IT業界では、インターネット第三の波となる「Web3.0」が押し寄せている。Web1.0時代にはインフォメーションハイウェイ構想により通信網を世界中に敷いてデータの往来を自由にし、Web2.0時代にはビッグデータビジネスが台頭した。
しかし、それがインターネット業界のGAFA支配を産んだため、Web2.0を進化させて非中央集権的なインターネットの仕組みを用いたWeb3.0を産み出そうと、若い起業家たちは躍起になっている。
そんな折に台頭してきたのが、Web3.0の延長線上にある「メタバース」と呼ばれる新しいインターネットの在り方である。新型コロナウイルスのパンデミックが始まり、インターネットを利用したウェブミーティング、リモートワーク、リモート飲み会など、今までとは異なるライフスタイルが「ニューノーマル」として定着し始めた。
インターネットで日常を過ごすことが「新しい常識」として広く遍く人々に浸透したタイミングで、仮想空間上にアバターとして過ごすメタバースがキーワードとして打ち出された。
メタバースの世界では、私たち人類が三次元仮想空間内でアバターとして活動し、仕事やソーシャルライフだけでなくショッピングからエンタメまで楽しむことができる。現実空間とほぼ同じ活動が実現できる、もう一つの空間をつくり上げようという流れが生まれ始めている。
メタバースがIT業界のビッグトレンドを形成しつつあるタイミングで、フェイスブックはメタバース空間でのサービスを連想させるような社名「メタ」に変更を行った。
メタバースはまだ曖昧な概念で、三次元の仮想現実空間内で人類はアバターとして生活するというイメージが持たれているだけで、定義というほどのものではない。日本バーチャルリアリティ学会では、以下の4つが要件とされている。
(1)三次元のシミュレーション空間を持つ
(2)自己投射性のあるアバターが存在する
(3)複数アバターが同一の三次元空間を共有することができる
(4)空間内にオブジェクトを創造することができる
重要なのは没入感、超臨場感と経済活動が可能であるということだ。そして、投資業界でもメタバースがテーマとして台頭し、ファンドが活発にこの分野に投資するようになった。
すべての情報の唯一の入口へ
メタバースが始まれば、インターネットの入り口はブラウザからメタバースへと集約されていくことが予想されており、そうなると現在、インターネットの入り口を牛耳っているIT業界の四騎士であるGAFAの存在が揺らぐだろうといわれている。
IT革命の頃は、インターネットが情報の世界に自由をもたらし、国境を越えた情報の往来が、独裁国家の言論統制で洗脳された人々を自由にすると信じられていた。
ところが、Web2.0以降のインターネットの世界というのは、パソコンやスマホなどのデバイスでブラウザを立ち上げると、グーグルやアップルのブラウザを立ち上げることになる。ネット上で検索しようとすると、ほぼグーグルの検索エンジンを利用する。グーグルの検索エンジンを利用すると、私たちはグーグルのサーバーに接続する。「友達と話そう」となると、フェイスブックのサーバーに接続する。買い物しようとすれば、アメリカ人の55%、日本人の40%のクリックはアマゾンのサーバーに入り込んでいく。
こういった構造を考えると、私たちはインターネットにアクセスして、自由な経路で自由に情報を得ていると思いこんできたのが、実際はGAFAのサーバーに閉じ込められてしまっているのだ。
今のインターネットの世界では、グーグルの検索エンジンの世界シェアは92%なので、グーグルが私たちに「見てもいい」と判断した情報しか見ることができず、リアルな情報交換で得られるような、統制されていない情報は得られない。
このGAFA時代からメタバースの時代に突入すると、どう変わるかというと、「Web3.0でインターネットのインフラを非中央集権型にして、情報を自由化しよう」というコンセプトから著しく逸脱し、「メタバースがすべての情報の入り口となる」日がやってくる。
メタバースを推進している人々は、メタバースを情報が得られる唯一の入り口、唯一の空間へとつくり上げようとしている。日々のニュース、ビジネスやプライベートでのメッセージ、ショッピングから支払いまで、すべてがメタバース経由となる。
そのため、IT業界ではベンチャーから中小企業までが、次のIT時代のリードを握ろうと必死に戦っている。
誰がメタバースを掌握するのか?
メタバースというキーワードが突如として台頭してきたように見えるが、かなり以前からGAFAや中国は、それにまつわる要素技術を収集している。
たとえば、フェイスブックはバーチャルリアリティを体験できるヘッドマウントディスプレイ企業のオキュラスを買収した。そして、中国通信企業大手であるファーウェイは3Dの技術を日本から盗んでいる。日本の某研究所にやって来ては研究成果を調べ上げ、多くのベンチャー企業を訪問して三次元映像技術にまつわる技術情報を収集していた。
メタバースを実現するためには、まだまだ技術的ハードルが高く、三次元映像技術や通信技術など、技術的にブラッシュアップしていかなければいけないところもあるので、本来の意味でのメタバース――人類がインターネット経由で三次元の世界に没入して過ごしているかのような体験が得られる空間――をつくり上げるまでには開発の時間を要するだろう。
メタバースが大きくなればなるほど、メタバースのインフラというのは半導体なので、世界の半導体製造の7割以上を握る台湾と中国が、メタバース台頭で伸びることになる。どんなにコンテンツ分野で頑張っても、映像もデバイスもチップが無いとつくれない。そうすると自動的に台湾と中国が経済的にどんどん強くなり、それ以外の国々は経済的に弱体化していく。韓国も半導体が強いが、日本が韓国に半導体素材を出さないように経済産業省がルールを変えたので、韓国は最先端の分野で競争力をやや失って、中国、台湾ばかりが有利になっている。
メタバースは「世界経済フォーラム」と呼ばれる大きな民間経済会議団体で大企業が達したコンセンサスだ。メタバースが今までの技術トレンドとまったく異なるのは、多くの大企業がメタバースに参加しようと躍起になっているという点で、技術的ハードルが高い半面、波の大きさも高い。
5G通信が話題になった時は通信業界だけで盛り上がり、VR(仮想現実)が台頭したときはゲーム業界だけという小さなグループの人々が参加したわけだが、メタバースでは、IT企業、通信企業、デバイス企業だけでなく、ファイナンス、金融、通貨、ファッション業界、美容整形から飲食まで多岐に渡る大企業が参加している。日産自動車も、アディダスも、メタバース事業に着手し始めている。
なぜならメタバースは米シリコンバレーだけでの流行ではなく、世界経済フォーラムで打ち出されたコンセンサスであるからだ。メタバースでの世界は現実の通貨は利用できず、仮想通貨だけとなる。それは仮想通貨、暗号通貨、NFT(非代替性トークン)などの暗号資産を推進する、格好のチャンスである。デジタル通貨は法定通貨、デジタル人民元RMBなどと競合して各国で抵抗があったが、メタバースの世界では仮想通貨を利用するしかないので反対のしようがないということだ。
ゼロからつくられるデジタルアセットに莫大な富をもたらすのがメタバースの世界だ。
このメタバースの世界を、誰が握るのか。それが次の時代の勝ち組となるのは間違いない。
(文=深田萌絵/ITビジネスアナリスト)
『メタバースがGAFA帝国の世界支配を破壊する!』 メタバースをめぐって世界は覇権争いをしています。いま、ITのプラットフォームは、完全にGAFAに支配されています。しかし、その支配をメタバースであれば、覆すことができます。中国はGAFAと手を組みながらも、メタバースの覇権を握ってITの世界を牛耳ろうとしています。一方、中国からも、GAFAからも、ITの自由を守ろうとしている人たちもいます。その人々はWeb3.0で、インターネットの民主主義を勝ち取ろうとしています。この世界の現実を、GAFAの支配構造から解き明かし、メタバースで何が変わるのか、その未来に何が待っているのか、深田萌絵が明らかにします。