70品食べ放題コースで牛肉3種のみ…牛角をすぐ退店した理由 15分も肉が来ない
日本フードサービス協会が10月25日に発表した外食産業市場動向調査は、以下のようにまとめている。
「9 月の外食産業の売上は、新型コロナ第 7 波が峠を越え月後半にかけて客足に回復の動きが見られたことで、『緊急事態宣言』等の影響を受けた前年を上回り、全体売上は 119.7%、19 年比でも 94.1%と、8 月よりも明るい兆しが見えてきた。飲酒業態はコロナの打撃が大きく苦境が続くが、宴会などの顧客獲得に向けて情報発信を再開している」
「『焼き肉』は、コロナ感染の減速にともない大都市圏店舗が好調で売上167.7%、19年比でも104.4%となった」
コロナ禍を経て順調に推移しているのが「焼肉」業態だ。そのなかでも筆者が注目しているのは、一人焼肉を標榜する「焼肉ライク」だ。物語コーポレーションが運営する「焼肉きんぐ」やレインズインターナショナルの運営する「牛角」と異なり、個食をターゲットとしているチェーンだ。ホームページによると現在97店、まだまだ発展中といえるだろう。最近では武蔵小山の「から好し」の跡地に出店。両国駅のガード下に10月24日にオープン。客席は店舗右奥側に展開し、入り口がキッチン脇に当たり、作業をしながら来店する客に声を掛けられる仕様となっている。
焼肉ライク
オープンしたばかりの武蔵小山店は、オペレーションがまだまだだと感じるだけではなく、地域の顧客と店舗の呼吸が合っていないと強く感じる。
・気になる点1:テイクアウトの待ち時間
再開発に伴う工事関連業者やウォークイン顧客をターゲットとしているのだろうが、近隣に立地する松屋などと比較してテイクアウトの待ち時間が長い。現在は少し改善されているのだろうが、待ち時間が30分以上というのは休憩時間の尺に合わない。焼肉弁当なので、客の「熱々が食べたい」という気持ち、店側の「熱々を提供したい」という気持ちがすれ違っている。受付の手段や方法の改善が求められる。
・気になる点2:来店待ちのスタイル
ランチタイムの少し前、入り口に立ってみた。店内は混んでいる様子だが、店員が筆者を気にしている雰囲気は感じられない。店内の女性スタッフと数回目が合うが、入り口に意識を向ける様子はない。5分ほど待ち、店側に歓待されていない雰囲気のため、その場を離れた。その後も数人が並ぶが、同じ状況が続き、並んでは離れ並んでは離れが続いていた。店内を覗くとセルフレジに並ぶ人、片付けが間に合わないカウンター席の様が見て取れた。
武蔵小山店はアーケード街に立地する店舗のため、客待ちスペースの確保は難しいのだろう。せめて動線の確保や案内表示は欲しいと感じた。消費者の目線から、ランチタイムなどピークタイムに回転率を上げるための工夫は欲しい。新しい店舗ならばスタッフだけでなく顧客も慣れていないため、どこにどのように並べば良いのか分からない。店舗と顧客の呼吸合わせのためにも、本部の応援体制やピーク時間の増員体制(ヘルプ)など新店舗の開設にあたり万全を期す必要がある。
1956年にオープンした武蔵小山の日本初の大型アーケード街では、「から揚げの天才」が今年、「から好し」が今年閉店した。駅前の再開発にあせて店舗の入れ替わりが進み、活気が戻りつつある商店街だといわれている。焼肉ライクは各地で人気を博しているチェーンでもあり、オペレーションの改善により地域で発展することが期待される。
牛角
かつて時流に乗り急速に店舗展開を図ったものの、オペレーションが追いつかずに急速に撤退を余儀なくされたチェーンが多い。近年では焼き牛丼で超注目を浴びながら店舗が激減した「東京チカラめし」が代表として挙げられる。
少し前になるが、7月末に訪問した「牛角」で、大変そうなオペレーションを目撃した。注文するプランによってオペレーションが異なるからだ。店舗独自の仕様なのか通常のオペレーションなのかは分からないが、テーブル周りの掲示物、メニュー表、注文タブレットの設定、飲料のグラスなどすべてが変わる。
アラカルトで注文する場合は、テーブルに肉の焼き方をはじめ丁寧な案内が各種置いてあるが、食べ放題を注文すると全部片付けられてしまう。飲料のグラスもアラカルトであればガラス製だが、飲み放題メニューはプラスチック製に置き換わる。アラカルトであれば、注文した分に応じて客単価は上がる。食べ放題や飲み放題の場合は、注文時点で客単価の上限が決まってしまう。訪問した渋谷の店舗は、営業戦略としてアラカルトを強く推奨しているのだろう。
また決済手段もクレジットカードは使えず、現金またはスマホ決済と掲出されていた(店舗による)。店内を見回しても筆者のように一人で訪問する客は見当たらず、最低でも2人。10人くらいのグループも奥の席に数組見えた。
「日経MJ」がまとめた外食大手34社の8月の既存店売上高は、牛角は客数(前年比)37.4%増、客単価(同)12.0%増、一方、物語コーポレーションは客数(同)19.8%増、客単価(同)は7.4%増。データを見ると牛角の客単価の伸び率と物語コーポレーションの客単価の伸び率の違いの理由は、来店客の選択するメニューなのではと推測できる。
「牛角」が提供している食べ放題メニューは「満足70品コース」(2,980円)、「牛角90品コース」(3,580円)、「堪能100品コース」(4,580円)の3種類。筆者は最初に通常メニューを閲覧して大方の予算を想定し、メニューに掲載された商品と価格から、アラカルトではなく「満足70品コース」に変更した。するとテーブルの上がほぼ全部片付けられ、70品が書かれたメニューだけが手元に渡された。
アラカルトで選んでも3,000円くらいは行きそうだと思い、食べ放題コースに変更したのだが、結果は大失敗。70品コースに含まれる肉のメニューはあまり多くはなく、「牛」と名の付くメニューはわずか3種類しかなかった。70品と名乗るが、ほとんどがサイドメニュー。タブレット端末で注文するのだが、なかなかテーブルに届けられない。カルビは15分以上待ってもテーブルに届かなかった。混んできたので待つことを諦め、制限時間内であったが退店した。
ホームページで他の食べ放題メニューを見直したが、肉のメニューは決して多くはなく、経験を積んだ客は通常メニューを注文するようになるため必然として客単価も上がるのだろうと感じた。
「焼肉きんぐ」もプランにより肉のメニューが増える設定となっており、「きんぐコース」(2,980円)、「プレミアムコース」(3,980円)。10月にホームページで検索してみたが、「きんぐコース」でも名物の「きんぐカルビ」をはじめ、肉類では20品を上回る選択肢があり、「牛」と名乗るメニューだけでも10品近くあり、お得度は非常に高いと感じた。
「牛角」と「焼き肉きんぐ」を客の目線で見れば、食べ放題の満足度と価格妥当性は「焼肉きんぐ」に軍配が上がる。一方、店舗側の目線で見ると「焼き肉きんぐ」は客単価の劇的な積み上げは難しいと想定される。またターゲットの違いも手伝い、「牛角」は客単価や売上高を上げやすい戦略を取っていると見られる。
焼肉は外食だからこそ美味しい
店が提供する商品や情報、サービスと客の求める商品やサービスがマッチ(整合)しているのであれば、客数に比例して売上高を上げることができる。店と客のコミュニケーション、呼吸が合っていればなおさら利用頻度(リピート率)は上がる。
チェーン店であればマニュアルは存在するのだろうが、店舗それぞれに事情(立地やターゲット)が異なる。例えば地域ごとに客層に違いがあり、客が並べる場所も立地により異なる。「焼肉ライク」でいえば新橋本店、恵比寿本店も並ぶ場所はそれぞれ異なる。安定的に顧客を創造するためには、立地や顧客層にマッチした情報提供やサービスレベルの構築が必要になるであろう。スーパー各社がコロナ禍で盛り上がった中食需要の再獲得に向け、冷凍ショーケースの拡充を図っている。一方、外食・飲食店は出来立てを提供することができるという最大のメリットを持っている。
焼肉業種は家ではなく外食好適品と筆者は考えている。においも多く、片付けも大変であり、家では店舗で感じる味わいの再現性は低い。焼肉は外食だからこそ美味しく楽しい時間を過ごすことができる。
焼肉では楽しむ人数もばらばらだ。「SUPER GRILL BROS.」は銀座にあるグリル料理の店舗であり、「かつや」の系列店である。小グループでの来店を想定しボリューム感を前面に出した同店は、9月下旬に閉店した。揚げ物ではなく焼き物の新しい取り組みであったと感じる。
焼肉業種は店舗ごとにターゲット顧客も異なり、客単価や客のグループ人数も異なる。外食のライバルは外食ではなく、中食となっていく可能性が高いが、焼肉は外食ならではの魅力を出せる業種の一つだと感じている。焼肉各社がこれからも客に選ばれる価値を創造する業種であり続けることを切に期待している。
(写真・文=重盛高雄/フードアナリスト)