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松岡久蔵「ANA105便の真実―CAはなぜ帰らぬ人となったのか」(4)

「提出書類も読まず」大田労基署、遺族へ調査せず労災不支給決定、ANAからの情報のみで

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
「提出書類も読まず」大田労基署、遺族へ調査せず労災不支給決定、ANAからの情報のみでの画像1
東京労働局のHPより

 2019年1月10日、全日本空輸(ANA)の米国ロサンゼルス発羽田行き105便で50代の客室乗務員(CA)のTさんが乗務中に脳出血を発症し昏睡、帰らぬ人となった。真相を明らかにしようと遺族で夫のAさんは労災申請に踏み切ったが、所管する労働基準監督署からは聞き取り調査が一度も実施されなかったなど、不誠実な対応を受けたという。本稿では、Aさんの証言などに沿って詳細を明らかにしていく。

ANAにお膳立てされた労災申請では認定されないと確信し、自ら申請へ

 Aさんは19年2月に羽田空港の労働事件を監督する大田労働基準監督署(東京都大田区)をANA社員と訪れた。その際、労基署の担当職員が「とにかく労災認定は時間がすべて」と、本連載(2)で報じたTさんの過酷な労働環境を考慮しようとしなかった。Aさんが「脳疾患の認定を決める不規則勤務など7つの負荷要因(当時)のうち、労働時間以外の6つが妻に当てはまっている」とただすと、「時間以外は『絵に描いた餅』だ」と切り捨てたという。

 本連載(1)で報じたとおり、ANAが労基署に提出した報告書は、新千歳空港から羽田空港への針路変更の事実がすっぽり抜け落ちていたこともあり、不信感を募らせたAさんは、ANAにお膳立てされたかたちでの申請では労災は認定されないと考え、自ら弁護士を立て申請することを決めた。この途端、ANAがAさんに非協力的な態度に豹変したことは、本連載(3)ですでに報じた通りである。

労基署は一度も聞き取り調査せず、提出書類も職員「斜め読みしかしてない」と発言

 Aさんは自力で時間をかけて証拠の書類を集め、21年1月6日に大田労基署に労災申請した。その後、労基署の担当者が替わるため、年度末の3月30日に弁護士を伴って面談に訪れた。前回の対応に不信感を募らせたため、きちんとした引き継ぎと追加調査を求めるためだった。その際の不誠実な態度が、Aさんをさらに失望させることになった。以下はAさんの証言。

「担当職員がのっけから『4月から担当から外れるので、提出された書類は今の時点で、斜め読みしかしていない』と言い切るのです。私が労災申請してから3カ月の間に一度も聞き取りに来なかったこともあり、じゃあ今まで何をしていたのだと思いました。案の定、妻の案件では労働時間以外はまったく調べておらず、私が質問しても他の内容は何も答えられなかった。一方でANAの労務担当とは話し合いをしていたようで、向こうに都合のよいことばかりを信じているようでした。著しく公平性を欠く対応だと思いました」

 Aさんは、これではまともな引き継ぎは行われないと確信し、その場で追加調査してもらいたい疑問点などをA4用紙3枚程度の後任者用メモとしてまとめてもらった。

労災不支給を突如宣告で既成事実化か、引き継ぎメモも後任職員「読んでいない」

 その後、6月7日付で労災不支給の決定が出るのだが、プロセスが不自然だった。Aさんは6日に弁護士から「労基署からあと1週間程度で結果が出るとの連絡をもらった」と伝えられた。Aさんは「まだ時間があるなら念押しに行こう」と翌7日午前中に労基署を訪れたところ、新しく担当となった職員から突如、不支給決定を告げられた。職員は決定理由について「認定基準に達していなかった」とだけ説明し、具体的な理由は答えず、「もう決まったことだから覆らない」と強弁したという。Aさんはこの時の様子について以下のように振り返る。

「そもそも不支給決定の前日に『あと1週間程度で決まる』と連絡しておいて、その翌日に訪れたら『もう決定した』というのは辻褄が合わず、あまりにおかしな対応です。この担当職員の受け答えから、妻の案件をまともに理解しているとは思えませんでした。さらに、前の担当からの引き継ぎメモを読んだかどうか確かめると、『もらっていないから読んでいない』と言い出す始末。労働時間以外の要素をまるで考慮していないから、こういう対応になるのだと呆れました」

 実際、この担当職員は引き継ぎメモだけでなく、Aさんが労基署に提出した書類も見ておらず、TさんとANA105便に同乗した同僚への聞き取りや、105便がなぜ新千歳空港に着陸寸前で羽田に方向転換したのかといった背景調査なども一切行っていなかったという。

 上司の課長が「私が決裁した」と助け舟に入ってきた。Aさんが「決裁したなら妻の案件をきちんと把握していますよね」と確認したところ課長は、105便がロサンゼルス発羽田着であるにもかかわらず「ニューヨークからの帰国便」と冒頭から間違った発言をするなど、基本的な事実関係すら理解していなかったという。

 この一連の不誠実な対応にAさんは「当初の連絡の仕方などから見て、不支給決定をさっさと既成事実にして、私にこれ以上、労災申請を続けさせないようにする意図を強く感じた」という。

 1回目の労災申請で不支給が決まったAさんは、すぐに次の段階である審査請求に進んでおり、現在、結果を待っている状況だ。

労働者の側であるべき労基署がANAからの情報のみにより労災判断か

 本来、労基署は労働者の側に寄り添うべき公的機関であり、その職員は安全配慮義務などに基づいて企業が労働者の権利を侵害していないかを厳しくチェックしなければならない。しかし、今回の大田労基署の担当職員の対応を見ると、最も基本的なANA105便の関係者への聞き取り調査はもとより、プロとしての技量が試されるはずの背景の調査や分析などはまったくなされていなかった。ANAの労務担当社員には聞き取りをして、Tさんの遺族であるAさんに一度も聞き取り調査をしていなかったという点など、企業側の味方をして労働者の権利を守らない職務怠慢だと批判されても仕方ないだろう。

ANAのロビイングがJAL経営破綻で加速、インバウンド全盛で労基署が忖度か

 Tさんの労働事件をめぐる大田労基署の不誠実な対応には、ANAの政治力が影響した可能性がある。現在の岸田文雄政権の磯崎仁彦官房副長官は、ANAのCSR推進室リスクマネジメント部⻑を経て政界入りしており、文部科学大臣の末松信介氏もANA出身だ。「航空業界のドン」である自民党の二階俊博前幹事長の後継者と目される三男(現在は二階氏の秘書)も新卒入社させ、関係を強めたことは永田町ではよく知られた事実である。これらの「戦果」により、昨年11月の政権発足時、永田町では「岸田内閣は全日空内閣だ」という声も一部で上がったほどだ。

 ANAのロビイング活動は宿敵の日本航空(JAL)が2010年に経営破綻した前後から10年程度で飛躍的に進んだ。「JALの経営再建を立て直しに当たった稲盛和夫氏が永田町、霞が関と距離を置く方針だったため、そのスキをついた」(ベテラン自民議員)。政治家以外にも羽田の国際線増枠に尽力した国交省航空局長経験者をANA常勤顧問に、政府専用機の運営企業の座をJALから奪った際の航空自衛隊最高幹部2人も特別顧問に迎え入れるなど、有力官僚OB受け入れにも積極的な姿勢を見せてきた。

 今回の大田労基署の対応も、大田区がこうした政治力のある企業のお膝元であることも無関係ではないのではないか。Tさんが亡くなった19年1月当時はコロナ禍前で東京五輪前のインバウンド全盛であり、もしTさんの労災が認められれば、ANAをはじめ航空業界全体が労働環境の整備を強いられることになり、インバウンド政策がスピードダウンする可能性は高かった。

 労基署もお役所である。ときの政治や大企業に忖度がなかったとは言い切れまい。当時の安倍晋三政権は「世界で最も企業が活躍しやすい国」を目指していたのだから、なおさらである

NY発羽田便の乗客の急病人発生では新千歳に緊急着陸、(1)乗員と乗客という身分、(2)時間帯の違いで救命対応に差か

 今月19日、ニューヨーク発羽田着のANA109便の乗客で急病人1人が発生し、新千歳空港に午後5時すぎに緊急着陸する事態が発生した。Tさんが搭乗していた105便とこの109便の大きな違いは、(1)乗客か乗員という身分、(2)着陸した時間帯(深夜早朝と日中)である。

(1)については、本連載(1)で「身内のCAだから」という理由でTさんの救命対応より定時運航を優先した可能性を指摘したが、その疑いがさらに強まったことになる。105便よりも国際線需要が急減した昨今では機材繰りにも余裕があったことも緊急着陸を容易にしたと見られる。

(2)は109便では真っ直ぐに新千歳空港に緊急着陸していることを見ても、多くの現地スタッフが勤務している日中の時間帯では国際線の突発事態に対応できる体制があることがわかる。ただ、105便のような深夜早朝帯では乗員乗客に同様の救命対応が行われるかという疑念はいまだに晴れたとはいえない。

 CAは乗客の安全を守る保安要員であるとともに、一人の人間でもある。乗員と乗客という身分差、時間帯の違いによって生死が分かれるということはあってはならない。ANAは早急に105便、109便の事例を徹底的に比較調査し、急病人対応についてより強固なものにすべきだろう。

Tさんの労働事案が明らかにした行政の怠慢

 Tさんの労働事案により、歴代ANA経営陣の国際線拡大を最優先にする経営方針の弊害はもとより、航空、労働に関わる行政の怠慢も浮き彫りになった。企業はそもそも利益を追求する組織であり、それ自体は否定されるものではない。重要なのは官公庁や公的機関がその活動が過ぎたものにならないよう、バランスを考えた上で規制をかけたり監督・指導したりすることである。

 今回指摘した大田労基署の不誠実な対応はもとより、本連載(1)で報じた通り、ANAの国際線の運航管理体制は現場のパイロットからも危ぶまれるようなずさんなものであった。このような実態を見過ごしてきた国交省、厚労省の責任は重い。

【本連載はこちら】

(1)「ANA経営陣の人災で妻を亡くした」CA昏睡で緊急着陸せず死亡、運航部門の指示に疑問

(2)ANA、CAが勤務中に死亡、連続6日の過酷労働…病歴申告も無視、国際線勤務に編入

(3)勤務中のCA死亡、ANAが葬式で隠蔽行為か、遺族が告白…報告書で事実を歪曲か

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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