一般市民に暴力団排除を課す暴排条例…他人事じゃない「密接交際」問題の裏側
現在、岡山市内で東亜国際合同法務事務所の代表として司法書士や行政書士の業務に携わる甲村柳市氏は、1972年生まれの49歳。現在のやわらかな物腰からは想像がつかないが、なんとかつては山口組傘下組織の構成員で、服役の経験もあるという。
異色の経歴を生かして活躍する甲村氏に、暴力団関係者との「密接交際」について聞く。
社長の密接交際で会社が倒産
――2021年秋に、「暴力団関係者との密接交際」が原因で倒産した会社の社長が、交際していた相手が「暴力団関係者とは知らなかった」として、福岡県などに対して、「密接交際者」の認定の取り消しと会社の倒産に対する損害賠償を求める訴訟を起こしました。
報道によると、福岡県警などは「密接交際者であるかどうかは、刑事事件並みの捜査をした」とのことで、昨今の暴力団排除の風潮の下では「知らなかったでは済まされない」ということもあると思いますが、どう思われますか?
甲村柳市氏(以下、甲村) こういう訴訟は珍しいと思います。まあヤクザだった私が言うのもおかしいですが、ヤクザとは付き合わないのが一番ですよ(笑)。ただし、相手がヤクザかどうかというのは、どこでわかるのでしょう? たとえば、バーやゴルフ場で知り合った人に「あなたは暴力団関係者ですか? それなら付き合いませんよ」などと言う人はいないですよね。県警も「刑事事件並みの捜査」をしないとわからないのですから、一般人に「暴力団関係者と付き合うな」というのは、けっこう難しい話なんです。
報道では、県警の取り調べで元社長は「暴力団関係者と知っていて交際していた」といったんは認めていますね。これは警察官から「認めないなら重い処罰になる」と言われ、仕方なく「虚偽の自白」をしたそうで、事実なら違法な取り調べの問題があります。
――急に警察から「暴力団員との密接交際者」と公表され、弁解もできないとは、すごい時代です。他人事ではないですよね。
甲村 そうですね。しかし、その人が「暴力団関係者」であるかどうかを見分けるのは難しいし、法令にも詳しくは書かれていません。たとえば、福岡県の暴力団排除条例には、暴力団排除に関する誓約書の雛型に「『密接な交際』とは、例えば友人又は知人として、会食、遊戯、旅行、スポーツ等を共にするなどの交遊をしていることである」とあります。
また、「社会的に非難される関係」については、「例えば構成員等を自らが主催するパーティその他の会合に招待するような関係又は構成員等が主催するパーティその他の会合に出席するような関係である」としています。具体的にはどんなことを指しているのか、わからないですよね。
ちなみに東京都は「暴力団若しくは暴力団員と密接な関係を有する者」について示していますが、「暴力団員が経営している法人などに所属している」とか「暴力団員を雇用している」とか、やはり具体的ではないですね。経営者が暴力団関係者かどうか、どうやって判断するのでしょうか。
一方で、ビジネスの契約書に暴力団排除条項を盛り込むことは、今や大原則です。とはいえ、この暴排条項も「暴力団関係者とわかった時点で契約を無効とする」ということであり、当たり前ですが「暴力団関係者」であるどうかを契約の前に見極めろという趣旨ではないですからね。
――報道では、倒産した会社の従業員は「暴力団の問題が身に降りかかってくるなんて想像もしていなかった」と話しており、県警に問い合わせても何も教えてもらえなかったそうです。
甲村 私は裏社会に身を置いてきたので、ある程度の見分けはつくと自負していますが、これは長年の勘とセンスによるもので、一朝一夕に見極められるものではないんですよ。
一般市民に暴力団排除を課す暴排条例
――甲村先生は、「元暴力団員」や「元受刑者」であることで不利益を被ったことなどはあるのですか?
甲村 覚えている限りでは、ありません。私が稼業入りした1993年の前年である1992年に暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)が施行されたのですが、当時はまだヤクザは食えていましたね。今のように銀行の口座やクレジットカードが作れないことなどもなく、合法的な会社に在籍もできていました。
ヤクザが苦しくなるのは、全都道府県で暴力団排除条例が作られてからです。暴排条例は2011年10月までに全国の都道府県と一部の市区町村で施行されていますが、これは「暴力団員」を取り締まるのではなく、むしろ「暴力団員」と交際する一般の市民を取り締まる主旨です。各自治体の条例は雛型が警察庁で作られたようで、ほぼ同様の内容です。
たとえば東京都の条例では、条例の目的を「第一条(目的) この条例は、東京都(以下「都」という。)における暴力団排除活動に関し、基本理念を定め、都及び都民等の責務を明らかにするとともに、暴力団排除活動を推進するための措置、暴力団排除活動に支障を及ぼすおそれのある行為に対する規制等を定め、もって都民の安全で平穏な生活を確保し、及び事業活動の健全な発展に寄与することを目的とする」としています。
暴力団の排除を「都民の責務」としていますね。丸腰の一般市民に対して「暴力をふるう集団を排除しろ」というのは乱暴な気がしますが、当時ほとんど問題になりませんでした。この条例により、「暴力団員」は金融機関の口座やクレジットカードが使えず、携帯電話も契約できなくなりました。もちろん自動車のローンも組めません。
私は2011年に広島刑務所を出所して、2013年に行政書士試験に合格しているので、銀行の口座開設も自動車のローンもクリアしています。司法書士試験に合格して事務所を開いた頃は、「元暴力団員」と公表したことで開業に「物言い」がつくかもしれない、という一抹の不安はあったんですが、むしろ堂々としておいてよかったと思います。
――脱退してから時間も経っていますし、きちんとした資格なので問題はないのでしょうね。今はヤクザ本人だけでなく、その家族も苦しい時代です。ヤクザの家族もクレジットカードを使えず、子どもが学校や幼稚園に通えなくなることもあるようです。
甲村 こうしたことは一部で報じられましたが、しょせんは「暴力団」の話なので、あまり「かわいそう」という話にはならなかったのでしょう。これでは生活できませんから、統計的に「暴力団」の人数が減っていくのもわかります。しかし、「暴力団」を去った者たちはどこへ行くのでしょうか。ヤクザを辞めたところで、食うためには半グレなど他の反社会的勢力と合流するしかないですよね。
現代のヤクザは「任侠道」への原点回帰を
――確かに、数字だけを見ると指定暴力団の構成員は激減しており、ヤクザは「絶滅危惧種」ともいわれています。
甲村 銀行口座も作れず、正業にも就けないのですから、無理もありません。これからは、ヤクザになろうと思う若者は出てこないでしょうね。ただ、私は一時とはいえ、ヤクザの道を歩んだことを後悔はしていません。私が自分で選んだ道だからです。
そのため、今のヤクザたちがオレオレ詐欺や違法薬物の売買などに手を染めるのも仕方ないのでしょう。しかし、最終的には自分の人生ですから、もう一度、元来のヤクザの原点である「任俠道」を歩むことを考えてはどうでしょうか。
生活できないのであれば、組織を抜けて新しい組織を作るのもいいかもしれません。大組織の金看板を守るために自分の人生を捨てるのは、もったいないですよ。まずは、善人を泣かさないシノギを回していくことですね。弱きを助けて強きをくじく任俠道のために「暴力団」の指定が足枷になるなら、脱退を真剣に考えるときです。
ほとんどの暴排条例では、脱退から5年間は「みなし暴力団員」としてカタギとは認めないと規定していますし、何年経ったところで「元暴力団員」の過去は一生ついて回ります。辞めてもしばらくは何も変わらないかもしれませんが、半グレと共謀してお年寄りを泣かせるよりも、ずっと生きがいがあると思いますよ。
(構成=編集部)
【プロフィール】甲村柳市(こうむら・りゅういち)
1972年岡山・美星町生まれ。ごく普通の子どもだったが、中学校に入った頃から不良に憧れて町でケンカも繰り返すように。少年院収容も経験。20代前半にスナックで“スカウト”されて五代目山口組の三次団体の組員に。恐喝未遂や公務執行妨害罪などでの服役を経て2018年11月、7回目の受験で合格。現在は、生まれ育った岡山市内で東亜国際合同法務事務所の代表をつとめ、不動産や商業登記のほか、遺言・相続、成年後見、入国・国際業務、債権整理、風俗業や建設業の許認可申請など司法書士・行政書士の業務をすべてこなしている。https://touakokusai.com/