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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ウクライナ侵攻、ロシア発「石油危機」の兆候…原油価格が高騰、長引く様相

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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ロシアの首都モスクワ(「gettyimages」より)

 3月1日の米WTI原油先物価格は一時1バレル=106ドル台となり、2014年6月以来の高値を付けた。欧米諸国が経済制裁を科し、ロシアからの原油供給が滞る可能性が懸念視されているからだ。ロシアの大手銀行を国際決済網である国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除することが決定され、ロシア産原油の買い手が金融機関からの信用状を取得することなどが困難になりつつある。

 国際的に原油価格が高騰しているのにもかかわらず、ロシアの代表的な油種「ウラル」は値下がりし、国際指標との価格差が1バレル当たり10ドル以上と過去最大の水準となっている。それでもなかなか買い手が見つからない。2月28日付ロイターは「ロシアの石油会社スルグトネフテガスが20万トンの原油の入札を実施したが、買い手が応札しなかった」と報じた。多くの原油タンカーがロシアへの寄港をためらっていることが影響している。ロシアの原油輸出量は日量約500万バレル、そのうち3分の2がタンカーで供給されているが、黒海では複数の商船が砲撃を受けたことから、原油タンカー用船料はロシアのウクライナ侵攻開始後、2倍以上に跳ね上がっている。

 戦争資金を提供することになるとの理由で、ロシア産原油の購入を見合わせる動きも生じている。カナダ政府は2月28日、ロシア産原油の輸入を禁止すると発表した。一方、中国企業が買い手がつかないロシア産原油を安値で買い入れるとの観測も出ている。米国がイランなどに制裁を科した際に見られたパターンが繰り返されるというわけだ。

 中国はこのところイラン産原油を日量約50万バレル輸入しているが、人民元建ての決済を行っているといわれている。中国の原油輸入量(日量1000万バレル超)のうち、ロシアからの輸入量は約150万バレルだ。中国への輸出増で欧米向けの輸出分(日量約300万バレル)をどれだけカバーできるかどうかは不明だが、バルト海や黒海からのロシア産原油の流れが大きく変わることは間違いない。

 ロシアの原油輸出収入は天然ガス輸出収入の2倍を超える。国家財政の根幹を担っている原油輸出が大打撃を被れば、日米欧の金融制裁で信用危機に直面しているロシアの原油生産が完全にストップしてしまうリスクも生じてしまう。世界の供給の1割を占めるロシア産原油をその他の産油国が埋め合わせることは不可能だ。

OPECプラスが抱える事情

 このような非常事態を踏まえ、国際エネルギー機関(IEA)は3月1日、6000万バレルの原油の協調放出を決定した。IEAの協調放出はリビア情勢の悪化による供給不足で原油価格が1バレル=100ドル超えとなった2011年以来、11年ぶりのことだ。だが、「ロシア発石油危機」という未曾有の事態への対策としては小粒の感が否めず、原油価格の高騰を抑えることはできなかった。

 世界の原油供給の4割を占めるOPECプラス(OPECとロシアなどの大産油国で構成)は、バイデン政権の再三にわたる増産要請に反して、これまでの方針を変えるそぶりを見せていない。ロシアのウクライナ侵攻という異常事態が発生しても、3月4日の会合では「4月も日量40万バレルの増産を行う」ことに合意するとされている。

 OPECプラスにも事情がある。投資不足のせいでナイジェリアなどの原油生産量が伸び悩んでいる。実際の原油生産量が目標水準に達しないことが常態化しており、1月の未達量は日量97万バレルに拡大した。

 OPECプラスが方針を変更しない背景には、OPECの雄であるサウジアラビアが米国よりもロシアとの協調を重んじていることが関係している。米国の同盟国であるサウジアラビアはロシアのウクライナ侵攻についての非難声明を出していない。サウジアラビアの人権侵害を批判する米国のバイデン政権よりも、5年にわたるOPECプラスの取り組みで得られたロシアとの信頼関係を重視しているように思えてならない。

 国内の治安悪化のせいでリビア(日量20万バレル)やイラク(日量50万バレル)の原油生産量が減少しているのも気になるところだ。バイデン政権はイラン核合意の再建協議に積極的になっていたが、ロシアのウクライナ侵攻が暗い影を落としている。合意が成立すれば、日量100万バレル以上のイラン産原油が国際市場に供給されることから、原油価格の押し下げ効果が期待されていたが、合意が近づいていたタイミングで軍事衝突が起き、米国やイランが大きな政治的決断を下すのが難しくなっている。

シェールオイル増産が困難

「原油価格が上がればシェールオイルがすぐに増産される」といわれていたが、米国の原油生産量は日量1160万バレル前後とコロナ禍前の最高値(日量1310万バレル)に遠く及ばない状況が続いている。開発費用を負担した投資家からの配当要求が高まっている昨今、シェール企業は増産に向けた取り組みを行うことが難しくなっているからだ。生産コストの急上昇や労働不足が増産の足かせとなっている。

 バイデン政権は発足以来、国内の石油開発を抑制する措置を講じてきたことから、シェール業界からは「原油価格の高騰を抑えるためにバイデン政権が増産要請してきたとしてもこれに応ずるつもりはない」との反発の声も聞こえてくる。

 世界の原油需要が急速に回復する一方、原油供給は今後伸び悩む可能性が高い。需要が減少しない限り、価格高騰は続くのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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