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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ロシア、ウクライナへの核攻撃シナリオ…ウ軍の反転攻勢で停戦交渉が絶望的に

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
ウクライナ大統領の公式サイトより
ウクライナ大統領の公式サイトより

 プーチン大統領がウクライナ侵攻をめぐり9月21日に発した部分動員令への抗議がロシア全土で続き、治安当局による拘束者は2000人を超えた。招集兵の戦地派遣が始まるなか、動員に反発する国民がフィンランドなどに出国する動きも激しくなっている。

 ロシアの混乱ぶりを目の当たりにした欧州の首脳たちはあざ笑うかのような発言を繰り返している。欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長と英国のトラス首相は「弱さの表れだ。ロシアは侵略失敗を認めた」と酷評した。ドイツのショルツ首相も「自暴自棄の行動だ」と揶揄している。

 ウクライナ侵攻に批判的な傾向が強い若者が動員の対象となっていることから、反発や混乱は事前に予想されたことだが、なぜ今、ロシアは部分動員令を発したのだろうか。ロシアのショイグ国防相は部分動員令を発した理由について「ウクライナでの特別軍事作戦によりすでに解放された領土をコントロールするために必要なものだ」と述べている。

 ウクライナの東部と南部のロシアの支配地域(ドネツク、ルガンスク、へルソン、ザポリージャの4州)で23日から27日にかけてロシアへの併合の是非を問う住民投票が実施された。ロシア政府は住民投票の結果を支持する立場を表明しており、30日にもロシアへの併合手続きが行われる見通しだ。住民投票でロシアへの編入が決まれば、ウクライナ側はますます反発し、ロシア・ウクライナ両国間の停戦交渉再開は絶望的になってしまう。

 だが、それ以上に重要なのは今回の住民投票はウクライナ紛争に大きな転換点をもたらす可能性が高いことだ。4つの州を住民投票の結果に従いロシアが併合することになれば、ロシアのウクライナでの軍事行動は、これまでのように他国(ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国)の解放のために介入する(特別軍事作戦)のではなく、自国の領土を防衛することになるからだ。職業軍人のみならず、徴兵軍人も含む全軍事力の投入の大義名分が立つことになり、ようやく本気モードに入ることができたプーチン大統領は、軍事産業に対しても早速、兵器の増産を指示している。

4つの州がロシアに編入

 住民投票はそもそも今年11月の実施が予定されていたが、前倒しになったのはウクライナの反転攻勢が影響しているといわれている。ウクライナのゼレンスキー大統領は15日、「東部ハルキウ州のほとんどの地域をロシア軍から解放した」と述べたように、東部や南部でウクライナ軍がこのところ攻勢を強めている。これに対し、プーチン大統領は「ウクライナ側がロシアの領土内の生活インフラにまで攻撃やテロを仕掛けていることに対して当分の間は抑制した対応をとるが、こうした攻撃が続けば、対応はより深刻なものになるだろう」と警告を発していた。

 この発言は住民投票の結果、ウクライナ東部と南部の4つの州がロシアに編入されることを見越してのものだったと思われる。4つの州がロシアに正式に編入されれば、ロシア軍は自国領土の防衛のため大規模な攻撃を仕掛けるのではないだろうか。ウクライナの反転攻勢の華々しい成功が、皮肉にもプーチン大統領の大胆な決断を後押しする結果になってしまったようだ。

安全保障のジレンマ

 ロシアは西側諸国との直接衝突も覚悟している可能性がある。米国をはじめ西側諸国のウクライナへの武器支援の目的は、当初とは異なり、ロシアの軍事力自体を弱体化させることにシフトしているのは明白だ。ショイグ国防相は、ポーランドに常駐する西側諸国の軍事専門家がウクライナ軍の指揮を執っている現状について「ロシアはウクライナというより欧米諸国と対峙している」との認識を示している。ロシアは「西側諸国との間で第3次世界大戦がすでに始まっている」と考えているのかもしれない。

 日本ではあまり語られることはないが、国際政治学の分野には「安全保障のジレンマ」という概念がある。軍備増強や同盟締結など自国の安全を高めようと意図した国家の行動が、別の国家に類似の行動を誘発してしまい、双方が欲していないのにもかかわらず、結果的に軍事衝突につながってしまう現象を指している。

 プーチン大統領は21日の国民向け演説において「核兵器を含むあらゆる手段を用い祖国の領土一体性を守る」と宣言した。ロシアのラブロフ外相も24日、「ウクライナがロシアに編入された地域を攻撃した場合、核兵器での反撃もあり得る」ことを認めた。「強いロシアの復活」を掲げるプーチン大統領にとってジョージアやウクライナなど近隣諸国への侵攻はその目標達成の一環であり、これまで一度侵攻した地域から兵を引いたことはない。

 プーチン大統領は長年にわたり、自軍が劣勢に陥った場合に限定的な核攻撃を行い、自国に有利な形で停戦に持ち込む戦略を策定する準備を進めてきた。具体的な使用条件について明言していないが、ロシアがウクライナとの戦いで形勢が不利になったら、核兵器を使用してでも状況を打開しようとするのではないかと思えてならない。

 軍事専門家の間でも「ロシアのように大量の核兵器を保有する大国を追い詰めるのは極めて危険だ」との理解は一致している。米国政府もロシア首脳の一連の発言を深刻に受け止めているが、有効な手立てが打てる状況にはない。米ロともに冷戦後の核兵器に関する明確なルールを設定しておらず、ロシアが核兵器を実戦配備した場合、米国はどのように対応するかについて明確な対応策が練られていないのが現状だからだ。ウクライナ情勢は抜き差しならない状況に陥ってしまったのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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