「新聞の経営、編集管理者は常時編集権確保に必要な手段を講ずると共に個人たると、団体たると、外部たると、内部たるとを問わずあらゆるものに対し編集権を守る義務がある。外部からの侵害に対してはあくまでこれを拒否する」
「編集内容を理由として印刷、配布を妨害する行為は編集権の侵害である」
一般社団法人日本新聞協会が1948年3月16日に公表した「編集権声明」はそう述べる。新聞社に就職し、記者職に就いた社員全員に配布される『取材と報道』(日本新聞協会)にも明記されている“新聞人の常識”なのだが――。
朝日新聞社は7日、朝刊1面に記事『朝日新聞社編集委員の処分決定 「報道倫理に反する」 公表前の誌面要求』を掲載した。同記事によると、外交・米国・中国を専門とする編集委員の峯村健司記者(47)が、「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社)編集部の関係者に、同編集部が企画した安倍晋三元首相のインタビュー原稿を掲載・公表前に見せるように要求したと指摘。「報道倫理に反し、極めて不適切だ」として、同記者を停職1カ月の懲戒処分とし、編集委員の職を解くと発表した。ダイヤモンド編集部から「編集権の侵害」の申し立てがあり、同社が調査していたのだという。また「峯村記者はこの問題の以前から退職の準備を進めており、20日に退社を予定している」という。
一方、峯村記者は同日、ブログサービス「note」上で、『朝日新聞社による不公正な処分についての見解』との反論記事を公開。朝日新聞の処分を不当とした上で、同社から「転職妨害を受けた」などと主張した。峯村記者は以下のように語る。
「私は、最大の政治トピックの一つになっているニュークリアシェアリング(核共有)について、重大な誤報記事が掲載されそうな事態を偶然知り、それを未然に防ぐべく尽力し、幸いにして、そのような誤報は回避されました。
朝日新聞社は、そのような私の行為について、『特定の個人や勢力のために取材・報道をしてはならず』『取材先と一体化することがあってはならず』といった社内で定めた朝日新聞記者行動基準に反するとして、『停職1ヵ月』の処分をくだしたものです」(原文ママ、以下同)
一方で、朝日新聞は社内調査の結果として、次のように報じる。
「ダイヤモンド編集部は外交や安全保障に関するテーマで安倍氏にインタビューを申し入れ、3月9日に取材を行った。取材翌日の10日夜、峯村記者はインタビューを担当した副編集長の携帯電話に連絡し、『安倍(元)総理がインタビューの中身を心配されている。私が全ての顧問を引き受けている』と発言。『とりあえず、ゲラ(誌面)を見せてください』『ゴーサインは私が決める』などと語った。副編集長に断られたため、安倍氏の事務所とやりとりするように伝えた。記事は3月26日号(3月22日発売)に掲載された」
同社の社内調査で、峯村記者は「安倍氏から取材に対して不安があると聞き、副編集長が知人だったことから個人的にアドバイスした。私が安倍氏の顧問をしている事実はない。ゲラは安倍氏の事務所に送るように言った」と述べたという。
「ジャーナリストとして誤報を防ぎたかった」
一方、峯村記者は以下のように主張している。長文だが重要な部分なので、原文ママで引用する。
《事の発端は、3月9日、安倍晋三議員が週刊ダイヤモンドの記者(以下、「A記者」)から独占インタビューを受けた際、A記者がニュークリアシェアリング(核共有)について重大な誤認を前提としたような質問がなされたことに始まります。
私は、中国問題をはじめとした安全保障分野の知見があることから、かねがね政府高官らから相談を受けることがあり、安倍氏にも外交・安全保障について議員会館で定期的にレクチャーをさせていただいていました。安倍氏が首相特使としてマレーシアに向かう前日の3月9日も、ロシアによるウクライナ侵攻など最近の国際情勢について説明をしていました。
その際、安倍氏から「先ほど週刊ダイヤモンドから取材を受けた。ニュークリアシェアリング(核兵器の共有)についてのインタビューを受けたのだが、酷い事実誤認に基づく質問があり、誤報になることを心配している」と相談を受けました。A記者からは、ニュークリアシェアリングについて、「拡大抑止と概念的に同じ」「日本と韓国による拡大抑止」といった発言のほか、あたかも中国と北朝鮮がニュークリアシェアリングしているともとれるような誤認をしたままの質問がなされていたそうです。
安倍氏からA記者の名刺が提示されました。私はA氏とは約2年前からの知り合いで、今年1月には、A氏のインタビューを受けてダイヤモンド誌に掲載されています。昨年12月の段階では朝日新聞を辞職する意向を伝えており、辞職後には同誌への執筆と書籍の出版を相談していた程の仲でした。なお、A氏は外交・安全保障を専門分野とする記者ではなく、ニュークリアシェアリングについての正確な知識がないことも想像できるものでした。
そして、安倍氏からは「明日朝から海外出張するので、ニュークリアシェアリングの部分のファクトチェックをしてもらえるとありがたい」と言われました。安倍氏との面談後、安倍事務所の秘書からも「A記者から 3月13日までに修正をしてほしいといわれた。しかし、明日から代議士が出張に行くので、確認が確約できない、と伝えたが、『紙面に穴を開けるわけにはいかないから掲載を強行する場合もある』と言われ、対応に困っている」と相談されました》
そのうえで峯村氏は「私はひとりのジャーナリストとして、また、ひとりの日本人として、国論を二分するニュークリアシェアリングについて、とんでもない記事が出てしまっては、国民に対する重大な誤報となりますし、国際的にも日本の信用が失墜しかねないことを非常に危惧しました」「また、ジャーナリストにとって誤報を防ぐことが最も重要なことであり、今、現実に誤報を食い止めることができるのは自分しかいない、という使命感も感じました」などと述べ、「A記者に対し、事実確認を徹底するよう助言した」という。
A記者から反発されたが、「私も重大な誤報を回避する使命感をもって、粘り強く説得しました」という。そのうえで、「『全ての顧問を引き受けている』と言ったのも、安倍氏から事実確認を依頼されていることを理解してもらうためでした」と弁明した。
また朝日新聞の処分について、自身が一回も政治部に所属したり政治取材に関わったりしたことはないと主張。「安倍氏に対して取材や報道はもちろん、やりとりをメモ書きにしたこともない」「完全に独立した第三者として専門的知見を頼りにされ助言する関係であった」などと述べ、「政治家の不祥事や批判記事に介入したわけではなく、ジャーナリストとして致命的な誤報を阻止しようとした」と記した。
また懲戒処分が下される前に、朝日新聞社退職後の峯村氏の複数の転職先に対し、“処分を事前通告していた”などと反発。「転職妨害の強い意図を感じ、恐怖にすら思っています」などと批判している。
ダイヤモンド編集部「編集権の侵害、残念でならない」
当編集部がダイヤモンド社総務部に一連の事実関係の確認と社としての見解を求めたところ、「朝日新聞さんの報道の通りです」と述べた上で、山口圭介ダイヤモンド編集長のコメントを以下のように述べた。
「ダイヤモンド編集部が行った安倍晋三氏へのインタビュー記事について、朝日新聞の編集委員から編集権の侵害行為があったのは事実であり、私たちはその介入を明確に拒否しました。メディアは常に権力との距離感を強く意識しなければならず、中立性を欠いた介入があったことは残念でなりません」
今回の騒動と峯村氏の反論に対し、朝日新聞社関係者からも困惑の声が聞かれる。同社の元記者は次のように語った。
「あってはならないことですが、どこかのメディアが誤報を掲載したら、掲載した社が調査し、訂正するのが筋です。別の社はそれぞれ自社の紙面でその誤りを指摘します。多くのメディアや読者が相互に報道内容を検証し合いながら、誤報は淘汰されていくものです。
峯村さんは、朝日新聞による慰安婦報道を『誤った証言に基づいた報道が国内外に広まり、結果として日本の国益を大きく損なった誤報でした』と指摘し、一連の行動を正当化しようとしています。
確かに紙面に誤報が掲載されることを、我々は全力で防がなくてはなりません。ですが、朝日新聞の記者である限り、あくまでも朝日新聞の紙面でやるべきことです。他メディアの編集活動に自由に介入していいことにはなりません。退職後にダイヤモンド社と仕事をする予定があったとの記載もありましたが、トラブル発生時に同編集部から監修委託を受けていたわけでもなさそうです。
仮に今回のインタビュー取材に瑕疵があったとしても、それを正す責任持つのは週刊ダイヤモンド編集部です。事実確認の精査も、ダイヤモンド編集部が安倍晋三事務所とやり取りすべきことです。峯村さんが安倍事務所の人間ではないのなら、なおさらそんな仕事をする必要はなかったのではないでしょうか。正直、よくわかりません。
峯村さんは、新聞協会賞を受賞したベテラン記者ですし、外交に関する専門的な知識もお持ちです。ですが、すべてのジャーナリズムの体現者というわけではないでしょう。どれほど優れたジャーナリストであっても、完全無欠な人はいません。一個人が自身の主観で、自社以外のメディアの編集に介入し、『報道が出る前に内容を調整する』という作業に、危うさを感じずにはいられません」
朝日新聞は「転職妨害の事実はない」と否定
峯村氏は「誤報を防ぐためなら他社の編集権に介入してもよい」とも取れる主張をしている。朝日新聞は会社として「編集権」についてどのような考え方を持っているのだろうか。また、峯村氏が指摘する「転職妨害」にあたる事実はあったのか。同社広報部に以下のように問い合わせ、それぞれ回答を得た。
Q.「他社の編集権」に関し、どのような方針をお持ちですか。
「記事の内容をどうするかは、それぞれのメディアが判断することと考えます」
Q.峯村氏は御社が「転職先に処分を事前通告していた」「転職妨害の強い意図を持っていた」などと主張していますが、そうした指摘は事実でしょうか。
「ご指摘のような事実はありません」
(文=Business Journal編集部)