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「山口組組員」だった異色の司法書士・甲村柳市氏に聞く「地面師詐欺」

元ヤクザの司法書士に聞く「地面師」詐欺事件の裏側…本人なりすましの実態

構成=編集部
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東亜国際合同法務事務所代表の甲村柳市氏

 現在、岡山市内で東亜国際合同法務事務所の代表として司法書士や行政書士の業務に携わる甲村柳市氏は、1972年生まれの49歳。現在のやわらかな物腰からは想像がつかないが、なんとかつては山口組傘下組織の構成員で、服役の経験もあるという。

 異色の経歴を生かして活躍する甲村氏に、昨今の「地面師」の事件について聞く。

相次ぐ地面師による詐欺事件

――2017年に積水ハウスが地面師グループに約55億円を騙し取られた事件はまさに前代未聞でしたが、2021年秋にも、都内の空き地をめぐって2億円が騙し取られた事件で容疑者が逮捕されています。そもそも「地面師」とは何なのでしょうか? 

甲村柳市氏(以下、甲村) 「地面師」とは、辞書には「土地の所有者になりすまして不動産取引を持ちかける詐欺グループ。偽造文書を作成して土地所有者に断りなく登記の移転や書き換えを行い、不動産を第三者に転売して代金を騙し取ったり、借金の担保に入れたりする。土地探し、偽造文書作成などの役割を分担し、事件ごとにメンバーを組み替えているとされる。地面師による詐欺被害は、地価高騰で土地取引が活発だった1990年前後のバブル期に多発したが、近年、再び被害が増加傾向にある」とあります(2017-8-7、朝日新聞出版知恵蔵mini)。

 とはいえ、辞書にあるような「偽造文書を作成して土地所有者に断りなく登記の移転や書き換えを行う」ことは、現在は不可能ですが、2005年に新不動産登記法が施行されるまでは可能だったんです。誰でも登記簿の原本を法務局で閲覧することができたので、バインダーからこっそり抜き取って持ち帰り、書き換えていたんです。

――そんなことができたんですね。

甲村 そうです。しかも、昔はのんびりしていたというか、本人になりすますことは簡単だったんです。住民票の移転も今ほどうるさくなかったので、勝手に所有者の住所移転届を提出して住民票を移転し、国民健康保険証と印鑑で実印登録をして、印鑑証明書の交付を受けるのも簡単でした。印鑑は文具店などで買える安いものです。これで本人になりすますことができたんです。

 以前は、土地の権利証がない場合は「保証書」で登記ができました。保証書制度は2005年に廃止されていますが、「不動産の売主は、その不動産の真正な所有者である」ということを2名の保証人が保証した書面です。保証人は通常は司法書士ですが、いずれかの登記所で登記を受けている成年者であることが要件でした。「ニセの本人」が、この「保証書」を持って管轄の法務局に行って登記することができたんです。

――映画みたいですね。

甲村 そうですね。また、以前は登記名義人の郵便書類のやりとりは普通郵便だったので、「本当の本人」の住所とは別の住所に転送してもらうこともできました。今は本人限定受取郵便のみで、郵便物の転送届も本人確認が必要です。あるいは、登記名義人を被告として民事訴訟を起こし、なりすまし犯が被告として出廷して、わざと敗訴することもありましたね。この判決で不動産の所有権を移転するんです。

――なるほど。ウソの「借金のカタ」として土地を取り上げるんですね。

甲村 そうです。もっと簡単なのは、押印されていた本物の実印の印影を家庭用印刷機で転写する方法もありました。付属のスキャナーに取り込んで印刷するのですが、これがきれいにできるんですよ。

――大胆な手口ですね。

甲村 不動産登記の制度がつくられた頃は、書類を書き換えて取り上げるなんて想定外だったのでしょう。バブル期に「人は増えるが土地は増えない」という「土地神話」が支持されるんですが、明治時代にはそんなことは誰も考えていなかったと思います。

 旧不動産登記法は1899(明治32)年に制定された、まさに“前々世紀の遺物”で、文体はカタカナ文語体で書かれていたのですが、バブル期もこの法律が適用されていたので「書き換え事件」が横行しました。これらの事件を教訓に、2005年に不動産登記法が大改正されて登記簿と地図、建物所在図が「電磁的記録」に移されて紙の原本がなくなり、閲覧は不可能になりました。文体もかな表記に改められています。

 登記の内容を閲覧したいときには、管轄する法務局へ直接出向くか、公式サイトに申し込んで、登記されている事項を証明した「登記事項証明書」を交付してもらいます。受け取るのは、登記の内容を証明したものをプリントアウトしたものですね。

 この制度によって、登記簿の原本を書き換えるという大胆な不正はできなくなったのですが、そこで売り主になりすまして売買契約を成立させ、カネを騙し取る手口に代わります。

本人に似ていないのに「なりすまし」

――積水ハウスの事件では、旅館の元おかみになりすましていた生命保険のセールスの女や主導役の男など17人の地面師グループのメンバーらが、詐欺や偽造有印公文書行使などで逮捕されていますね。

甲村 そうですね。でも、なんだか手口は雑な印象です。たとえば、女将になりすましていた女は実在の女将とはまったく似ていなかったそうで、積水ハウスの担当者との旅館の内覧を体調不良を理由に「ドタキャン」したことも報じられています。周辺の住民からの「顔バレ」を警戒したんですね。しかも、このときには不動産業界では有名な地面師グループの男が立ち会っていて、東証一部上場企業がこんなことで騙されてしまうものなのかと疑問も出ています。

 そもそも、この土地の所有者である旅館の女将は「親から譲り受けた土地だから売らない」と売却はすべて断っていたそうです。なぜ積水ハウスは売ってもらうことができたのか。まずそこで慎重になるべきでした。報道などによれば、このときに本物の女将は入院中で、のちに亡くなっています。地面師グループは女将の入院を知っていたのだと思います。

 そして、2017年6月に積水ハウスの担当者が所有権移転登記の申請をしたところ、法務局がNGを出します。所有者側から提出されていた委任状などの書類が偽造でした。すでにカネは支払っていたのに申請は却下され、しかも「所有者」とは連絡が取れなくなっていました。ここで積水ハウスは、支払った土地代から預かり金を差し引いた55億5900万円が騙し取られていたことにようやく気づくのですが、後の祭りですね。のちに地面師グループは逮捕起訴されて有罪判決を受ましたが、カネは一銭も戻ってきていません。

――積水ハウスの事件に限らず、地面師グループはたいてい逮捕されています。

甲村 はい、そこが興味深いところです。積水ハウス事件の主導役の一人は7億円を得ているそうで、どこかに隠していますね。まさに一攫千金です。殺人や強盗事件ではないので、長くても10年くらい懲役に行って、出所したら不当に得たカネで悠々自適に暮らす……ということでしょうね。とはいえ、報道の時点で61歳だそうです。前科があるので仮釈放は難しく、出所は古希を過ぎてからになるでしょう。

――なぜ「なりすまし」事件は後を絶たないのでしょう? 

甲村 なりすまし以外でも、オレオレ詐欺など詐欺事件はなくなりませんね。誰かを騙して不当に利益を得たい気持ちがあるのでしょう。特に都内の土地は東京オリンピックもあって値上がりしていましたから。

 なりすまし問題について、「本人確認」は司法書士にとって重要な仕事です。司法書士が依頼人から業務を受託する場合には、依頼者や代理人が本物かどうか(=本人確認)、関連書類などが本物かどうか、依頼された内容が本当に本人の意思かどうかを確認することになります。

 とりわけ当事者を名乗る人が本物かどうかを確認するのは当然であり、いわゆるマネーロンダリング(資金洗浄)を禁止した「犯罪による収益の移転防止に関する法律」で定められています。具体的な本人確認の方法は、運転免許証や旅券(パスポート)、いわゆるマイナンバーカード(個人番号カード)など顔写真付きのものが中心となり、不動産登記規則第72条に挙げられています。

 運転免許証や旅券、マイナンバーカードのほか外国人登録証明書、住民基本台帳カードなどは1点以上の提示を求めますが、顔写真のない健康保険証や国民年金手帳などは2点以上の提示を求めます。ちなみに、1日で取得できる原付免許(原動機付自転車免許)は要注意といわれていますが、あまり例はないようです。そして、これらの本人確認記録は7年間の保存義務が定められています。

 ちなみに、積水ハウスの事件ではパスポートが偽造されて「なりすまし犯」の女の顔写真が貼り付けられていたことが報じられていますが、パスポートの真贋を見定めるのは、なかなか難しいといえます。近隣の住民に聞き込みをするという方法がありますが、司法書士がそこまですることはまずないでしょうね。

 とはいえ、積水ハウスのように何十億円というカネが動くのであれば、やっておいたほうがよかったかもしれませんね。被害もですが、自分自身にも責任問題のリスクがあります。それを言えば、金額の大小に関わらず必要でしょうが、司法書士にそこまでする義務はないと思われるので、そこまでやるケースは少ないでしょう。私もなりすましを100%見抜けるかどうかは微妙なところですが、十代から社会に出て人生経験は積んでいますから、怪しいヤツはだいたいわかりますよ(笑)。勘にも頼りますが、まずは基本を徹底するしかないと思います。

(構成=編集部)

【プロフィール】甲村柳市(こうむら・りゅういち)
1972年岡山・美星町生まれ。ごく普通の子どもだったが、中学校に入った頃から不良に憧れて町でケンカも繰り返すように。少年院収容も経験。20代前半にスナックで“スカウト”されて五代目山口組の三次団体の組員に。恐喝未遂や公務執行妨害罪などでの服役を経て2018年11月、7回目の受験で合格。現在は、生まれ育った岡山市内で東亜国際合同法務事務所の代表をつとめ、不動産や商業登記のほか、遺言・相続、成年後見、入国・国際業務、債権整理、風俗業や建設業の許認可申請など司法書士・行政書士の業務をすべてこなしている。https://touakokusai.com/

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