間がかかった。再開予定だった午後3時頃、休憩を午後4時まで延長することがアナウンスされた。

 それからホテル内を歩き回るなどして時間を潰していた男性は不安を感じ始めたようだ。自身が白紙のまま入れた投票用紙の取り扱いがその後どうなったのか心配になってきたのである。

 この時点で男性は知るよしもないが、公正な総会運営を行うため裁判所によって選任された検査役弁護士も見守る中、ホテル2階に設けられた集計会場では結果が判明していた。「集計完了」。会場でそう声が上がったのは午後2時50分頃とされる。約7分後、検査役弁護士は係員から「議決権行使集計結果報告」を受け取った。経営統合案に関する第1号議案への賛成は65.75%。特別決議に必要な3分の2にはほんのわずかだが届かない。つまりは否決だ。午後3時20分頃、検査役弁護士は3階の会場に戻った。

 男性がエスカレーターに乗って1階から2階に上がり、受付に訴え出たのは午後3時40分頃のことだ。男性は2階「朱雀の間」に通され、関西スーパー側の代理人を務める森・濱田松本法律事務所の弁護士複数に経緯を説明した。5分後、検査役弁護士がやって来て同じ説明をした。会社側代理人は男性の説明を受け、いったんは投票用紙を基に「棄権」と集計していた議決権を、その意思を鑑みて「賛成」と集計し直すのが適当との方針を固めていた。検査役弁護士はその説明を聞き、午後3時50分頃、会場に戻って行った。

 午後4時10分頃、総会は再開され、採決の結果が読み上げられた。第1号議案への「賛成」は66.68%。経営統合案は可決されたのである。もっとも、会場に居合わせたオーケーをはじめ他の株主は裏側で異例の事態が進んでいたことなど微塵も知らない。6日後、検査役弁護士が作成した中間的な報告書で経緯を知り、「棄権」が「賛成」に転じた適法性に疑義を抱き神戸地裁に差し止め請求を申し立てることとなったわけである。

分かれた大阪高裁と神戸地裁の判断

 果たして、男性の会社が保有する26万2000株の議決権はどう扱われるべきか。

 一連の経緯を踏まえると、男性の会社が議案に賛成する意思を強く持っていたことは明白だ。じつのところ、委任状の取り扱いや採決方法など株主総会に関する事細かな実務について厳密な法律的定めはなく、各社統一のルールもない。こと採決方法に限れば公正さが担保されているなら議長の裁量に委ねられており、それゆえ事前に賛否が決していれば当日は拍手や挙手で会場の株主に賛否を問うことも許容されているのが実際だ。

 大阪高裁は総会における株主意思の確認を最も重視した上で、そうした裁量的な実際面に立てば関西スーパーによる今回の取り扱いは適法であるとの判断を示した。最高裁も「議決権行使者の意思が賛成するものであることが明確であった事等……原審(=大阪高裁)の判断は結論において是認することができる」と判示している。

 これらに比べると、神戸地裁の判断は寄せ集めたそれぞれのルールに縛られた四角四面の色彩が濃い印象だ。「棄権」と「不行使」の違いがアナウンスされていたことを重視し、個々の行為に民法の委任契約や会社法の包括的職務執行権限(男性は副社長ではあるものの代表取締役に任じられていた)を当てはめ、事前の議決権行使書を無効とし、かわりに当日の投票用紙の記載を優先するとした判断は、どこか窮屈だ。

 投票時の男性の行動は関西スーパー側の説明不足から生じた側面もあるが、これについて大阪高裁は「(その)責めを……無理からぬ誤認により議決権を行使した株主に負わせるのは相当でない」とし、どことはなしに神戸地裁の判断をたしなめている。一連の司法判断の捻れをめぐっては今後も議論が続くことになるだろうが、個別事案ごとの固有の事情によって司法判断は異なってしかるべきだし、それを前提とすれば、大阪高裁による今回の判断は血の通った人間味を感じさせるものと言えなくもなく、どこかほっこりさせられる。

グループ企業同士の相互不可侵

 さて、今回の騒動はもうひとつ、食品スーパー業界で歴史的に積み重ねられた背景事情を垣間見せるものでもあった。

 じつは件の60代男性が役員を務めるのは関西スーパーの同業者だ。業界中堅で東証1部上場のリテールパートナーズの傘下にある丸久(山口県防府市)がそれである。男性、つまり清水実氏は、丸久の副社長兼管理本部長兼グループ管理部長であり、リテールパートナーズでは専務の座にある。丸久は山口を中心に約90店舗、同じ傘下のマルキョウ(福岡県大野城市)は福岡中心に九州全域で約85店舗を展開している。

 丸久が関西スーパー株を持ち、会社提案に強い賛成の意思を示したのは、おそらくは両社が「オール日本スーパーマーケット協会」(AJS)に加盟する企業同士だったからと思われる。1962年に設立され、現在、57社が加盟するAJSはプライベートブランド(PB)の「くらし良好」を共同開発するなど会員間の結びつきが強い。「全国スーパーマーケット協会」や「日本スーパーマーケット協会」と、ほかにもよく似た名称の団体が存在するが、業界全体を網羅するそれら一般によくある団体とAJSとは機能面で一線を画している。

 食品スーパー業界には同様の集まりが少なくない。代表格は共同仕入れ会社「日本流通産業」を核とする「ニチリウグループ」(加盟・15社・3生協)や、同じく「シジシージャパン」が核の「CGCグループ」(加盟・206社)だ。ニチリウグループの代表企業はライフコーポレーションや平和堂など。CGCグループはアークスやアクシアルリテイリング(原信やフレッセイを運営)といったところである。

 全国各地の個人商店から有力企業が続々生まれた食品スーパー業界では、昔の戦国時代さながらの陣取り合戦が繰り広げられてきた。合従連衡が進みイオンとセブン&アイ・ホールディングスの2強がリードする現在もそれはさほど変わらない。地方密着度が高い生鮮品や日配品が主力アイテムである以上、ローカルチェーンにはそれなりの強みがあり、ナショナルチェーンといえども、そう簡単に全国平定ができる話ではない。そんな群雄割拠の業界だからこそ、大手への対抗策として各地のチェーンが共同仕入れなどを通じ同盟関係を結ぶ例がいくつか見られてきた。それが先述したニチリウグループやCGCグループ、それにAJSだ。

 それらは同時に相互不可侵同盟でもある。例えばニチリウグループの場合、かつて滋賀と岐阜の県境には高い壁が聳えていた。地理的にいえば、関ヶ原あたりだ。滋賀が地盤の平和堂は地元でかなり高いシェアを誇り、裏を返せば店舗網は飽和状態に近かったが、そこより人口密集度が高い岐阜や愛知に進出することはなかった。同じニチリウ系のグランドタマコシ(愛知県一宮市)が店舗網を築いていたからだ。このため平和堂が当初打って出たのは北陸だった。

 が、時は流れやがてグランドタマコシは競争力を失い経営不振に陥る。結局、2004年に倒産。この時初めて平和堂は店舗網の譲り受けスポンサーに名乗りを上げ、岐阜・愛知に進出することとなる。今や両県では22店舗を展開中だ。他方、同じニチリウ系で和歌山と三重を地盤とするオークワもグランドタマコシ倒産後に東進を本格化。2008年に名古屋が本社のパレを子会社化するなどして、現在、愛知・岐阜で28店舗を数える。

 もっとも、両県が問答無用の草刈り場になったかというとそうでもないようだ。平和堂、オークワ両社の店舗網を子細に眺めると、それぞれの店舗の商圏はあまり重なっていないともされる。グループ企業同士の相互不可侵が今も保たれているのかもしれない。

 とはいえ、ここ十数年でニチリウなど食品スーパー同盟は徐々に大手に切り崩されつつあるのが実情だ。茨城県発祥のカスミはイオンとの提携を機に2004年、ニチリウグループを脱退。現在はマルエツやマックスバリュ関東とともにユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスを形成している。東京が地盤のいなげやも同じ経緯を辿り、2005年に離脱している。同様に埼玉が地盤のベルクは2006年にCGCグループを脱退。中国・四国に幅広く展開するイズミはセブン&アイと提携した後の2020年にニチリウグループから離れた。

 AJSを見ても各社は独自に生き残りの道を模索し始めている。思いがけず騒動の発端を作ったリテールパートナーズは2018年、岐阜を地盤に急成長を遂げた独立系のバローホールディングス、それに北海道が地盤でCGC系のアークスという、店舗網の重複が当面起きそうにない同業と3社間の資本業務提携を結んでいる。そして関西スーパーは百貨店中心のエイチ・ツー・オー傘下での生き残り策を選んだ。独立系のオーケーの提案を蹴った末のことだ。

 振り返れば、結果的に関西スーパーはAJS仲間の丸久の賛成票で最後、薄氷の勝利を掴んだ格好だ。AJSやニチリウといった集まりは現実の国際社会でいえば、北大西洋条約機構(NATO)をはじめとする集団安全保障体制みたいなもの。時代の変化によって業界の構図は大きく刷新されつつあるが、それでも今回の攻防劇は業界特有の安保理論が今なお健在なことを垣間見せたものだったといえそうだ。

(文=高橋篤史/ジャーナリスト)

高橋篤史/ジャーナリスト

高橋篤史/ジャーナリスト

1968年生まれ。日刊工業新聞社、東洋経済新報社を経て2009年からフリーランスのジャーナリスト。著書に、新潮ドキュメント賞候補となった『凋落 木村剛と大島健伸』(東洋経済新報社)や『創価学会秘史』(講談社)などがある。

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