生活保護受給者、刑務所帰り、カード破産者、そして絶縁ヤクザ――。こんなクセの強い人たちを、今では「エクストリーム層」と呼ぶそうだ。
このエクストリーム層に属する彼らが、例外なく苦労するのは「家探し」だ。身寄りもなければカネもない。だから保証会社も引き受け手がない。もちろん、保証人になってくれる人もいない。だから、なかなか家が借りられない。
そんな「ないない尽くし」の彼ら専門に家を貸すのが「エクストリーム大家」だ。
この知られざるエクストリーム層の日常と、彼らを引き受ける大家の日々について綴った初めての書籍、『エクストリーム大家』(ライチブックス刊)が発刊された。
今回、その著者である春川賢太郎氏に、書籍中で伝えきれなかった裏側を聞いた。聞けば聞くほど、いかに私たちは大家業という仕事を軽く捉えているのか、大いに反省させられる。
善悪の基準が、ごく普通の人と少し異なる人たち
――そもそも大家業、それも聞き慣れない「エクストリーム大家」を始めたきっかけはなんでしょう。
春川賢太郎氏「生活保護受給者、刑務所帰り、カード破産者……、いわゆるエクストリーム層を専門とした大家業を本格的に始めたのは5年前、母が亡くなってからです。私自身も2010年から大家業はしていました。でも、エクストリーム専門というわけではありませんでした」
――本書を拝読すると、エクストリーム層と呼ばれる人たちの対応は、とても大変ですよね。日々、薬物、わいせつといった刑事犯罪と隣り合わせの入居者の方もいるようですし。
春川氏「世の中にある常識、モラル、善悪の基準――、これらが一般の人、たとえば日々、会社に出勤しているサラリーマンの方、あるいは自営業など、社会で普通に暮らしている人とまったく違うんです。もちろん、日本語は通じます。でも、コミュニケーションにとても気を遣う。そこが普通の大家さんに比べて異なるところでしょうか」
――本書にもありますが、1日に何十回もクレームの電話を大家さんにかけてくる入居者もいるようですね。
春川氏「その対応も大家業の仕事のうちです。基本的に、ワケありの彼らは、どこか寂しいのでしょう。だから『この人、もしかして俺、わたしに寄り添ってくれる?』と認識すると、とことん人を食い尽くす、しゃぶり尽くすというところがあります。徹底的に甘えてくる。家賃の滞納を1日、2日と指摘しないでいると、『だったらもっと滞納できるだろう』といった思考なんです。だから、一般社会とか世間から浮き上がってしまうところがあるのかなと。それで大家である私に絡んでくるのですね」
入居者の孤独死……葬式、その後まで面倒をみるのが大家の責任
――とはいえ、一般の大家さんに比べて割高の家賃を取っています。かなり儲けられたのではないですか。
春川氏「副業とはいえビジネスですから採算性は意識していますが、儲かっているかといわれると……。うちは兵庫県神戸市の昭和の団地1室を月額家賃5万2000円で貸し出しています。一般の大家さんなら月額4万数千円程度で貸し出す物件です。ここだけをみると、すこし儲かっているように見えるかもしれません。でも、毎日が戦場みたいな生活です。入居者がトラブルを起こして警察から呼びされて身柄を引き受けたりといったこともあります」
――そうは言っても傍から見れば、月額家賃4万数千円の物件を月額5万2000円で貸し出しているのは、とてもいい商売だと思います。
春川氏「そう見えるでしょう? でも、うちはまず敷金、礼金、保証人の類は一切なし。私との面談でOKかNOか、そこで判断させてもらっています。無断退去されると採算割れ、赤字ですね」
――過去に、無断退去された入居者の方もいましたか?
春川氏「ひとり居ました。無断で転居と思われるケースでした。しかし、それよりも無断でこの世からあの世へ、三途の川を渡っていた……という数のほうが上回りますね」
――入居者の孤独死ですか?
春川氏「はい。異臭がすると近隣から連絡が来ましてね。それで家に入ると、そうした状況でした」
――そうした入居者が孤独死した場合、大家さんとしてはどうされるのですか。
春川氏「当然ですが、まずは警察や消防に通報します。それから身寄りのある人であればご親戚筋を探して連絡します。身寄りがまったくない方であれば、簡素で申し訳ないけれども、葬儀まで出させていただきます。できる限りのことはさせていただくというのが、エクストリーム大家としての責任だと私は思っています」
――大家さんの立場で、そこまでしなければいけないものなのでしょうか。
春川氏「どういう亡くなり方でも、うちの物件の入居者がお亡くなりになられた場合、死亡届の届出人義務者は大家なんです。これは私のようなエクストリーム大家に限らず、一般の大家さんでも同じです。あまり知られていませんが大家とは、それだけ人に対して責任を持つ仕事なんです」
「元家族」という言葉が日々出てくるエクストリーム層
――春川さんの物件の入居者は、身寄りがないと思われる方が多いですね。
春川氏「基本的に、ワケありの人ばかりです。ただ、よく調べると実は身寄り、つまり家族がいることがよくあります。それは、家族もしくは入居者本人が、なんらかの事情で連絡を絶っている、すなわち絶縁しているということがほとんどなんです」
――それが書籍のなかでも出てくる「元家族」ですね。
春川氏「そうです。この元家族に対して、こちらは入居者の家族だと思って連絡をしますが、連絡を受けたほうはそう思っていないんです。血縁こそあるけれども、忌み嫌っている人物の関係者という扱いです」
――具体的にはどんな扱いや対応をされるのでしょうか。
春川氏「うちの入居者で亡くなった方がいまして、その方の娘さんに連絡を取りました。『あなたのお父様の大家です。お父様がお亡くなりになりました』と伝えたところ、娘さんは間髪入れずに、こう仰ったのです。『その方はうちとは、なんの関係もございません。これで失礼致します』と。それでこちらからの電話をガチャ切りです。この亡くなった入居者は絶縁ヤクザでした。恐らく、過去にカネ関係で相当、ご家族の方は苦労を強いられたか、迷惑をかけられたのでしょう」
――入居者が賃貸物件で大麻を育てていた疑惑で警察沙汰になったという話も、本書では紹介されていました。
春川氏「エクストリーム大家をやっていると、どうしても薬物関連の問題を起こす入居者もいます。大麻などを育てられると、もう家の中をリフォームしないと次の方に貸せません。そういう意味では、収益性を追求する商売というよりも、社会事業という趣きのほうが正しいかもしれません」
著者の本業はライター、経済ジャーナリスト
今回発刊された春川氏の『エクストリーム大家』(ライチブックス刊)には、先でも触れた絶縁ヤクザをはじめ、19歳にして金融信用情報ブラックという貧困界のキャリア組、生活保護受給をしなばら全国を転々と転勤する男性、不動産業者から出入り禁止を喰らったという一部上場企業勤務サラリーマンにDV逃避家族……といったワケありの人たちを引き受ける春川氏の大家としての日常が綴られている。
本業はライター、経済ジャーナリストという春川氏の筆だけあって、読む者をぐいぐいと話に引き込む。読めば読むほど、ごく普通に生きるとは何かを考えさせられる。この夏、お勧めの一冊だ。
春川 賢太郎(はるかわ けんたろう)
1971年兵庫県生まれ。2010年頃、ボロ家を購入し大家デビュー。2018年、生活保護受給者などを対象とした不動産賃貸を行っていた実母の死に伴い、これを相続。本格的にエクストリーム大家としての日々が始まる。本業はライター、経済ジャーナリスト。本名では『AERA』(朝日新聞出版)、『週刊ダイヤモンド』『ダイヤモンド・オンライン』(以上、ダイヤモンド社)、『現代ビジネス』(講談社)などの週刊誌、ウェブメディアに寄稿。著書多数。本サイトの立ち上げ時からの執筆メンバーでもある。今回、入居者のプライバシーに配慮し、初めてペンネームでの著作となった。今日も執筆の傍らクセの強い入居者と格闘している。
(取材・文=川村洋)