元ヤクザの司法書士が怒りと悔しさに震えた理由…過剰な暴力団排除の異常な裏側
現在、岡山市内で東亜国際合同法務事務所の代表として司法書士や行政書士の業務に携わる甲村柳市氏は、1972年生まれの49歳。現在のやわらかな物腰からは想像がつかないが、なんとかつては山口組傘下組織の構成員で、服役の経験もあるという。
異色の経歴を生かして活躍する甲村氏が、埼玉・川越で起きたネットカフェ立てこもり事件を受けて、特別寄稿を行った。
更生できない者たちは死ぬまで罪を重ねる
6月21日、埼玉・川越のネットカフェで男が女性店員を人質に立てこもり、5時間ほどで逮捕される事件があった。報道によると、男は2012年にも愛知県で立てこもり事件を起こして9年ほど服役しており、2カ月半前に出所したばかりであった。しかも、愛知の事件の前から詐欺や窃盗でムショを出たり入ったりしていたという。
幸い、人質にされた女性は少しケガをしただけだというが、殺されていてもおかしくはなかった。こんな男をかばう余地はないが、今の刑務所での更生はまったく期待できない上に、出所後のフォローもないことは、もっと問題にされていいと思う。
更生できない者たちは、死ぬまで罪を重ね続けるだろう。次の被害者は、今この記事を読んでいるあなたや、その家族かもしれないのである。
私は「前科者」「元暴力団員」という過去を補うために、司法書士や行政書士の資格を取って社会に貢献しているつもりであったが、それでも社会の一員と認められない現実に直面したので、そのことについて書かせてもらうことにした。
「元暴力団」にはクルマは売れない
「残念ですが、お客様にはお売りできなくなりました」
つい先日のこと。都内の輸入車販売業者の店舗を訪ねた私は、担当者からこう言われた。ほしかった車について、事前に見積もりや決済、引き渡しの方法などを電話とファクスでやりとりし、来店の予約もしていたのだが、売れないという。驚いたが、すぐにピンときた。
「私が“元(暴力団員)”やからか?」
「大変申し上げにくいのですが……実はその通りで……」
「なるほどね……」
インターネットで自分のことを調べたら、「元山口組」という「ご経歴」がたくさんヒットする。山口組は15年以上も前にやめているし、今は法律家の看板を掲げているのに、私はれっきとした「元暴力団員」であり、そんなヤツには売れないというのだ。
「わかりました、そしたらもういいですわ」
私はすぐに店を出た。他の業者を当たればいいことだが、やはり納得できない。時間が経つにつれて、怒りが募ってきた。
もちろん「元暴力団員」というレッテルは一生ついて回ることはわかっているし、そのことについては後悔していない。だが、法律家になることで、社会の信用は得たつもりであったし、今までこのような仕打ちを受けたことはない。
「なるほど、再犯が増えるわけや……」
帰路につく車内、私は独りつぶやいた。
過剰な暴力団排除の裏で起きている事態
最近の報道に「元暴力団員」や「元受刑者」の「更生支援」をテーマにした記事が目立つ気がする。更生は簡単なことではないが、私の周囲では、更生している元ヤクザや元懲役(=受刑者)、元覚醒剤中毒者は少なくない。社会の冷たい視線を100%消せるわけではないが、みんなそれなりにがんばっている。私も、その一人のつもりであった。
それなのに車すら買えないとは、どういうことなのか。こんなことは半世紀の人生で一度もなかった。この怒りと悔しさは当分消えそうにない。
こうしたことが「元不良」たちの更生を妨げているのか……。今さらにして、そう思った。私のようにマルチライセンスの事務所を運営していても車を売ってもらえないなら、他の元不良たちはもっとつらい思いをしているだろう。こんな状況では、再びムショに戻ることしか考えないのは当然だ。
2019年10月15日付けの西日本新聞には、組織脱退から10年を経た「元組員」が銀行口座の開設を金融機関から断られた事例が挙げられていた。報道によると、この「元組員」は就職をあきらめて自ら起業し、現在は成功しているというが、銀行口座すら作れなければ普通はヤケになる。更生を妨げられて事件を起こし、ムショに舞い戻る者は多いのだ。
また、この記事には家や車、携帯電話の契約にも苦労しているという元組員の言葉も紹介されていた。
「『生きるな』と言われているよう。偽装離脱の懸念から条項は必要だが、更生した人には柔軟に対応してほしい」
過剰な暴力団排除は、更生には百害あって一利なしである。
たとえば、2021年の暮れに発表された「犯罪白書」によると、事件は減少しているのに、再犯者はずっと増加傾向にある。2020年の刑法犯で検挙された者のうち再犯者の割合を示す「再犯者率」は過去最悪の49.1%、ほぼ半数が再犯者であった。
一方で刑法犯の検挙者は18万2582人と、戦後最少である。殺人の件数は950件で、2013年に初めて1000件を割ってから、ほぼ1000件前後で推移している。殺人事件のピークは1954年の3081件だから、3分の1まで減っている。とはいえ、現在も国内で1日に3件弱は起きている計算になる。
また、「犯罪白書」と同時に公表される「再犯防止推進白書」では、元受刑者らを積極的に雇用する「協力雇用主」による雇い入れの事例が、対前年比で165社も減ったことが報告されている。コロナ禍による企業の業績不振もあるのだろう。
仕事がなければ、また罪を重ねてムショに舞い戻るしかない。身寄りのない高齢者はほとんどが累犯だが、若者も同じだろう。
刑法改正で「懲役刑」が廃止
そもそも「刑罰」とは、何のためにあるのか。刑法では、まずここを学ぶ。代表的な刑罰である「懲役」とは、文字通り「懲らしめる」「役」(つとめ、任務)であるが、日本弁護士連合会の公式サイトでは、刑罰の目的として「教育刑」(再び罪を犯すことのないように教育する目的)と「応報刑」(罪に対して報復をする目的)を挙げている。
実務ではこの二つを合わせるベストミックス的な考え方もあるが、2022年6月の刑法改正で、これまでの「懲役刑」と「禁錮刑」に代わって「拘禁刑」が創設された。施行は2025年となるようだが、この拘禁刑は「改善更生を図る」ことが目的とされ、「社会復帰支援」も明記されている。刑務所で服役中に社会復帰のためのプログラムを受けることもでき、その間は刑務作業に従事しなくてもいいのだ。
この刑法改正については改めて述べるが、6月13日付けの日本経済新聞は「刑務所での更生支援が充実しても、出所後に生活が困窮したり孤立したりして再び罪を犯しては元も子もない。出所後の就労支援を含め、再起を目指す人を偏見や差別なく迎え入れる社会の『受け皿整備』も欠かせない」と指摘している。
残念ながら「再起を目指す人を偏見や差別なく迎え入れる社会」は画餅に過ぎないということを、私は身をもって知った。更生には本人の「更生したい」という気持ちが不可欠ではあるが、それだけでは更生はできない。周囲の信頼と支えがなくては絶対にムリである。
逆に言えば、本人の意思とともに信頼と支えがあれば更生は可能だ。私の友達の一人は、覚醒剤をやめてもう何年も経つが、たまに手を出してしまいたくなることがあるという。
「そんなときは、自分を信じてくれている友達の顔を思い浮かべる。『裏切っちゃダメだ』と思うと、覚醒剤への気持ちが消える」
そう思える人間関係を作れれば、再犯は防げる。私はクスリ(=違法薬物)はやらないし、もうストリートファイトをやる年齢でもないが、やはりクライアントや事務所のスタッフに迷惑をかけられないと思っている。
冒頭の立てこもり犯のように更生する気がまったくない者が目立つが、真面目に更生しようとする者たちも多いことを知ってほしい。