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江川紹子の「事件ウオッチ」第201回

【江川紹子の懸念】厚労省「村木厚子さん事件」再び?…繰り返される冤罪と、法律の“穴”

文=江川紹子/ジャーナリスト
検察庁パンフレット
「真実を見つめ 社会正義の実現のために 犯罪に立ち向かう」ことを謳っている検察庁だが、村木厚子さん事件への反省は、今のところ見られないようだ。(画像は検察庁パンフレット)

 学校法人の資金21億円を横領したとして大阪地検特捜部に逮捕・起訴され、無罪が確定した東証一部上場の不動産会社「プレサンスコーポレーション」(大阪府大阪市)の前社長、山岸忍さんが、事件関係者への取り調べに違法性があったとして、検事2人を特別公務員暴行陵虐罪や証人威迫で最高検に告発。さらに、事件の主任検事を含めた検事4人の罷免を求めて、法務省の検察審査会に審査を申し立てた。山岸さんは「もう二度と冤罪を起こしてほしくない」と、訴えに至った思いを語っている。

「あなたは大罪人ですよ」…威嚇的かつ誘導的な検察の取り調べ

 本件では、現職の社長が逮捕されたため、プレサンス社の株価は一時暴落。山岸さんは自身が創業した会社の代表取締役を辞任し、株を手放さざるをえなくなり、ほかにも経済的身体的精神的な打撃を被った。損失は79億円を下らないとしたうえで、その一部7億7000万円の賠償を求める国賠訴訟も提起した。

 告発状などによると、山岸さんは、部下のK同社元部長と別の不動産会社のY社長から、学校法人明浄学院が校地を売却して学校を移転し、経営を再建するつなぎ資金として18億円の貸し付けを依頼された。同法人の校地は、立地や広さからマンション用地として注目されており、プレサンス社も土地の仕入れ交渉をしたことがあったことから、山岸さんは個人の資金で18億円を貸し付けた。ところがその金は、後に同学校法人理事長となるOが経営権を取得するための買収費用として使われ、O元理事長は返済のために同法人の金を使い込んだ。

 2019年12月5日、大阪地検特捜部はO元理事長、K元部長、Y元社長らを逮捕。K元部長とY元社長は逮捕当初、山岸さんには18億円の本当の使途を明かさず、学校法人への貸し付けだと説明していたと供述していた。この供述内容は、山岸さん自身の記憶にも付合し、特捜部のプレサンス社の家宅捜索では、それを裏付ける客観証拠も見つかっていた。

 しかし大阪地検特捜部は、山岸さんをこの巨額横領事件の黒幕、あるいは首謀者と見立てていたようだ。同月17日付け読売新聞夕刊は、「大阪地検特捜部は、(中略)山岸容疑者が事件を主導したとみて調べている」と書いている。告発状などによると、同特捜部はK元部長やYらの供述を虚偽と決めつけ、聞く耳を持たずに、検察の筋書きに沿う供述を求めた。

 たとえば、K元部長の取り調べに当たったT検事は、次のような発言をしている。

「あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ」
「(事件のために)会社が非常な営業損害を受けたとか、株価が下がったかとかいうことを受けたとしたら、あなたはその損害を賠償できます? 10億、20億じゃすまないですよね。それを背負う覚悟で今、話をしていますか」
「私がなるほどって思う話が出てこないとおかしいですよね。でも、今の山岸さんに対する話って、全然なるほどじゃないですよ(中略)本当の真実の話をしたら、なるほどってなる話になるはずなんです(中略)あなたの言った通りの話を信用するわけにはいかないです。それじゃあちょっと駄目ですよ」

 さらに、T検事は怒鳴ったり机を叩いたりしたほか、さまざまな威嚇的、あるいは誘導的な取り調べを行った。こうした検事の言動は、山岸さんの弁護団が刑事裁判の準備の際、検察側が開示した取り調べの録音録画記録で確認した。

 Y元社長の取り調べを行ったS検事は、山岸さんの関与を供述しなければ、O元理事長と同じ刑事責任を負うことになるなどと述べて、検察の見立てに沿う供述を要求。すっかり恐怖したY元社長は、「全部協力してしゃべる。助けてください」と検事に哀願した。

 2人とも、山岸さん関与の供述調書の作成に応じたが、Y元社長は裁判で調書の内容を撤回。K元部長は捜査段階の供述を維持したが、大阪地裁は「故意に虚偽供述をしている可能性が高い」として、その信用性を退けた。

 山岸さんの代理人のひとり、秋田真志弁護士は「客観証拠を無視し、検察の見立てに沿うよう関係者の供述をねじ曲げたのは、『村木事件』とまったく同じ構造だ」と指摘する。

「村木厚子さん事件」の反省はどこへ? 繰り返される違法取り調べ

 厚生労働省局長だった村木厚子さんが、郵便不正事件で逮捕されたのは2009年。山岸さんが逮捕される10年前だ。

「構図が同じうえ、10年経っても検察の体質が変わっていない、という深刻さが加わった」と秋田弁護士。

 どちらも同じ大阪地検特捜部の事件だが、大阪特有の問題、というわけではなさそうだ。今回の事件でK元部長を取り調べたT検事は、前任地は東京地検で、2019年4月に大阪地検に赴任したものの、わずか1年で東京地検に戻っている。「桜を見る会」事件での安倍晋三元首相の不起訴処分、賭けマージャンで告発された黒川弘務・元東京高検検事長の不起訴処分など東京地検特捜部の仕事に携わり、2021年4月には東京高検に異動した。

 村木さんの事件では、主任検事が証拠の改ざんをしていたことが発覚し、最高検が村木さんに謝罪、事件の検証も行われた。しかし、山岸さんには謝罪はなく、事件についての検証などが行われているフシもない。

 山岸さんは、「私は冤罪で、創業した会社とたくさんのマンションを建てて人々を幸せにしたいという夢を奪われた。検察はこのまま変わらず、また冤罪が起きてしまうと危惧している」と述べ、「二度と冤罪を生まないように」という思いで一連の訴えを起こした、と語る。

 とりわけ検事らに対する責任追及を重視している。刑事告発を最高検が不起訴で終わらせた場合には、検察審査会に申し立てるほか、裁判所に直接刑事裁判の提起を求める付審判請求を起こす構えだ。これは準起訴手続ともいわれ、特別公務員暴行陵虐罪はその対象になる。

弁護士の手足を縛る「検察官開示証拠の目的外使用禁止」

 今回の事件は、刑事事件の証拠に関する制度の欠陥もあぶり出した。

 ひとつは、違法な取り調べの抑止効果が期待されて導入された録音録画には、限界があることが明らかになったことだ。この事件では、逮捕後の被疑者の取り調べはすべて録音録画されていた。だが、それだけでは一定の筋書きに沿った供述を押しつける取り調べは防げなかった。

 弁護人が取り調べに立ち会えるようにするなど、新たな対策が必要だ。長時間にわたる取り調べも一因だろう。取り調べが長時間に及べば、録音録画の記録も長時間にわたる。事件関係者が多ければ、弁護人が動画のすべてを精査するのは難しくなる。検察もそのことをわかっているので、「自分の言動が見られる」という緊張感に乏しいのではないか。

 プレサンス事件では、本人のほかに合計140時間に及ぶK元部長とYの取り調べの映像記録をすべて弁護団がチェックし、文字起こしして精査したことで、検事の取り調べ態度が明らかになった。こうした作業には膨大な手間と時間と費用がかかり、誰もができる話ではない。

 しかも、2004年の法改正によって刑事訴訟法に付け加えられた、「検察官開示証拠の目的外使用禁止」の条項が、弁護士の手足を縛る。これは、弁護人や被告人が刑事裁判の準備以外に証拠を使用することを一律に禁じる規定だ。証拠類がインターネットなどを通じて流布され関係者のプライバシーが毀損されるのを防ぐためという名目で導入され、罰則もある。弁護人の場合は、対価を受け取らなければ刑事罰の対象にはならないが、検察が「目的外使用」があったとみなせば弁護士懲戒を申し立てるなどするため、著しい萎縮効果が生じている。

 この条項が導入されて以降、冤罪を訴える事件でも、弁護人がその根拠をジャーナリストに示したり、あるいは民事の裁判所に提出したりすることが難しくなった。

 刑事裁判で採用され、記録に綴じられた証拠は、「目的外使用」の縛りからは外れるものの、いったん判決が確定されると、その記録はすべて検察庁の保管となる。

 山岸さんの刑事裁判では、証拠採用された取り調べ動画は、K元部長の取り調べ48分のみ。それ以外はすべて「目的外使用禁止」の対象になる。そのうえ、証拠採用された48分についても、山岸さん側には法律上、保管記録をコピーする権利はなく、規定があるのは「閲覧」のみだ。動画のコピーを許すかどうかは、保管検察官の裁量次第ということになる。

「違法な取り調べ」の隠ぺいを可能にする、現制度の欠陥を正せ

 今回の国賠の代理人弁護士は、刑事事件の弁護人でもあったので、取り調べの動画は手元にある。にもかかわらず、国賠訴訟の裁判所にそれを提出できず、保管検察官にコピーをお願いするしかない、というのは、いくらなんでもおかしいのではないか。

 刑事裁判で証拠採用されなかった分は、確定記録を利用することもできない。そのため国賠訴訟では、K元部長、Y元社長、それに山岸さんの取り調べの録音録画映像を国側から証拠として裁判所に提出することを求めている。

 国の費用で作成された証拠なのに、弁護人だった者が、元被告人の権利を守るためには使えず、検察だけが利用可能という制度はいびつだといわざるを得ない。国民の知る権利に照らしても、検察の取り調べがどのようになされているのかを確認する機会を奪われている事態は、正されるべきだろう。

 代理人のひとりで、刑事事件の主任弁護人だった中村和洋弁護士は記者会見の際、「ここで動画を流せれば、それを見た皆さんは皆(検事を告発した山岸さんと)同じ思いになるはずです」と述べた。それくらいひどい取り調べが行われている、とのことだが、確かに、被疑者にどれだけの圧力が加えられたかは、発言の一部の文字起こしだけでは十分にわからない。

 秋田弁護士は次のように問いかける。

「刑事裁判に提出されない証拠のなかにも、重要なものがたくさんある。それも公判で(証拠採用されて)取り調べられないと、明らかにできない。証拠類の扱いに一定の制限は必要だが、検察が手にした証拠を、このように囲い込んで(弁護士の利用を)縛るのは、本当に正当なのか。これでは、検察は違法なことでも隠せてしまうことになりかねない」

 村木さんの事件を契機に、取り調べの録音録画の規定を盛り込んだ改正刑事訴訟法が施行されたのは2019年6月。この法改正の際、次のような附則が加えられた。

〈政府は、この法律の施行後三年を経過した場合において、取調べの録音・録画制度の在り方のほか、この法律による改正後の規定の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる〉

 今年は、その3年めに当たる。政府が自発的に「所要の措置」を講じないのであれば、国会が問題にし、法律の欠陥を正していく必要がある。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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